012:祓魔師はマメを食う
「……」
無言でスコップで穴を埋めていく。
十メートルくらい掘ってから、燃えカス全てを穴の中にぶちこんだ。
そうして、万が一にも這い出してこないように土を硬くしておく。
土を掛けて硬くし、土を掛けて硬くし……作業を終える。
時間を掛けて念入りにした……何時だ?
スコップを投げ捨てた。
そうして、家へと戻り玄関についた血を適当な布で拭う。
ある程度、綺麗に拭き取れれば洗剤などで念入りに拭いてから。
掃除を終えた布は手刀によって細切れにする。
それをトイレへと持って行って流せば証拠隠滅は完了である……ふぅ。
一仕事を終えた。
ゴミのせいで俺の一日が潰れてしまった。
壁に掛けた時計を見れば、既に学校は終わっている時間だった。
今から行っても何も出来ない……まぁ早退する事は伝えているからいいか。
スマホを確認すれば、校長から三回くらい電話が着ていた。
“LUEN”にも通知が来ており、俺の体調を心配しているようだった。
俺はちょっとした風邪であった事を伝えてから熱は下がったと送っておく。
すると、すぐに既読がついて……はぁ。
《そうですか! それなら安心です……あ、もしも明日も続いていれば仰ってくださいね! 明日は他の方がバックアップできるようにはしておくので!》
《お気遣いありがとうございます。明日は行けます》
それだけ伝えてスマホをしまう。
何かまた送って来たがそれは無視……さて。
取り敢えずは暇になってしまったが。
それならそれで問題は無い。
休みという事にしておいて、俺は早めに宴を開始するだけだ。
スーツの上着を脱いでからハンガーにかけておく。
ネクタイを緩めてから、冷蔵庫の前に立ち戸を開けて……まだあるな。
ビールのストックは十分だが。
今日は中々にストレスが溜まったので初めの一杯は酎ハイにしよう。
それもうんと甘い奴であり……これだな。
コーラをハイボールで割ったものを買って来た。
それを手に取り、プルタブを開けた。
ぷしゅりという音と共に少しだけ中身が漏れ出す。
それを口で零さないように吸い上げて……あぁぁぁ。
美味い。
キンキンに冷えたアルコールとコーラのコラボレーション。
何とも言えない味わいであり、ジャンクみたいな合わせ方が好みだ。
俺はずるずると汚い音を立てながら飲む。
そうして、これまたストックしてある冷凍食品のシビレマメを取り出した。
「……」
明らかに目がイッている口から泡を吹く豆を擬人化したキャラがプリントされた袋。
強引に袋を破り、食器棚から出した白い皿にカラカラと凍っている豆をぶち込む。
袋を捨てる前に袋の内側を確認し……チッ、外れか。
ゴミを投げ捨てる。
そうして、電子レンジに入れてからタイマーを合わせて……待とう。
コークハイを飲みながら、俺はぼけっとする。
今日は散々な目に遭ったが、まぁ休みが手に入ったと思えばいい。
急に休む事は社会人的にはよろしくないが。
緊急事態であり、これは仕方なかったといえる。
もしも、奴を無視して夕方に帰宅していれば、奴は俺の家を勝手に改造していただろう。
自分の私物やら服やらを既にここに運び込んでいたからな。
それらも全部燃やしておいてから、奴の燃えカスと共に穴の中に捨てて置いた。
如何に奴であろうともあぁすれば這い出てこないだろう……多分。
……まぁどうせ近くのストックを使うかもしれないが……今はもう考えたくない。
臭いは魔術で消せるが。
奴の存在自体を抹消する事は不可能に近い。
この俺ですら、奴を全力で始末しようとすればかなり労力を使うだろう。
それこそ一月は自由を奪われる事になる筈だ。
ストック全てを見つけ出すのであれば更に時間が掛かる。
それほどまでに奴という存在は簡単に滅する事が出来ない。
頑固な汚れ並みに生にしがみつき、ゴキブリの如き生命力を持っていた。
如何に奴が目障りであろうとも、それだけで世界中を飛び回るような面倒な事はしたくはない。
だからこそ、すごく不快で目障りではあるが今までは放置していた。
その為、奴はどんなに俺から負の感情を向けられて殺されたとしても。
ずっと俺の周りをうろつき、俺からの愛をどうとかと抜かしていやがった……初めてだったよ。
ここまで俺をイラつかせて、ここまで俺に殺意を抱かせたのは。
そして、ここまで俺が理解できず恐怖を感じたのはアイツが初めてだ。
……奴は祓魔師の中でも重要な存在だが……俺の自由を奪うのであれば何時かは……チッ。
酒を飲んでいても奴の事を考えてしまう。
俺の思考の時間ですらも奴が浸蝕してくる。
奴を消す為だけに時間を掛けるのは絶対にしたくないが。
このまま野放しにしていれば奴はどんどんつけあがっていくだろう。
……どうにかしたいが……どうすれば……何だ?
