016:祓魔師はとても頑張る
「やぁやぁ! 可愛い可愛い少年少女たち! 僕はミズギーラット! このランドの主人だよ!」
「「「こんにちはー!!」」」
「ははは! こんにちはー! さて、早速で悪いんだけど、僕を殴ったり蹴ったりするのはやめようか! 子供だからって何をしても許される訳じゃないんだよぉ? 注意されている内にやめないと、こわぁい大人たちが君たちを連れ去っちゃうからねぇ!」
「ぎゃははは! やってみろぉ!!」
「死ね!! 死ねぇぇ!!」
「……はは! とっても活きの良い子たちだね!」
虚ろな目のように見えるミズギーランドの主人ミズギーラット。
ふざけた青色のマイクロビキニのようなものを着た灰色の毛並みのデカい耳の鼠だ。
奴は近くにいる俺に視線を向けて殺気を放っている。
俺はため息を零しながら、ガキどもに気づかれないように近づいて微弱な電流を放つ。
瞬間、奴らは短い悲鳴を上げて気絶した。
そんな餓鬼共の襟を摘まみ上げて放り投げる。
予め用意しておいた巨大なキャスター付きの檻にガキが五人入り。
それを持っていた生徒に指示を出し、さっさと他の班に合流するように言う。
男子生徒は敬礼をしてから逃げるように去っていく……くそ。
鬼畜眼鏡は俺の願いを叶えてくれた。
が、奴は最悪な形で俺の願いを叶えやがった。
あろうことか、奴は俺のクラスが請け負う事になる孤児院だけでなく。
他のクラスが任されている孤児院の奴らも纏めてランドに招待しやがった。
その結果、さきほどの餓鬼のように節度を守って楽しまない奴が多発していた。
自分勝手にランド内で走り回り、周りの客に迷惑を掛け捲るガキや。
ランド内の乗り物に危ない乗り方をしようとする自殺志願者までいやがる。
何故か、企画立案者である俺が全面的な責任を負う形となり。
スタッフからは鬼のように叱られて、きぐるみの奴らからは舌打ちをされる始末だ。
挙句の果てには入場している他の客から嫌味を言われたり、腹を立てた奴に飲み物までぶっかけられて……ホオオオォォ!!
その場で髪を怒りのまま搔きむしる。
憎い。あの鬼畜眼鏡とまるで仕事をしない孤児院のクズ共が。
いや、鬼畜眼鏡には俺が頼んだから仕方ないといえば仕方ないが。
流石にアイツらの保護者のようなものである孤児院の奴らは何なんだぁ?
ガキが走り回っても無視。
いや、それどころか自分たちの方がランドを満喫してやがる。
――何で土産でキャラクターの耳とか買ってつけてんの? マジでぶっ殺すぞ?
俺はストレスをマッハで溜めながらも、下げたくない頭を下げて謝り続けた。
スーツはボロボロで、眼鏡にも罅が入っていやがる……クソが。
現在も俺はランド中を駆けまわっている。
学生たちとの班行動から脱走した奴らの回収作業だ。
ランド中を駆けずり回っては、悪鬼どもを回収しているが。
見つけて確保すれば、また別のガキが脱走する始末で……クソがぁぁぁ!! 死ねやぁぁぁ!!
「……!!」
息が荒くなる。
怒りで血管が裂けそうだ。
休む暇もない。
昼休憩も返上してずっと走っていた。
腹は減っていて、水を飲む時間もありはしない。
当初の計画が大きく崩れている……が、まだ焦る時ではない。
俺がそんな事を考えていれば、灰色の毛並みのミズギーラットが体についた砂埃を払って近寄って来た。
そうして、奇妙な笑い方をしながら俺と肩を組んできた……あぁ?
