おまけ:彼にとっての何千年と君にとっての八十数年
……あぁ、寒い。
しんしんと雪が降る。
夜空には星が浮かび。
街中ではイルミネーションだらけで。
中心では大きなツリーが飾られれているらしい。
季節は冬であり、今日はクリスマスだ。
私は今日も遅くまで仕事だった。
まぁ仕事がなかったとしても一緒に過ごすような相手はいない。
別に、好きな人間なんて生まれてこのかた一人もいなかった。
どんなに面が良くても、どんなに男としての強さがあろうとも……何となく違うと思ってしまうからだ。
私の中には明確なイメージがある。
それは理想とも呼べる男性像で。
そんな素敵な王子様が現れてくれる事を願い続けて……気づけば、私も八十を超えていた。
九十何てすぐであり。
友達だってどんどん寿命でぽっくりと逝ってしまっている。
結婚して幸せな家庭を作って。
子供や孫に見送られながら……やだなぁ。
「……毎年だよ……本当に嫌になる……あぁ、くそ」
道を歩けば、何処もかしこもカップルばかり。
いちゃいちゃいちゃいちゃと見ているだけで胸焼けする。
すっかり婆さんになってしまった私は舌を鳴らす。
そうして、カップルたちを避けるように。
普段なら絶対に通らないような裏道を通る事にした。
別に危険はない。
ただ、ちょっとばかし暗いだけだ。
そう思いながら、私はきらきらと大通りを避けて裏道を進み……目が合う。
「ひゅー金持ちそうな婆さんじゃねぇか? どしたぁ?」
「神様から俺たちへのプレゼントかぁ? ちょうど金が無くて困ってたんだよ。はは!」
「……最悪だよ」
チンピラだ。
だらしのない格好の薄汚い小僧共で。
くちゃくちゃとガムを噛みながら、ガキ共はナイフなどを出す。
私は奴らを睨みつけながら一歩後退し――何かに当たる。
「おっと。下がりたきゃ通行料を払いなぁ?」
「くくく、おせぇぞ!」
「わりぃわりぃ。ちょっと生意気なガキ共がいてなぁ。大人の怖さを教えてやったところさ……で? 婆さんは知恵があっからどうすべきか分かるよなぁ?」
「……本当に最悪……クリスマスなんて大嫌い」
私はぼそりと吐き捨てるように言う。
そうして、ニヤニヤと後ろで笑う大柄のガキに――金的を喰らわす。
ガキは顔を青ざめさせて前のめりになる。
私はそいつの髪を掴んで、思い切り引っ張った。
ガキは足をもつれさせて倒れる。
私はその隙に逃げようとして――別のガキが現れる。
何人いる……十人か?
入って来た道は塞がれて。
先へも進めない。
逃げ場は何処にもなく。
金的を喰らわせた餓鬼も顔を真っ赤にして起き上がる……はぁ、終わったかなぁ。
たかだが八十数年。
気まぐれで始めたSNSがきっかけで有名になり。
テレビにも出て、雑誌の取材も受けた。
映画にも出演し、勘違いでスキャンダルなんかもあったけど……つまんねぇ人生だったな。
「せめて、王子様が――“ダーリン”がいてくれたらなぁ」
「あぁ!? ババァが何言ってんだ!? お前ら!! 死なねぇ程度に痛めつけて身包み剥いで…………おい!? え!?」
「……あぁ?」
私が片手で顔を覆いながらぼそりと呟けば。
金的を喰らったガキが怒りに任せて手下に命令していた。
が、何故か一向に襲い掛かって来る気配が無かった。
命令したガキは驚いていて、静か過ぎる事に疑問を抱いて手を退ければ――“ダーリン”がいた。
「大丈夫かぁ?」
「え、あ、えっと、は、はは……は、はい!」
煙草を咥えた無精髭の男。
ぼさぼさの黒髪であり、スーツにコートを羽織っていた。
目つきは悪く、お世辞にも優しそうには見えない。
怖い部類であるが――私の心臓は高鳴る。
血が、遺伝子が――“惚れた”。
私は顔が熱くなるのを感じながら。
乱れた髪を直しながら彼を見つめる。
彼はボコボコのガキを投げ捨てる。
そうして、煙草を摘まんでから静かに煙を吐いた……格好いい。
ぽけぇっと見惚れていれば。
彼は私を見つめる。
ジッとドストライクの男から見つめられれば。
嫌でも心臓の鼓動は早くなり、あの世が見えるような気がした。
「……あぁ……その……あぁくそ……なぁ?」
「は、はい」
「……ついて来てくれねぇか? 時間は取らせねぇからよ。いや、信じられねぇかも」
「――行きます!!」
「お、おう…………覚えて……いや、そんな訳ねぇか」
「……?」
彼は私がついていくと思えば、少し驚いていた。
そうして、ぼそぼそと何かを言ったかと思えば。
勝手に歩き出してしまう。
私は慌てて彼を追いかけて行った。
これはデートの誘いなのか。
それとも、新手のロマンス詐欺なのか。
可能性としては圧倒的に後者の可能性が高い。
昔は絶世の美女なんて言われていて自信もあったけど。
今はよぼよぼの婆さんであり、絶対に恋愛対象としては見られない。
特に、こんなイケメンの男から恋心を向けられる筈がない……でも、それでも!