家のチャイムが鳴らされた。
俺はまさか、アイツがもう復活したのかと考えた。
俺は棚から果物ナイフを取り出す。
そうして、ゆっくりと扉の方に近づいていき……まぁそうか。
覗き穴で確認した。
すると、銀髪の少女であり……アデリナか。
何となく気配では分かっていたが。
念の為にと目視でも確認しておいた。
何故、今日も来ているのかと思ったが。
あの女じゃなければ誰でもいいと今は思えてしまう。
ナイフを持ちながら、俺は玄関に立つ。
そうして、扉を静かに開けた。
「あ、先生! やっほー! 聞いたよぉ早退したって……えっと、大丈夫そうなの、かなぁ?」
《はい、問題はありま――失礼》
「え!?」
アデリナの頭を掴む。
そうして、一瞬で左に逸らす。
すると、アデリナの頭部があった場所を“アイスピック”が通過する。
俺の方まで飛んできたそれを少し屈んで歯でがっちりと噛んで止めた。
そうして、視線を前に向ければ血のように真っ赤なハイライトが死んでいる目で笑う化け物がいそこにいた。
力を緩める事無くピックを突き出す狂人。
そんな奴に遠慮する事無く、こめかみに向かって勢いよくナイフを突き刺す。
女は防御する事も無く、側頭部から勢いよく血を噴き出しながらゆらりと体を後退させて――後ろに倒れた。
俺はアイスピックをぷっと噴き出す。
アデリナに視線を向ければ、目を丸くして死体を見つめていた。
《はい、問題はありません。それだけですか?》
「え、え、え……ぇ、ぇ? ……え?」
《要件が済んだのなら帰ってください。では》
「え、いや、そうじゃなくて……えっと、ご飯作ってあげようと思って?」
アデリナはそう言って持っていたエコバックを見せる。
その中には一人に対しては多い気がする食材が入っていた。
俺はそれをジッと見てから、無言で中に入るように促す。
料理を作れるほどの余力は無い。
ストレスフルでレンチンで済ませようと考えていたからだ。
飯を作ってくれるのなら家に入れてやるさ。
俺の代わりに飯を作ってくれる女はサイコじゃなければ大歓迎で。
アデリナはぺこりと頭を下げてから中に入る。
そうして、台所の方に行った。
俺は静かに扉を閉めてから、鍵とストッパーを掛けておいた。
アデリナは袋から食材を出していた。
俺は静かにリビングの椅子に座り煙草に火をつけようと――
「待って!! ちょっと待って!? ――おかしいよね!?」
「……?」
「いや、何が? って顔しないでよ! ……い、今、私、お、襲われて……せ、先生が……こ、殺して……どどどどどうしよう!?」
《落ち着きなさい。私は誰も殺していませんから》
「え? ど、どういう事? でもさっき――っ!?」
ドアから音がした。
コンコンとノックする音で。
俺は彼女に向かって人差し指を立てて静かにするように伝えた。
彼女は理解してくれたようで両手で口を押えて何度も頷いていた。
ガチャガチャという音が響き――鍵が開いた。
ゆっくりとノブが回って扉が開くが。
ストッパーによって中途半端な位置で止まる。
奴はその隙間から目ん玉をかっぴらいて俺を見つめていた。
「……開けて」
《嫌です。消えてください》
「……開けて、開けて、開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて」
《嫌です。死んでください》
俺は煙草に火をつけて優雅に吸う。
そうして、煙を奴に向かって吐いてやった。
すると、奴はゆっくりと扉を閉めた。
「……か、帰った、の?」
アデリナが小声で尋ねて――扉に何かが突き刺さる。
アデリナが悲鳴を上げる。
それと同時に、刺さった刃が高速で回転を始めた。
そうして、扉をぎゃりぎゃりと切断していき――破壊された。
残骸が部屋に散らばる。
そうして、その手にピンク色のチェーンソーを持った奴はニコニコと笑っていた……はぁぁぁ。