「はは、親切なお兄さん! 助けてくれてありがとう……なぁぁんて言うと思ったかな? このクソボケ野郎! はは!」
「……」
「君、対魔修道院の先生だよね? 聞いてるよぉ、今日は沢山のクソ……ゲストが来るって聞いてたからね! いやぁそれにしても、さっきの殴る蹴るで体中が痛いなぁ。あぁあぁ、この僕が身も心もずたぼろだよぉ。うっかり、ヌイッタァーで呟いちゃうかもなぁ……ねぇ僕が言いたい事、分かるよね!」
「……」
奴はゆっくりと頭に掛けていた小さな帽子を取る。
そうして、それを俺の頬に三回当ててきた。
ミズギーランドではキャラクターが客の前で芸を披露し。
終わりの時に、おひねりのようなものを渡す時間があるらしい。
つまり、こいつは先ほどの行為を黙っている代わりに金を寄越せと言っているのだ……へぇ。
「どうしたのかなぁ? もしかして、僕の言葉が分からなかったかなぁ? おひねり、お金だよ。お・か・ね……すかんぴんな訳、ないよねぇ。まぁお兄さんはお世辞にも裕福には見えないけどね……あ、傷ついたかな? ごめんねぇ、僕って正直ものだからさぁ! ははは……しかとこいてんじゃねぇぞ? あぁ?」
「……」
奴は何度も何度も俺の頬を叩く。
周りを通る奴らにはこいつの声は聞こえていない。
こういう行為に慣れているのか妙に手慣れている。
奴は耳元でずっと俺を脅してきて――ぶちりと俺の中の何かがキレた。
俺は拳を握り――奴の腹にぶち込む。
「ぐえぇぇ!!? あ、あぁ、かはぁ! おえぇぇ!!」
奴は腹を抑えてその場に膝をつく。
俺は跪くカスを見下ろしながら、拳を鳴らす。
《この私を脅迫ですか――舐められたものですね》
「ま、待って……あや、謝り、ます、から……あ、あぁ、ああぁ!! たす、助けて!! だ、誰かぁぁ!!」
俺は奴のデカい耳を引きちぎる勢いで掴む。
そうして、ずるずると奴を建物の影に連れて行く。
周りの人間は見えている筈なのに、俺たちには気も止めない。
当然だ。此方を認識できないようにしたからなぁ……覚悟しろよ?
「おじさん! おじさーん! あれぇ……あ、いた!」
「……」
俺は手洗い場で手についた血を洗い流す。
そうして、視線を背後に向ければケビンが立っていた。
《どうでしたか? そっちは順調ですか?》
「う、うん! 取り敢えず、これって思ったものは店員さんにお願いしてキープしてもらったけど……ほ、本当に600個も買えるの?」
《買えますよ……まぁ出費は大きいですがね》
予想通り三千ユーロはいるようだったが。
それでも、残りのポイントが一気に手に入る可能性があるのであればこのくらいは大した事は無い……いや、大したことはあるな。
まぁ計画が成功するのなら十分に元は取れる。
何せ、伝説の料理の一つが食えるのだからな。
想像しただけで涎が垂れ落ちそうだ。
五十年もの間、それを食べる事だけを夢見て俺は地獄のような労働に耐えて来た。
どんなに苦しく、どんなに心が擦り切れそうになっても……ようやくだ。
ようやく、俺の長い人生で幸福と呼べるものが手に入る。
五十年も掛けたんだ。これ以上は待ちたくはない。
俺は蛇口をひねり水を止める。
そうして、紙で手を拭ってゴミ箱に紙を捨てる……さて。
《それでは、計画を進めましょう。そちらは任せましたよ?》
「う、うん! 絶対に成功させようね!」
俺たちは互いに拳を当てる。
そうして、何食わぬ顔で外に出て別れた。
『う、うぅ! お、お腹が痛いよぉ! すごく痛いよぉ!』
『大変ですね。皆さんは先にバスに戻っていてください。私が彼を病院に……ケビン君は私が責任をもって連れ帰るので。えぇ』
先ほどまでのやり取りを振り返る。
ケビンの演技はお世辞にも上手いとは言えなかったが。
それでも馬鹿な奴らは騙されたようで。
俺たちはこっそりと帰りのバスへと向かおうとした一団から離れた。
そうして、そのまま土産物の販売所へと行き、ケビンの顔を見せてからキープした商品を確認する……よし。
ちゃんと600個はあるようだ。
俺はさっさと会計を……あぁ?