「罠でも、良い……罠でも!!」
「……ふっ、変わらねぇな」
「……え?」
「何でもねぇよ……ほら、此処だ」
路地裏を進んでいけば。
何の変哲もない壁に彼は指を向ける。
どういう事なのかと思いながら瞬きをして――扉が現れる。
「え? あ、れ……え?」
「さ、入ろうぜ」
急に現れたように見えたそれ。
が、彼は気にする事無くノブを回して扉を開いた。
中からは暖かな風が吹き光が漏れ出す。
私は目を瞬かせながら、彼に促されるままに中へと入り……レストラン?
そこは小さなレストランのような場所だった。
丸いテーブルには清潔な白いクロスが敷かれて。
埃一つない木の床で、天井からは小さくも美しいシャンデリアが吊るされていた。
レストランではあるが。
ウェイターも受け付けもいない。
料理を作っているような音も聞こえなかった。
彼は不思議そうに周りを見つめる私を追い越して。
そのまま一つのテーブルの前に立ち……静かに椅子を引く。
「……?」
「……何してんだよ。ほら、座れよ」
「え、あ……ありがとうございます」
「ん……うし。じゃ、ちょっと待ってろよ。すぐ持って来るからな。逃げるなよ?」
「え、あ……行っちゃった」
彼は私が質問する前に奥の部屋へと行ってしまった。
すると、すぐに奥の部屋から音が聞こえて来る。
叩く音やミキサーの音、銃撃戦のような音や……な、何してるの?
普通に考えれば料理だろう。
が、明らかに料理の音ではないものも聞こえる。
不安だし、何を食べさせられるのか分かったものじゃない……でも、別にいい。
この歳になれば、別に生に対して執着はない。
十分に生きた方であり、後は終わりを待つだけだ。
成長も、幸せもほとんどなく。
別に毒を喰らわされても、ちっとも後悔はない。
寧ろ、理想のイケメンに会えたのなら本望だ……はぁ。
「……せめて、二十年……いや、三十年かな……私が若かったらなぁ」
テーブルに肘を置き、そんな事を呟く。
出会いなんて期待せず。
結婚なんてまるで考えていなかったこの私が。
理想のイケメンに出会えただけで、ちょっとだけ後悔の念を感じ始めていた。
死なんて怖くなく。
寧ろ、何時でも良いと思っていたこの私がだ……何とか、落とせないかなぁ?
