014:祓魔師は少年と手を組む
ガキ共への授業を全て終えた。
奴らの成長は順調であり、基礎的な身体能力もかなり向上したと思える。
これならば次のステップとなる対悪魔戦に関わる戦技の習得も考えていいだろう。
何やら奴らは不満げな顔で俺に対してぼやいていた。
何でも座学の授業を全くしていないからテストが不安などと……それが何だ?
『貴方たちは祓魔師となります。語学で悪魔を説得するのですか? ピアノを弾いて悪魔を魅了するのですか? 電卓を叩けば悪魔が死ぬのですか? いいえ、違います。ハッキリ言います。そんなものはまるで役に立ちません。ゴミと言ってもいいでしょう。この修道院に入ったのであれば、生きる為に必要な事だけを学びなさい。体を鍛えて戦闘スキルを磨き、敵を如何に効率よく殺す事が出来るかだけを考えなさい。それでも不満があるのであれば、余裕があるもののみ、自主的に勉強をしなさい。不満を口にする暇があれば己で思考し、己で行動するのですよ。私は大人ですが、貴方たちのパパではありません。では、さようなら』
『……』
全く、なぁにが勉強だ……どうせ、テメェら勉強なんてしねぇ癖によぉ。
俺には分かる。
座学とか勉強とかほざいているが。
単に俺の授業が嫌で嫌でしょうがないから言っているだけだ。
もしも、本当に勉強したいという気持ちがあるのであれば。
持っている教科書を熟読して自分で学習し、分からない事は他の先生に聞けばいい。
そもそも、学校でぺらぺらと先生が語った事や黒板に書いたことをノートに写す事が勉強かぁ?
書き写すだけなら機械だって出来んだよ。問題はその後にどうやってそれを頭の中に叩きむかだ。
奴らはそういった根本的な事にもまるで気づいちゃいねぇ……ま、どうだっていい。
比較的、従順なメスガキ二人は俺の言う事を守っていた。
あのエゴンも俺のメニューをきちんと熟していた。
クラスで最弱であったアイツの体もこの短期間で鍛えられているのが分かる。
俺はそんな事を考えながら、ゴリラに言われて倉庫の備品をチェックしてから扉に鍵を閉める。
アイツが急に風邪で休んで俺にルインをこっそり飛ばしてきたと思えば。
倉庫の備品の数のチェックを忘れていたなどとぬかしやがった。
すこぶる面倒であり、やりたくはなかったが……まぁ飯食わせてくれたから渋々やってやった。
俺は舌を鳴らしそうになるのを我慢し、倉庫から離れて行って歩いていく。
ボードを小脇に挟んで、腕時計を確認する……まだ、余裕はあるな。
孤児院で院長と会う約束の時間は五時だ。
今はまだ三時半過ぎであり、それまでの時間は暇である。
まぁそういう事もあってゴリラの頼みを聞いたが……ちょっとエゴンの様子を見に行くか。
アイツには事前に、予定があって訓練を見られない事を伝えてある。
アイツは残念そうな顔をしながらも了承していた。まぁ当然だがな。
もしかしたら、さぼっている可能性もある。
あぁやって従順なフリをし影ではだらけきっていて……その時は問答無用で殺す。
「……?」
ふと足を止める。
そうして、視線を向かけたのは……岩だ。
綺麗な球体状の形をしていた大岩だ。
ちょくちょく前を通っていたので見ていたが……あれ?
妙にサイズが“小さく”なっている気がする。
いや、形も何だか少し崩れているような気もしたが……気のせいかぁ?
何故、形が不細工になっているのか。
いや、そもそも小さくなっているのか。
訳が分からねぇが、別にそれで俺がどうこうなる訳じゃない。
そう思い、俺は頭をぽりぽりと掻いてその場から離れていった。
◇
「うぇぇいぃぃ!! でゅくし!! でゅくし!!」
「死ね!! 死ね!! 死ねぇぇ!!」
「ぎゃははははは!!」
「……」
――なに、これ?