「えっと、確かこれもだったよなぁ……お客様! こちらであっているでしょうか?」
《……ケビン君、これは?》
「……っ! ご、ごめんなさい! 実は――」
目の前に追加で詰まれた山のような大量の菓子たち。
値段も大きさも点でバラバラであり、意味不明だった。
ケビンに問いかければ、こいつは申し訳なさそうに説明をした。
それを聞きながら俺はふつふつと怒りを募らせる。
どうやら、ケビンがこっそりと土産物を調べに来ていた事は他の奴らが見ていたようで。
ケビンは咄嗟に俺が皆の為にお菓子を選んでくるように言ったといいやがった。
その結果、ガキどもは各々が好きな菓子などを勝手に持って来て……ふざけんじゃねぇよ。
「……その、多分……もう、他の先生とか……院長先生にもバレてる、かも?」
「……」
……どうする?
此処で買って行かないのは簡単だ。
だが、後がかなり面倒くさい事になる。
もしも、シビレマメだけを購入し、それを奴らに振舞ったとしても。
何故に、シビレマメだけなのかと思われるだろう。
そもそも、600個だけでは全部の孤児院のガキたちや職員に修道院の生徒たちにも回らないだろう。
全ての孤児院のガキだけでも千人はいやがる……くそ、何でそんなに孤児がいやがるんだ!?
ガキどもは知らないだろうが、大人たちであればシビレマメのシールについて知っている奴もいるかもしれない。
そうなれば、俺たちがシールが欲しいが為にやって来たことがバレてしまう。
そうなれば、絶対にシビレマメどころかシールまで没収されちまうかもしれない。
俺であればシールを瞬時に隠す事は容易い……が、今まで集めた百五十ポイントのシールはケビンが持っている。
こいつと手を結ぶ条件として俺のシールを全てこいつに預けた。
約束を違えさせない為に、一時的にであるがこいつを全面的に信用する事になったが。
不審な動きはしていないようで、シールもこいつが安全な場所に隠しているらしい。
此処でバレて、俺が私欲の為に孤児院の子供を利用したと思われれば。
奴らは二度と俺とケビンを会わせようとしないだろう。
そうなれば、俺はまた一から計画を練り直さなくてはならなくなる……そんなのは死んでもご免だ。
俺は迷った末に震える手で財布を出す。
そうして、持っていたクレジットカードを提示した。
《……カードは使えますか?》
「はい! それではお会計が……13500ユーロになります!」
《……一括でお願いします》
い、一万越えだと……たかが菓子に、一万……こ、殺してやりてぇよぉ!
あの餓鬼共は絶対に殺す……のはダメだ。
抑えろ、抑えるんだぁ。
此処で奴らを血祭りにすれば、全てが無駄になる。
思い出すんだ。俺の苦労の五十年を……ふぅふぅぅ!!
俺は深呼吸をして落ち着く。
そうして、荷物は全て此方で運ぶことを伝える……勿論、シビレマメは別でだ。
《……ここまでしたんです。もしも、結果が出なければ……覚悟してくださいね?》
「ぅ、ぅぅ……うん」
ケビンは震えながらも了承する。
俺は土産を職員たちが箱に詰めていくのを見ながら、静かに汗を流した。
◇
「……」
「……あ、これは……入ってないや」
外ではガヤガヤと子供たちの声が響いていた。
孤児院へと戻り、外では餓鬼どもがお菓子を食いながらはしゃいでいた。
全ての孤児院の奴らが必死子いて菓子を食い漁っているのだろう……豚かよ。
ちらっと見たが、子供同士で殴り合って奪い合ってたからな。
普通は止めに入る筈が、大人たちは笑っていて。
逆に生徒や修道院の先生たちがおろおろしていた。
マジで孤児院の奴らがやべぇ事を再確認した……まぁどうでもいい。
ケビンは体調が悪い事にし、俺が付き添うという事にして……あった!