お金なら沢山ある。
財力によって靡かせれば……嫌だな、うん。
結婚するのなら愛が無ければいけない。
寧ろ、愛さえあれば何もいらない。
故にこそ、姑息な手は使いたくない。
それに、私の勝手な考えだけど、あのイケメンはお金なんかじゃ動かないだろう。
色仕掛けは論外。
私の愛嬌で……いや、ねぇな。
「はぁぁぁぁ……まだかなぁ」
耳を澄ませば、喧嘩の声が聞こえる。
あぁでもないこうでもない。
向こうにはスタッフがいたのだろうか。
そんな事を考えながら、私は待つ。
待って、待って、待って…………彼が出て来た。
スーツは何故かボロボロで。
ケチャップやら何やらで汚れている。
彼は大皿に蓋をしたものを持っていた。
汗を掻いていて、頑張って作ってくれたのだと分かる。
彼は私の元へとやって来て、大皿を置き――
「さぁ食ってくれや!」
「おぉ…………え?」
彼が笑みを浮かべながら蓋を取れば――“マメがあった”。
黄金色の不思議なマメで。
それらがごろごろと盛られていた。
私は少しだけ驚きながらマメを見つめて――どくりと心臓が跳ねた。
「……シビレ、マメ……あ、れ?」
「……少し違うな……プラチナムだよ……ま、偽物だけどな」
彼はそう言いながら、いつの間にかワイングラスを手に持っていた。
二つ置いてから、何処からともなくワインを出し。
栓を豪快に弾いてから、トクトクと私のものともう一つに注ぐ。
食べる用のフォークやスプーンは既に置かれていた。
私は何を言っているのかと思いながらも。
彼に促さる前にスプーンを持って、それを掬う。
そうして、口へと運んでいき…………あぁ。
「……美味しい……でも、違う」
「……やっぱりかぁぁ。練習はしたんだけどなぁ」
彼は悔しそうな顔をしながら頬を掻く。
長い時間、一緒にいても中々見せてくれなかった表情。
多くを経験し、精一杯頑張って来た。
頑張って、頑張って。
今日も、頑張って……私の前にやって来てくれたんだ。
「ううん。そうじゃないよ……私が作ったものとは違う……こっちの方が美味しいよ――ダーリン」
「……そうか」
私はスプーンを動かす。
そうして、頬が濡れるのを感じながら。
ダーリンが作ってくれたマメを口に入れる。
ゆっくりと時間を掛けて噛めば……あぁ、美味しい。
本当に、本当に美味しい。
今まで食べたどんな料理よりも。
今まで味わったどんな幸せよりも――最高だった。
彼は私を見つめて微笑む。
何時の日か、遠い記憶にあった彼の笑み。
あの時は、逆の立場で。
絶望の淵に立っていた彼に元気になってもらいたい一心で。
私は愛情をこめてこれを作った。
が、今回は彼が私の為に作ってくれた……それが堪らなく嬉しかった。
「……悪かったな。長い間、待たせちまって」
「……ううん。分かってる。ダーリンが忙しい事も、ダーリンが私の想像以上の時間を過ごしてきたのも……十分だよ。また会えて、こんなご馳走が食べられて……私は幸せだよ」
私は笑う。
笑いながら、美味しいからとまた食べる。
が、今度は何故かちょっぴりしょっぱい。
ダーリンは笑いながら、持っていたハンカチで私の顔を拭ってくれた。
私は嬉しい気持ちよりも、恥ずかしさを感じてしまう。
ダーリンは変わらないのに、私だけが年老いて。
顔を見られるのが少しだけ悲しくて――
「変わらねぇよ」
「――え?」
「だから、変わらねぇよ……お前の瞳も、お前の口も、何もかも……お前そのものだよ。クラーラ」
「……ダー、リン。だめ、だよ……そんなの、そんなの、って……ずるいよぉ」
「……泣くなよ。一枚じゃ足りねぇじゃねぇかよ。たく」
「ごめん、ごめんね……でも、嬉しくて……へへ」
ダーリンは悪態を吐きながらも。
優しく私の顔を拭ってくれた。
私はそんなダーリンを見つめながら笑う。
幸せな時間だ。
人生で一番の幸福。
ダーリンは向かいの席に座り。
ワインを飲んで、私も飲む。
何気ない会話に花を咲かせて。
一緒に食卓を囲んだ。
楽しい、楽しいよ。
色あせて見えていた世界が鮮やかに見える。
世界がこんなにも美しかったのだと認識できた。
「――」
「――? ――!」
ダーリンが喋る。
その言葉をしっかりと聞いて私は返す。