先ほどから俺の足を攻撃する餓鬼共。いや畜生共だ。
執拗に脛にパンチをしたり、足先を全力で踏みつけてきやがる。
中には泥遊びの延長で泥を投げてきている奴もいたが、中に石を混ぜているのはバレバレであった。
明らかに客に対する扱いではなく、完全に的か案山子でも相手にしているようだった……殺していいの?
「ひゃひゃひゃ!! うりゃうりゃ!!」
「きひひひひ!! 喰らえぇぇ!!」
「……」
人間とは思いたくない声で鳴く怪物ども。
脛だけでなく俺の尻に向かって玩具のバッドを振るカスもいる。
最もやばい奴は至近距離で俺の玉に向かって枝で作ったパチンコを打って来る奴だろう。
俺だから痛くも痒くも無いが、もしも一般人であれば相当なものだ……あぁ殺してぇなぁ。
ふつふつと殺意を滾らせる。
が、凶悪な顔で鼻水を垂らす餓鬼共は大人の怒りにも気づいていない。
……あのハゲの院長は何処に行ったぁ?
アイツと会って話し合って、その後に先ずは先生が子供たちと触れ合ってみて下さいと言ったんだ。
俺は全力で断ったものの、奴は遠慮しないでと言って俺だけを送り出し。
そうして、外に出れば餓鬼共が俺に群がって来た……こいつらは確実に人の心を失っていた。
「もぉダメよぉ。先生も困っているからねぇ」
「本当にすみませんねぇ。この子達ったらすぅぅぐ大人の人にちょっかいをかけるのでぇ」
職員のケバケバしい中年ババア共は顔では申し訳なさそうにしていたが。
全く止めるそぶりも無ければ、にやにやと笑っているように見えた……殺すぞ?
そんな時に孤児院の扉が開く。
すると、黒を基調とした牧師の服を着たハゲ院長が出て来る。
日の光によってつるりとした頭が光り、奴の口元を見ればコメ粒ほどの食べかすがある……こいつ、食べたな?
「ははは、すごいですねぇ。もうすっかりと子供たちと打ち解け合ってますね。やはり、修道院の先生方は子供に好かれる方が多いようだ?」
《本気でそう思っているんですか?》
ハゲの院長が中から出て来た。
すると、先ほどまで俺を執拗に攻撃していたガキ共は途端に静かになる。
そうして、自分たちは清く正しいですと言わんばかりの表情を浮かべていた……こいつら悪魔じゃね?
俺は態度を豹変する餓鬼共をジッと見つめる。
まさかとは思うが子供に擬態した悪魔では無いのか。
だとすれば、祓魔師として此処で悪魔共を皆殺しにするのが俺の使命で……ん?
「はぁい。それではみなさぁぁん。夕飯前ですが、ベッカー先生が持って来てくださったシュークリームを食べましょう」
「「「はぁい!!」」」
ガキどもは院長に群がる。
そうして、奴は子供たちを引き連れて中に入っていく。
事前に校長から受け取っていた金で、一番安く数と量のあるシュークリームセットを買ったが。
あんな奴らにはそれすらもやる必要は無かったのではないかと思った……いや、それよりもだ……。
そんな事よりも気になる奴を俺は見つけた。
気配を殺して、孤児院の広い庭の柵近くにある茂みの中にガキが隠れている。
シュークリームが嫌いなのかは分からねぇが。
そいつは茂みの中で何かをしているようだった。
「……」
俺は足音を消して、ガキに近づく。すると、奴はお菓子を食っていた。
それはハッピーライフ社が子供向けに作っている駄菓子版のシビレマメで――ッ!?
奴が手に持っている物。
それはシビレマメの商品の中に、極稀に付属している事がある“金のマメシール”だ。
銅のマメシールは勿論の事、銀のマメシールでさえ当てるのは難しいが。
このガキは一番当たる確率が低い金を駄菓子で当てたようだった……こいつは何者だ?
