018:祓魔師は愛を纏う(side:夢幻躯動)
「……違う」
私はうめき声上げるゾンビに剣を刺す。
これで、何十体目になったかは分からないけど……これも外れだ。
炎上する街。
背の高いビルや格式高い店が並び、街としてそれなりに綺麗だった筈の此処は地獄のようになっていた。
街路樹には炎が燃え移り、バキバキと音を立ててそれらが道に倒れていく。
ゾンビ化した市民たちが生存者を襲って、私たちがそれを駆除していく。
治せるなんて微塵も思っていないし、そんな事を考えていたら被害はもっと大きくなっていく。
此処にダーリンがいれば、上の判断も待つことなく敵を皆殺しにしている筈だ。
「あ、あぁ――ッ!!」
「……違う」
背後から迫ったゾンビ。
そっちを見る事無く剣を振るう。
一刀両断したゾンビの体液が服に掛かった。
私はまるで、脱皮でもするように服や自分の肉体の皮を脱ぎ捨てる。
そうして、そのまま何事も無かったように歩いていった……いないなぁ。
祓魔師がゾンビ化したと知らせを受けて。
ダーリンに纏わりつく“メス”かと思ったが。
ほとんどが男であり、知らない顔ばかりだった。
あの女は来ていないのか……もういいや。
蛆が湧いていてひどい臭いだ。
鼻が曲がりそうで、殺しても殺しても湧いて来る。
最上級らしき悪魔もいて、すぐに殺したけど……一向に勢いが衰える気配はしない。
炎上する街で足を止める。
そうして、ビルの爆発音を聞いて視線を向ける。
黒煙が立ち昇り、パラパラと残骸が落ちて行っている……アレは?
「……ダーリン? 会いたいなぁ……ダーリン、来てるよね?」
ダーリンの事だからすぐに動いている筈だ。
家も近いからこそ、私にはそれが分かる。
問題なのは何処で戦っているかで……私は通信を繋ぐ。
《は、はい!》
「ダーリンは何処?」
《え、あ、あの。それは言えない》
「――何処?」
私はオペレーターとなる少女に尋ねる。
すると、彼女は奇妙な鳴き声を上げながら震えていた。
……皆、何時もこれだ。
私はただダーリンの場所を聞いているだけなのに、誰も教えてくれない。
怖がって震えるか、一目散に逃げるかだ。
ダーリンと私であれば、どんな敵も怖くは無い。
どんな障害でも壊して行けるんだ。
それを上の人は理解してくれていない。
私とダーリンの仲を裂いて、遠ざけようとしている節がある……ムカつく。
誰であろうとも、私とダーリンを引き離すことは出来ない。
例え神様であろうとも、そんな事をする存在は――私が殺す。
私は地面を見つめて――悪魔の気配を感じた。
音もなく迫った悪魔たち。
鋭利な爪を伸ばして、私の体を引き裂こうとしていた。
私はそれを見る事無く、持っていた剣を振るう。
奴らの爪を大きく弾き、合計で三体の悪魔を吹き飛ばす。
そうして、私は自らの腕を変形させてマシンガンを作り出す。
それを敵へと向けて――放つ。
ガガガと連続して音が鳴り響き。
私を奇襲した悪魔たちはその体を弾丸で貫かれて行く。
悲鳴を上げる間もなく肉片と化したそれら。
私は冷めた目で見つめながら、ダーリンがいない今この時を――退屈に感じていた。
お仕事だから、嫌いな蛆の相手をする。
お仕事だから、ダーリン以外の存在も助ける。
でも、もしも、ダーリンが今すぐに来いって言ってくれたら……ふふ。
私はダーリンの顔を想像する。
そう、思い出すのは“あの時”だ。
夫婦で行う共同作業。
大嫌いな蛆の群れを殺しに行く任務で肩を並べて戦った。
そうして、私はダーリンが喜ぶ事をしてダーリンはそんな私に世界で一番の“贈り物”をくれた。
私はどんな事があっても、それだけは大切に持っている。
ダーリンが私に意地悪をする時も、それだけは無くさないようにしている。
埋まってれば掘り起こして、燃やされそうになればそれだけを隠して……あぁ、大変だ。
思い出すだけで体が疼く。
私は体をもじもじとさせながら、適当な場所を探して――!