「ダメ、だよ? 奥さんの事をいじめたら……あ! もしかしてそういうプレイだったのかな? だったら、言ってくれればちゃんとしたのに……あ、ごめんね。私が悪かったよね。貴方の考えを完璧に理解してこその奥さんなのに、私ったら貴方を責めるなんて、本当にごめんね? もしも不快に思ったなら言ってね。貴方の気が晴れるのなら私何だって」
《なら、今すぐに死んでください》
「――うん! 分かった!」
彼女はノーモーションで手に持っていたチェーンソーをぐにゃりと変形させる。
そうして、拳銃を“生成し”それをコメカミに当てて引き金を引いた。
乾いた音が響き、奴は俺の家の壁を血で染めて――倒れた。
「え、え、え、え……え、え? え……へ?」
《落ち着いてください。死んだだけです》
「あ、うん……………ぇ?」
俺は冷めた目で死体を見つめる。
奴が拳銃を出した瞬間に結界は展開していた。
外の人間から通報される事は無い。
俺は椅子からゆっくりと腰を上げる。
そうして、転がっているそれに近づいて見下ろした。
《起きてください。私に手間を掛けさせないで下さい》
「――はぁい!」
奴はぎょろりと目玉を動かす。
そうして、俺を見つめて笑い――抱き着いてきた。
奴の二つの大きな脂肪の塊が俺の胸板の少し下に押し付けられる。
そうして、さっきまで埋まっていた筈の奴からは妙に甘ったるい匂いがする……ストックだな。
服も完璧に作り直しており、自らが清楚であるといいたげな白と青の装いだ。
肩甲骨まで伸びた桃色の頭髪で、頭の両側には赤いリボンが巻かれている。
ハイライトが死んだ赤い目をしており、その瞳には俺しか映っていない。
俺を見ている時は常に頬が紅潮しており、盛りのついた犬のように呼吸が荒い。
隙あらば俺の妻を名乗る精神異常者であり、勝手に婚姻届けを偽装しては提出するような奇行も頻繁に行っている。
「何処に行ったのかと思って心配したよ? 誰も教えてくれなかったからさ。私、頑張って探したんだよ。世界中を飛び回って、蛆を殺して……そしたら、テレビのニュースを見てね。あ、きっと貴方だって思って……来ちゃった」
《来ないでください。後離れてください。そして、死んでください》
「うぅもぉ! いじわるしないで! 折角、単身赴任先に奥さんが来たんだから……あ、お腹空いてるよね? 待っててね、今からご飯の支度するから!」
《やめてください。とっとと死んで下さい》
「ふふ、照れちゃって…………これ、何?」
奴がくすりと笑う。
そうして、台所に行こうとして――目が合う。
奴は途端に一般人であれば卒倒するほどの殺気を放つ。
それを真面に受けたアデリナはその場にぺたりと腰をつけて呼吸も出来なくなっていた。
俺は面倒だと思いつつも、奴の頭に全力でチョップをする。
瞬間、奴の頭は二つに分かれて鮮血が噴き出す。
そうして、噴水のように飛び散った血や脳の一部が――もぞもぞと蠢く。
奴の肉体へと一気に集まっていき這い上がって、奴の割れた頭に入っていって――元通りになる。
《彼女は私の生徒で、ハウスキーパーとして掃除などを任せているだけです》
「……あ、そうだったんだぁ。もぅ、それならそうと……あ、また私ったら。ごめんなさい、私馬鹿だからまだまだ貴方の考えを理解できていなくて」
《しなくていいです。さっさと帰って二度と私の前に現れないでください。嫌だというのなら……貴方の“ストック”をもっと減らしますよ》
「ふふ、私は貴方が望むならなんでもいいけど……でも、そうだよね。急に来たらびっくりしたよね。幾ら夫婦って言ってもお互いに準備は必要だしね。うん、分かった! 今日は帰るね。でも、心の準備が出来たら何時でも言ってね? 私は毎日顔を出しに来るから、何か困ったことが合ったら遠慮なく言ってね! ホテルの予約も、媚薬の調達も、休日の調整も、貴方が好きなプレーもなぁぁんでも……するからね?」
《そうですか。なら放置プレーをしましょう。マリアナ海溝の底にいてください》
「あはは! また冗談を言って……元気そうで安心したぁ。それじゃ、またね――ダーリン」
奴は手を軽く振ってから破壊された扉を潜って去っていく……はぁぁぁぁぁ!!