「ふ、ふふ…………こ、これで、ようやく…………五十ポイント…………ふへ」
《――それを五十ポイント分集めたのですか?》
「え!? え、ぁ、あ……あの……だ、誰?」
俺の方に振り返ったガキ。
お世辞にも美形とは呼べないブルドックのような顔をしたガキだった。
そいつは持っていた金のシールを背中に隠しながら警戒した目を俺に向ける。
俺は奴を安心させるように、そっとその場にしゃがむ。
《私は対魔修道院で教師をしているものです……もう一度聞きます。貴方はそれを五十ポイント分、集めたのですか?》
「……う、うん……あ、あげないよ……こ、これは僕ので……ぅぅ」
《その話は後で良いです。それよりも先に聞きたい事があります――貴方は、それを何年で集めたのですか?》
「……えっと、ご、五年くらいかな? 3歳の頃から集めてるから……?
俺は小僧の言葉に目を大きく見開く。
俺ですら五十ポイント分を集めるのに二十年そこらは掛かった。
それを俺の半分どころかたったの五年であり、こいつは強運の持ち主ではないかと思った。
《……実は私も集めています。ポイントは――百あります》
「え!? ひゃ、百ポイントも集めた――むぐぅ!!?」
《声が大きいですよ……何か秘訣があるんですか? どうやって五年で五十ポイントも?》
俺はこのガキに強い興味を抱く。
すると、奴も同行の士であると認めて警戒心を解いてぽつぽつと語り始めた。
何故かは分からないが、このガキは百個に一つの確率でシールを手に入れる事が出来るらしい。
法則などは分かっていないが、何となしに入ってそうな気配を感じるようだった。
ガキの小遣いで買えるのは限られており、恐らくは一番安価な駄菓子用のシビレマメを買っているんだろう。
一個が大体1ユーロ以下で買える筈で……孤児院で買って貰えても精々が一週間に10個から15個くらいしか買えねぇな。
外れることはあるようだが、このシールが入っている確率を考えれば決して低い確率ではない。
刻印かと思ったが、そんなふざけた刻印何て俺は知らない。
だからこそ、これはこいつの天然の超能力的な何かかと考えた。
俺は考える。
もしも、もしもだ……俺がこのガキと手を組めば……“至る”かもしれない。
シビレマメのシールは、元々集める事で価値が出る。
ハッピーライフ社は集めたシールのポイント数によって豪華景品と交換すると言っていた。
高級焼肉セットであったり旅行券だったりで……だが、俺が欲しているものはそれじゃない。
景品の中で最も多いポイントを設定している景品。
二百ポイントを集める事によって手に入れる事が出来るという幻の品――“プラチナム・シビレマメ”。
二百年前に存在したと言われる日之国にいた伝説の料理人ジン・カワシタ。
世界中の味にうるさい評論家でさえも彼の料理を食べれば皆涙を流し平伏してしまう。
彼が書き記したレシピ集は日之国の国宝に指定されて保管されているほどだ。
何故、その内容を公開しないのかと言われれば――危険すぎるからだ。
彼の料理を再現しようとした料理人は何人もいた。
が、その者たちは料理人として成功したものの悉く不慮の事故で亡くなっていた。
彼のレシピは人を感動させるものであはるが、完全に真似をしようとすれば災いをもたらす。
そう恐れられるようになり、彼のレシピ集は封印されてしまった……が、世界には彼のレシピに手を加えたものが広まっている。
大抵が、オリジナルには到底及ばない劣化品だと言われているが。
その中には、オリジナルを超える美味さを実現したものもあるらしい。
レシピに手を加えたものには災いは降りかからない。
そう言われるようになって……いや、まぁこんなのはどうでもいい。
何が言いたいかと言えば、その伝説の料理人のレシピを元に進化させたものの一つが。