その場から大きく飛びのく。
すると、私が先ほどまで立っていた場所に何かが飛来した。
それは拳を突き出していて、それが地面に触れた瞬間に大きなクレーターが出来ていた。
人間の姿だ。でも、顔も体も汚い包帯を巻いている。
服は何故か、祓魔師の隊服だけど、ひどくボロボロなものだった。
私に奇襲を掛けたそれが動く。
一瞬で姿が消えて――私は片手を上げる。
「……ッ!」
「――」
片手に触れたのは敵の拳。
バキバキと私の腕から嫌な音が鳴る。
そうして、そのまま私は建物を貫通していった。
三つほど壁を貫通し。
別の道に出てから、体勢を立て直す。
剣を地面に突き刺し止まり――駆ける。
姿が見えない敵が迫る。
私は剣を連続して振り、魔力による刃を放った。
敵はそんな私の斬撃を拳だけで破壊する。
そうして、大きく飛び上がったと思えば空を蹴り一瞬で場所を移動した。
視線を動かすよりも早くに空を翔けて。
そのまま変則的な動きによって私の死角を取る。
そんな敵に対して、私は背中から銃口を出し――放つ。
簡易的なキャノン砲。
その砲弾を真面に受けた敵は――砲弾の軌道を逸らす。
「――っ!」
「――」
敵はそのまま一歩で距離を詰める。
そうして、力を溜めた一発を――叩きこむ。
「……!」
脇腹に触れた拳。
体の骨が折れていき、拳が私の体に深々と刺さる。
そうして、私の体は破裂するように吹き飛んだ。
上半身だけになった私は宙を舞う。
ロングコートが風になびいてひらひらとして――体を再生させる。
断面から肉がもぞもぞと溢れて、瞬く間に下半身を生み出す。
奴を見れば動こうとしていて――瞬間、閃光が上がる。
激しい閃光と共に、奴が立っていた場所が爆ぜた。
私が自らの下半身を爆弾に変えて起爆した。
その攻撃を真面に受けた敵は――煙から飛び出す。
くるくると回転しながら、目の前の建物の上に着地した敵。
ダメージは負っていないようで、服が少し汚く……いや、元々か。
私は今までに受けたダメージから、あの祓魔師の格好をした敵を――ケーニヒくらいだと断定する。
身体能力はそのくらいだが。
魔術などは一切使ってこない。
代わりに拳法のようなものを使っている……そんな人、いたかなぁ?
私はボケっと見ながらそんな事を考えた。
すると、何処からともなくくつくつという笑い声が聞こえてくる。
視線を気配のする方向に向ければ、細長い手にひらひらをつけた悪魔がいた。
頭は鳥のようであり、目は不気味なほどに回転していた。
全体的に赤いそれは見ているだけで気持ちが悪くなる。
本人は格好いいと思っているのか分からないけど。
態々、遮蔽物の無い空中で翼を広げて笑っているのは殺されても良いと言う事だろう。
私はそんな事を一秒にも満たない時間で考えて、そのまま腕を狙撃銃に変えて攻撃する。
瞬間、敵の前に二体の背中から翼が生えた敵が躍り出る。
それらは奴を守るように剣を振り、私の銃弾を弾いて見せた。
返ってきた銃弾が私の頬を掠めていく。
つぅっと血が頬から流れていくのを感じながら、私は悪魔たちを見つめる……増えた。
「く、くくく……ほっほっほっほ!! さぁさ御覧なさい!! 今宵、不細工な人間の相手をするは、かつて人類の英雄として名を馳せた歴戦の猛者たち!! 一人は格闘を極めし“黒拳”のケーニヒ! そして、“双竜”と呼ばれた双子のダーメ! 我らが主、ドォルマンダァ様の力により死軍へと加わった屍兵!! 如何にケーニヒで、でも、で、ちょ――ちょやめろォォ!!!」
「……?」
敵が長々と説明している間。
私は両手をマシンガンにして攻撃をしていた。
その間も、双子と呼ばれた包帯人間たちが奴を守ってた……ダメか。
「こ、この私が説明をしている間に攻撃するなんて……心まで不細工だなんて哀れを通り越して無様ね!! オーホッホッホッホ!!」
「……? 誰の事? 貴方?」
「ムキィィィ!!! こ、この私が不細工ですって!? 美的センスゼロのカスの言葉であろうとも許しておけない……さぁ可愛い私の屍兵たち!! 我が力によってその力を更なる高みへ!!」
「「「――!!」」」
奴が手を頭上に掲げる。
瞬間、奴から放たれた魔力の波を受けた屍たちの体が跳ねる。
よく見れば肉体が盛り上がり、体から蒸気を発しているようだった。
奴がにやりと笑った気がした。
瞬間――奴らが消える。
私は大きく目を見開く。
そうして、瞬時に両手に剣を生成する。
敵の気配を感じ取り、私は全力で剣を振るう。
が、私の剣は空を切り――その場から飛ぶ。
敵の攻撃を感知した。
が、完全には避け切れずに横腹の肉が抉られた。
そのまま私は建物から建物へと飛びながら。
剣を振り、迫り来る双子の攻撃を受け流していく。
無数の斬撃。剣戟の音が遅れて聞こえるようだった。
閃光が激しく迸り、魔力がパラパラと散る。
それを見ながらも、視線を忙しなく動かしていく。
右、左、上、下右右左上下右下下上――いる。
建物に着地しようとした瞬間――背後に敵の気配がした。
私は着地をする前に体を無理矢理に捻り回転斬りをする。
すると、そこで拳を構えていた敵の首を斬り――落とせない。
「――!」
敵が見えていた。
が、刃で斬り付けた瞬間に霞のように消えた――残像だ。
ガードは間に合わない。
気づいた時には胴体に敵の拳の感触がした。
そのまま私はスローモーションに感じる世界で。
ゆっくりと己の体が破壊されて行くのを感じて――吹き飛ぶ。
体が木っ端みじんになる。
頭だけになった私は自分がいた場所を見つめる――へぇ。
敵が放った拳打。
それによって、前方に広がった景色が変化していた。
奴の剣圧だけで建物が一気に吹き飛び。
扇状に瓦礫も木も吹き飛んでいた。
「……行け」
私は自らの肉片を操作する。
そうして、カラスを作り出し。
そのまま空中を舞っていた小さなケースを回収させた……これでいい。
パラパラと残骸が舞っている。
双子の気配を近くに感じながら、私は静かに目を閉じて――――…………
…………――――意識が覚醒する。
ずぼりと拳を突き出した。
そうして、瓦礫の山から這い出る……あぁ“死んだんだ”。
ストックを使わざるを得なかった。
敵が強かったのも要因だけど。
やっぱりモチベーションが足りなかったのがいけなかった。
私はすぐに隊服を生成し、白を基調としたロングコート状のそれを羽織る。
視線を横に向ければ、私が生み出したカラスが止まっている。
それが咥えている小さな箱を受け取ってから、大切にポケットに仕舞う。
カラスはそのままずくずくに溶けて消えていった……良かった。
私はくすりと笑う。
すると、奴らがすぐにやって来て建物の上から私を見下ろす。
あの派手なオカマ口調の悪魔も一緒だ。
「ふふふふ――あーはっはっはっはっはっは!! いい気味ねぇ!! ざまぁぁ!!」
「……?」
私は首を傾げる……何で、機嫌が良いんだろう?