願わくば、この時間が一生続けばいい。
終わって欲しくない、終わりたくない。
私はそう願い続ける――が、時は残酷だ。
突然、時計の音が鳴る。
それを聞いたダーリンは上を見て――席から立ち上がる。
「……さて、名残惜しいが……行かなきゃな」
「……! 待って! 行かないで! いや、私も連れて!」
「――そいつは出来ねぇよ」
何処かへ行こうとしたダーリン。
私は椅子から立ち、彼の手を掴む。
が、彼は首を左右に振る。
分かっている。
彼はこの世界には長く留まれない。
彼の力は強大であり、その世界を狂わせてしまう。
故に、少ない時間しかいられないのだ。
理解している。理解していても、止めずにはいられない。
離れたくない。もう、何処にも行って欲しくない。
ずっとずっと彼の傍にいたい。
彼だけいてくれるのなら他には何もいらない。
一生分でも良い、永遠の分でもいい。
この願いだけが叶うのなら、他には何も――彼が私の頭を撫でる。
「……やっぱり、変わらねぇな……ありがとな。あの時も、今も……俺はお前に救われたよ」
「……っ。違う、違うよ……救われたのは、私……ダーリンのお陰で、私は、私たちは……っ」
私はダーリンの胸に顔を埋める。
ダーリンはそんな私を受け止めてくれた。
優しくて格好良くて、最高で最良で……ダーリンが私をそっと離す。
私が目を向ければ――ダーリンが何かを差し出してきた。
それはナットだ。
ただのナットで……でも、覚えているよ。
「……お前に適当に渡しただけのナット……でも、お前はずっと持っていたよな……正直、こんなもの渡すべきじゃねぇって思ってるけどよ……受け取ってくれねぇか?」
「……うん、うん! 受け取る、受け取るよ!! 勿論、決まってる……は、はは」
私はダーリンからそれを貰う。
折角、ダーリンが拭いてくれたのに。
また涙が溢れて、鼻水まで垂れて来た。
大事に、大事に両手で包み――ダーリンの体から光が発せられた。
消えて行く。
この部屋自体が、光になっていっていた。
私はダーリンを見つめる。
ダーリンはそっと小指を私に向けて来た。
「次に会う時は――迎えに来る時だ」
「……ダーリンが、私を?」
「あぁ、嫌なんて言うんじゃねぇぞ? 礼だってまだ出来てねぇんだ」
「嫌じゃない!! 嫌じゃないよ!! 待ってる。ずっとずっと――待ってるから!!」
私はダーリンの小指に自らの小指を掛ける。
すると、ダーリンは微笑み――
「なら、約束だ――それまで、幸せに生きてくれ。クラーラ」
「うん、約束だよ――ダーリン!」
ダーリンは微笑み、そのまま光が、満ちて――――…………
…………――――声が、聞こえる?
「――ラさん。クラーラさん! おーい!」
「……何?」
「いや、何って……ずっと寝てましたよ? 正直ビビってました」
「あっそ……もう、着いたの?」
「え、あぁ、はい。相手の方はもう待ってますよ。人気絶頂のアイドルグループですからね。少しは手加減して――あ、ちょ!?」
私は車から降りる。
マネージャーが何かを叫んでいるが無視。
アイドルでも何でも関係ない。
ムカつく奴はぶん殴り、顔だけの性格ブスは叩きのめす。
それだけであり、それが私で――ポケットから音がする。
立ち止まってから、ポケットを漁り……
「……ナット? これって……何だろう。すっごく、嬉しいような」
「クラーラさぁん! 待ってくださいよぉ!」
「……はぁ、台無し……ふふ」
私はナットをまたポケットに戻す。
優しく撫でれば元気が湧いてきた。
マネージャはそんな私に追いついてきた。
周りに立つスタッフたちは少しびくびくとしていた……さて。
今日は山の中にある村の取材。
アイドルグループとやらと一緒に巡る事になる。
いけすかなければぶちのめす。
やる事は何一つ変わらない。
私は両頬を叩く。
気合を入れて――歩き出す。
「村長に関する情報は? 気をつけるポイントは? あ、事前の資料以外の情報でよろ」
「あ、はい、えぇっと――」
マネージャーの言葉を聞きながら。
私は椅子に座ってだべっている似非イケメンのアホ共へと近づく。
今日も仕事で、今日も私に――休みは無い。