そのプラチナム・シビレマメらしい。
王族に献上する為に特殊な製法によって生み出されるマメであってマメを超えたマメ。
元々、俺たちが食っているものも伝説の料理人のレシピを参考に作ったようだが。
それらはお菓子やツマミ感覚のもので、恐らくはオリジナルの劣化品だ。
美味いには美味いが……それだけだ。
が、そのプラチナムだけは別格らしい……何でも食った奴は“天国を見た”とか。
たった一人。
世界でも名高い大富豪が金に物を言わせてシールを集めた。
そうして、プラチナム・シビレマメを食ったらしい。
そいつがそう記者からのインタビューで応えて、それからシビレマメのシールを本気で集めるやつも増えた。
が、このシールは兎に角、滅多に出ない。
当たった奴の中には転売を考える奴もいるが。
ハッピーライフ社は転売ヤーを憎んでおり、転売をした人間は独自の情報網により特定し。
二度と売らないように販売店などに手配書を流すらしい……あくまで噂だがな。
公式からのヒントと思わしき情報では金額が高い商品は当たりが入っている確率が高く。
逆に金額が低い駄菓子のようなものであれば、確率も下がるらしい。
有志による調査結果では、週五で冷凍のシビレマメを食べ続けて一年で溜まるポイント数は――“最高で”五ポイントだ。
銅のシールで一ポイント。
銀のシールで三ポイントで、金であれば五ポイントだ。
週四で食べてたったの五ポイントで……俺もかれこれ五十年以上集めて百ポイントだ。
馬鹿みたいに食っていた時期もあったが。
それでもあまり溜まっていなかった。
それでもめげずに溜め続けて、ようやく折り返しの百ポイントになった。
何十年掛かるのか。いや、そもそもそれまで会社が存在するのか……そんな不安も全て解消される。
俺は笑みを浮かべる。そうして、彼に対してすっと手を出した。
《私と手を組みましょう。貴方も、目的は同じなのでしょう? 共に至りましょう》
「……いいよ……でも、条件がある……お、おじさんのポイントを僕に預けてください」
《何を言っているのですか? 私を信じてください。私は絶対に貴方を裏切りません》
――まぁ嘘だ。
こいつからシールをかっぱらい。
シール集めに協力させた後、俺は一人でプラチナム・シビレマメを食しに行く。
子供と親であれば、問題なく二百ポイントで食べに行く事は出来るらしいが。
ガキを連れて飯なんて食いたくない。
食事をする時は静かでいたいからな。
だが、俺はそんな様子を出す事無く優しい目でガキを見つめる。
が、奴はハッキリと「信用できない」と言いやがった……チッ。
《…………分かりました。では、私のポイントは貴方に預けます。ですが、もしも私を出し抜こうとすれば、その時は貴方を殺します》
「こ、殺すって……へ、へへ……こ、怖い事言わないでよ。そ、そんな事、するつもり無いくせにさ」
《――いえ、殺しますよ? 私を欺く人間と自由を奪う人間は死んで当然ですから》
俺はハッキリと伝える。
こういう事は最初に伝えておかないといけないからな。
すると、奴は俺の表情を見て演技では無いと悟ったのか表情を青ざめさせていた。
「おーい! ケビンくーん! 何処ですかー?」
《……貴方の名前はケビンですか? それなら早く行った方が良いですよ。こんな所にいれば怪しまれてしまいます》
「う、うん……や、約束だからね。シールを全部を持ってきたら、話し合おうよ……と、ところで、名前?」
《フーゴ・ベッカーです。えぇ、勿論約束ですから。互いの目的の為に――裏切る事が無いように》
俺は少年の頭に手を置く。
そうして、ゆっくりと撫でてやる。
俺は自分本来の笑みを浮かべながらケビンを見る。
すると、奴は歯をガチガチとさせながら「間違った、の?」と言う……君は、何も間違ってはいないよ。