特大のため息が出てしまう。
それほどまでに今回の事は俺のストレスを極限まで高めた。
アイツは俺の要求ならばほとんどは簡単に実行するだろう。
だが、人の話をまるで聞かない奴であり、実力だけで伸し上がっただけのクズだ。
もしも、祓魔師の中で人格などを審査する機関があれば、奴も俺も間違いなく追放処分を受けるだろう。
何故かは分からないが、生き残っている奴や実力のある奴のほとんどが……人格破綻者が多い。
何か潜在能力に関係しているのか?
分からないものの、厄介な奴に見つかった事は確かだ。
家を変えたところで教員としての俺をすでに発見しているのであればどこにも逃げ場はない。
鬼畜眼鏡であったり、もっと上の人間に連絡したところで。
誰も奴の暴走を止められるものはいない。
それほどまでに奴は危険な存在であり、俺にとっては自由と平和を脅かす疫病のようなものでしかない。
「……?」
静かだと思って視線を向ける。
すると、呼吸困難で気絶しているアデリナがいた……チッ。
俺は舌を鳴らし、そのまま倒れる女に近寄る。
胸に手を当てれば心臓の鼓動は止まっていない。
奴が去った事で呼吸も出来ているようであり、治癒も必要は無さそうだった。
俺はアデリナを猫でも掴むように首根っこを掴み担ぐ。
そうして、ベッドに投げ捨てて置いた。
「……」
残ったコークハイを飲む。
少しだけぬるくなっている。
そうして、既にレンチンが終わったシビレマメを出せば……ぬるい。
コーンを大きくして丸い形状にさせたようなマメ。
ハッピーライフ社が看板商品として売り出している商品で。
子供のおやつでも大人のつまみとしても最適な一品だ。
食べればシビレルような刺激が口内に広がり、胃に流し込めば心がぽかぽかとする。
次を求めてもっと欲しくなるようなジャンキー的なものであり。
健康食品などを好むような輩はこれが危険であるなどとほざいている……どうでもいい。
例え毒でも麻薬であろうとも俺には関係ない。
美味ければ何でも良いのが俺の考えで。
ぬるくなった豆を指で転がしてから口に放り込む……うーん!
カリカリとした豆の感触。
噛めば噛むほどに微弱な電流のようなものが口に広がる。
味付けはシンプルな塩コショウ風味でありながらも、とても深いのだ。
喉を鳴らして飲み込めば心がほっとしたような感覚になる……はぁ。
俺は少し気分を良くしながらも風が吹いているのを感じた。
視線を向ければ、あのカスが壊した扉の残骸が広がっている。
俺は暫く考えてから校長にルインでメッセージを送った。
《扉の修理って出来ますか?》
《――すぐに行きます! ……風邪、だったんですよね?》
《はい》
即既読がついて返事が来た。
俺は冷蔵庫に寄り、缶ビールを二本出す……校長って酒は飲めるのか?




