011:祓魔師はゴミを燃やす
窓から差す光を浴びる。
耳を澄ませば、カタカタとキーボードを叩く音が静かに響いていた。
次の授業の準備をする者、ほっと一息をつく者……平和だぁ。
「……」
白い湯気が昇る白いマグカップ。
体に悪そうな黒色をした液体が入っていた。
鼻を近づけて匂いを嗅ぐ……あぁひどい。
今日も今日とて平和な日だ。
悪魔による人攫い事件から五日が経ったが、特にこれといって問題は無い。
悪魔に攫われたガキ共も心を入れ替えたようで。
俺の命令に従い文句を言う事無くメニューを消化していた。
他のガキ共も反抗的な態度は取るものの、逃げる事はせずに従っていた……あぁ素晴らしいなぁ。
あのおかっぱの能力値も上がっている気がする。
最初は訓練が終われば死人のような顔をしていたが。
最近では辛そうにはするが、足が震えるほどではない。
未だにボクサーよろしくバンテージを手に巻いてはいるが……別にどうだっていいさ。
職員室で優雅なティータイム。
アメリア産の下等なインスタントコーヒーをブラックで飲む。
クソ不味い泥水のような味だが、これが徹夜続きの俺にとっては栄養剤の代わりだった。
あの日々であればこの黒水の味が泥水のようだとは気づかなかっただろう。
今、教師として充実した日々を送れているからこそ、この最低な味が理解できる……あぁクソみてぇだ。
そんな事を考えながらも、まだまだ安心できないとも思っていた。
あのメスガキ二人は確かに従順になったが、それは牙を隠している可能性もある。
ガキ共を寮に連れ帰り、そのまま俺を電話越しに脅してきたクズを何度も殺し。
そうして、帰路についたのはいいものの。
部屋の惨状はかなりひどいものになっていた。
部屋中に大量のトマトが飛び散っていて、あの後に部屋が燃えていたのか机や床が燃えていた跡があった。
燃えた跡と言うのは、部屋に備え付けられてある消火剤がまかれた事で鎮火されていたからで……まぁひどかった。
消火剤が乾いたものがこびりつき。
床や家具が煤塗れで、ほとんど燃えてしまったのもある。
トマトがドロッとしていたり乾いて壁にこびりついていたり。
家電製品もほぼ全滅だった……鬱だよ、マジで。
そんな時に校長から連絡が掛かってきてイラつきながらも出れば、二人を連れ戻してくれた礼を言ってきた。
俺はその時に遂、ぽろっと愚痴のように校長に部屋の惨状を伝えた。
すると、校長は何やら興奮した様子で明日一日時間をくれないかと言ってきた。
意味が分からなかったものの、出勤扱いで良いと言われたのでそれならばと了承した。
翌日の早朝に叩き起こされて外に出れば。
完全防備の校長が立っており、俺の返事も聞かずに部屋に入って掃除を始めた。
勿論、俺もこき使われた。
イライラしたが、校長の動きは普段では想像できないほどにきびきびとしていた。
そうして、黙々と掃除を続けていればあっという間に部屋は綺麗になった。
だが、校長はそれだけでは収まり切らずに。
家の前に止めていた軽トラから木材など出してきてその場でDIYを始めた。
あっという間に壊れた家具を修復し、俺が着ていたボロボロのスーツまで卓越した裁縫技術で直してくれたのだ。
流石の俺もその時ばかりは校長の事をすげぇと思ったよ。
そんなこんなで少し早い夕飯を俺の奢りで校長と食べた。
俺が誰かに奢るのは稀であり、校長も嬉しそうに味わっていた。
そうして、校長からあの惨状の原因を聞かれて、礼のつもりで聞かせてやった。
すると、校長はそれならメーカーに問い合わせれば補償金を貰える筈だと言ってきた。
まぁちょっとした小遣いになるのならと掛けて見ようかとも思ったが……兎に角、すげぇ面倒な手続きが必要だと直前で気づいた。
一度だけやろうとしたことがあって電話すれば。
態度の悪い女からくどくどと嫌事を吐かれてな。
それ以来、何かあっても掛ける事は無かった……危うく、そいつらをぶっ殺しに行きたくなるからな。
流石にそんな時間も労力も掛けたくはなく。
金よりも俺にとっては自由を奪われるのが我慢ならねぇからな。
そうして、校長がそれならばと修道院に置いてある古い調理家電を持って帰ってくれと言ってくれた。
新しく買い替える予定だったようで、中には職員が使う用の冷蔵庫もあると説明された。
ミキサーやその他諸々も消火剤などでぶっ壊れてしまったので丁度良かった。
俺は校長の軽トラに乗って、生徒たちが帰宅しているのを眺めながら帰って来た。
取り敢えずは食後のコーヒーでもと今度は校長が奢って……あぁそれからだな。
ガキどもがこそこそと俺たちの話を盗み聞きしていて。
何のつもりかと思っていれば、あの事件の事を態々、話に行くなんて抜かしやがった。
だからこそ、俺は奴らに距離を詰めて首に触れながら警告してやった。
俺の希望である修道院での教職員生活を奪うのであれば。
例え生徒であるお前であろうとも容赦なく殺すと。
首に手を掛けてやれば、流石のアイツも理解したようで表情を強張らせていやがった。
そうして、それから態度を一変させて、アデリナのガキはべたべたとくっついてきて。
俺は鬱陶しいと思いながらも、監視兼面倒な事を起こさせない為に俺専属のハウスキーパーとして雇ってやった。
どうせ、金なら幾らでもある。