また一枚シールが出てきたが……銅か。
現在、必死こいて箱の中を確認していた。
俺のクラスの生徒たちに手伝わせて、菓子を皿などに盛りつけさせた。
奴らは嫌そうな顔をしていたものの、子供が絡んでいるからか渋々やっていた。
メスガキ二人は元々子供が好きなのか手を抜く事もなく真剣そうな顔でやっていた。
エゴンは四苦八苦し、パーカーは片手でスマホゲームをしながら適当に盛り付けていた。
奴らはガキどもの注意を引かせる為に外で奉仕させている。
他のクラスの生徒や職員たちもそうであり。
この物置小屋のような部屋には俺とケビンしかいない。
ガキどもは菓子さえ与えてやれば此方にやって来る事は無いだろう。
何故かは知らんが、ババアやハゲ院長まで一緒に菓子を食ってやがったが……まぁいい。
「……あ! あったよ!」
《いいですよ……と、これで最後ですね》
「う、うん……あ、あった!」
「……」
最後の一箱の確認を終える。
シールは一番下の銅だったが……かなり集まった気がする。
ほとんど金は出なかったが。
それでも、シールは十分にありそうな気がする……あるよな?
「多分、いけると思うけど……合計ポイントの確認が出来たら、僕が持っている紙に貼っていくから……お、覚えているよね?」
《分かっています。貴方が外出できる日、今度の日曜日に……行きましょう》
「うん! 約束だよ! ぜ、絶対に裏切らないでね!?」
《……分かっていますよ》
俺は小さくため息を零す……まぁ、仕方ねぇか。
よくよく考えれば、別に同じ部屋で食う必要はねぇんだ。
宗教上の理由とか適当に伝えれば、二部屋くらい確保してくれるだろう。
そもそも、二百ポイント貯めた奴に対してならVIP待遇とかが普通だろ?
俺はそうであって欲しいと願う。
こいつからシールをかっぱらう事は簡単だが……まぁこいつだって五年も掛けてるもんなぁ。
俺がこいつの立場であれば、はらわたが煮えくりかえるほど怒るだろう。
それと同時に悲しむだろうし……そりゃそうだ。
ケビンは笑う。
気づけば俺も笑っていた……まぁ、何だ……遂に報われるんだなぁ。
長きに渡る苦しみ。
そんな中で見つけた希望の火。
それをようやくこの手に掴む事が出来る。
また希望を探さなくてはいけないかもしてないが。
今はただ、幸せというものを噛み締めたい。
「先生? 大丈夫……て、何しているの?」
「まさか、私たちに隠れてお菓子を?」
「そ、そうなんですか!? で、でも、僕たちは絶対に公言しませんから! ね!」
「そんなの当たり前じゃん……て、先生?」
「「……」」
扉を開けて中に入って来る生徒たち。
アデリナにエルナにエゴンだ。
ケビンはさっと俺の後ろに隠れる。
シールを両手で抱えていた。
俺は奴の頭に軽く触れる……心配いらねぇよ。
《大丈夫です。外はどうなっていますか?》
「うん、皆すごく楽しそうだよ……でも、先生が子供たちの為にお菓子を買ってあげるなんて……やっぱり、先生は優しいね」
「先生は神。ツンデレの神……いや、鬼神?」
「そうですよ! 先生は神なんです!! まさに、神の力を秘めた天使……な、何でも無いです!」
「「……?」」
ガキどもは俺の前で漫才をしていた。
俺は小さくため息を吐いてから、外に出るように促す。
奴らは俺の後ろに隠れているケビンを心配していたが。
彼は俺が責任をもって見るともう一度伝えた。
「そっか……ケビン君! 君の分も残してあるからね。早く元気になりなよぉ」
「お菓子が食べられないのは辛い。ケビン頑張れ」
「が、頑張ってね! せ、先生がいれば安心だよ!」
「う、うん……ありが、とう……」
それだけ言いたかったようだ。
三人はガキどもの所に戻っていく。
俺はケビンにすぐにシールを安全な所に持っていくように伝える。
《絶対に無くさないように、命を懸けて守ってください》
「う、うん……分かった!」
ケビンは決意の籠った目で俺を見る。
俺は静かに頷いた……よし。
目的は達した。
後は適当に生徒たちを交流させればいい。
その後に日曜日まで待って、シールを持ったケビンと合流し……ふふ。
楽しみだ。本当に楽しみで。
俺は生まれて初めて――“時が経つ事を心待ち”にしていた。