悪魔を見ていれば、奴はばさりと翼を広げる。
そうして、遊びは終わりだと告げた。
「天を見なさい!! 儀式は完了した!! 貴方たち不死が――“死ぬ時”が来たのよ!!」
「……へぇ」
奴が叫ぶ。
瞬間、丸い月の気配が一変した――“紅月”だ。
血のように真っ赤な月。
悪魔たちが本来の力を取り戻す為に必要なものだ。
空は紅に染まって、生きている悪魔たちの雄叫びが響き渡る。
何か儀式をしているとは思っていたけど……そっか。
多くの人間の死に、悪魔たちも死んでいった。
此処にある魂を使って、一時的でも紅月を呼び出した。
出来ない事は無いけど、よほどの手練れが準備をしたんだろう。
でも、それとこれと私が死ぬ事に何の関係が……ッ!
視線をある方向に向ける。
そこを基点として、何かが勢いよく噴き出していた。
そこからはダーリンの気配も感じる。
噴き出したそれは空に満ちていき、まるで赤黒い文様のようになっていった。
「“英雄殺し”……それの本来の使い方がこれよ。そして、アレが発動した今……如何に、不死である貴方であろうとも、死を感じる事が出来るでしょう?」
「……確かに、そうかも」
何時ものように死んでも大丈夫とは思えない。
生が身近に感じるような気がする。
まさかとは思うけど……ダーリンが心配だ。
「ふふふ、さぁさ。どうするどうするぅ? もう奇跡は起きないわよぉ? 死んだらそれでおしまい。でもでもぉ、私は手加減なんかしてやらないわ――さぁ我が力の波動を、強く!! 深く!! その身に宿しなさぁぁぁい!!」
奴がまた手を頭上に掲げる。
すると、更に強い魔力の波が発せられた。
それを受けた奴らはうめき声のようなものを上げていた。
そうして、顔の包帯の一部が敗れて裂けた口が露になる。
だらだらと涎を垂らしながら、体全体から血の蒸気を発している。
私はそんな敵を見つめながら、ゆっくりとポケットからアレを出す。
大切に大切に、ケースに入れて保管しているそれ。
邪魔なケースを投げ捨てて、私とダーリンの――エンゲージリングを摘まむ。
「――行こう、ダーリン」
私はリングを指に嵌める。
悪魔はそんな私を嘲っていたが――私の体から魔力が勢いよく噴き出す。
「――ッ!? あ、アレは――まさか、アレは自らの能力を高めるもの!!?」
奴は狼狽している。
私はそんな奴を見つめながら、ゆっくりと両手に刀を生成する。
私は大丈夫。
今この瞬間は、私とダーリン二人で一つ。
こんな奴らに負ける事はあり得ない。
さっさと蛆たちを駆除して、ダーリンの元へと駆けつける。
「待っててね、ダーリン……すぐ、行くよ」
「――そいつを殺せェェ!!!」
蛆の命令を受けて屍たちが動き出す。
四方八方から殺気を感じる。
そのほとんどがフェイクであり。
本命は一撃でも喰らえば即死級と呼べるほどに力が高まっている。
が、関係は無い――全部、“見えている”。
敵の拳が私の体を貫く。
そうして、双子の剣が私の首を落とした。
私の死体は――霞のように消える。
「「「――!!」」」
「……」
私はゆらりと奴らの背後に立つ。
屍たちは本能から私から距離を取る。
私はそんな奴らを冷ややかな目で見つめながら、顎を動かす。
「来い――時間の無駄だ」
「「「――ッ!!!」」」
怒りのままに叫ぶ屍たち。
建物を破壊して砂埃を舞わせて。
耳元で風を切り裂く音だけを聞きながら――私は小さくため息を零した。