ほとんどの給金を強制的に寄付されてはいるが。
それでもゼロでは無かったからな。
使う時間もそれほど無かったからこそ、それなりの貯蓄はある。
そこから捻出すれば、五年間の奴のバイト代くらいは容易く払える。
奴は馬鹿であり、俺の狙いには気づいていない……いや、気づいていても逆らえない。
奴らの生殺与奪の権利は俺が握っている。
俺が不要だと判断した瞬間に、奴らは蝋燭の火を吹き消すように死ぬだろう。
奴らが万が一にも俺の希望を潰ぶした時は、それ相応の報いを受けてもらう。
他でもない俺がそれを実行可能だからで……くくく。
完璧な支配体系だ。
俺が奴らを操り、奴らはそれに従う他ない。
逆らえば死よりも恐ろしい苦痛が待っているからだ。
メスガキ二名は既に俺に媚びを売り始めている。
あのおかっぱは……よく分からんが従順だ。
その他大勢の奴らは抵抗の意志すら無くなっている。
あのパーカーで顔も分からんクソガキは得体が知れないが。
それでも、奴が最も優秀で俺のメニューを充実に熟しているからこそ何も言わない。
問題があるとすれば、あの不良たちだが……まぁいい。
まだまだ、俺に反抗する意志が残っているのならそれでいい。
それくらいの気概が無ければ、俺も楽しみ甲斐が無いと言うものだ。
痛みによる教育と、想像を絶する苦痛による支配。
それに何時まで耐える事が出来るか見ものであり……精々、俺を楽しませろ。
俺はにやりと笑う。
そうして、ティータイムを終了する。
マグカップを机に置いてから腕時計を確認する。
……次の授業まで少し余裕はある。
が、今の俺には余裕があり、教師としての自覚がある。
故に、遅れる事はせずに五分前に――
「あ、いたいた! ベッカー先生! いやぁ良かった良かった」
《……何でしょうか?》
ガラガラと扉を開けて入って来たのはあの筋肉ゴリラであった。
お馴染みのジャージ姿であり、今日は目が痛くなるような真っ赤である。
こいつは俺による三年への授業で生徒が負傷したと言うのに。
全く怖がることも警戒する事も無く話しかけてきやがる。
何でも俺が本気で生徒と接する姿に感銘したとかで……まぁイカれてんだろう。
ゴリラからは偶に飯に誘われる。
俺に奢らせる素振りを見せればついてはいかないが。
こいつは羽振りがいいようで何時も俺に奢ってくれていた。
だからこそ、俺も遠慮する事無く飯を食っていた。
……まぁその分、こいつはクソどうでもいい話題をよく振って来るがな。
『ベッカー先生はどういう女性が好みですか? いや、まさか既にお付き合いしている人が?』
『はい』
『なんと!? どんな方なんですか? よろしければ写真なんかでも』
『はい』
『み、見せて頂けるんですか!? おぉどんな方なんだろうかぁ』
『はい』
『……ベッカー先生? 聞いてますか?』
『いいえ』
まぁ飯をただで食わせてくれるからな。
話くらいは付き合ってやっているが……はぁ。
また飯に行こうなんて言うのかと俺は思っていた。
すると、奴はずいっと片手を突き出す。
その手にピンクを基調として赤いハートマークが散りばめられた風呂敷に包まれた何かがある。
恐らくは、弁当箱らしきものが包まれているのだろうが……あぁ?
「いやぁ先生も隅に置けませんなぁ。まさか、あんなに“美人な奥さんがいた”だなんて? うぅこのこのぉ」
《………………何と、言ってました》
「ん? 特に変わった事は……ベッカー先生の奥さんで、夫がお世話になっていますと。お弁当を忘れていったので渡してくださいと言われましたよ? ダメですよぉ。奥さんの愛妻弁当を忘れるだなんてぇ……今度からは気を付けてくださいよ! それでは!」
「……」
ゴリラは俺に弁当を押し付けて去っていく。
俺はそれを受け取ってからジッとそれを見つめる……“アレ”だな。
どいつが俺の情報を奴に提供したのか。
いや、恐らくは誰も奴には話していない。
奴は独自の情報網を駆使して自力で俺がこの修道院で教師をしている事を突き止めた。
そうして、奴はフーゴ・ベッカーである俺の情報を頭の中に叩きこみ。
自らが妻であると“思い込んでいる”……とんだサイコ女だ。
長い人生の中でも、奴ほどにイカれた奴を俺は知らない。
初対面の時からそうであり、奴とだけは同じ空間にもいたくはない。
が、奴は俺に対して尋常ならざる執着心を抱いている。
何処にいても、何をしていても……奴はすぐそこにいる。
背後霊よりも存在感があり。
悪魔よりも醜悪で。
血に飢えた獣よりも恐ろしい存在……それが奴だ。
「……」
俺はノールックで弁当箱をゴミ箱に投げる。
すると、ゴリラといれ違いで気弱そうな若い教員が入って来る。
「あ、ベッカー先生。どこに」
《体調不良により早退します。校長と生徒たちへの連絡をお願いします》
「え、え? で、でも僕は」
《お願いします。それでは》
「あ、あ、あ!」
扉を潜って廊下に出る。
後ろの方で男が俺に手を伸ばしているのが分かるが無視。
そうして、少し早歩きで歩きながら、俺の家で勝手に荷造りを始めているであろうカスを始末しに向かった。
家の前に立つ。
中からは微かに足音が聞こえる。
間違いなくそこにいるようであり、俺はゆっくりと拳銃を取り出しサプレッサーをつける。
そうして、扉をノックした。
すると、中から女の声がして玄関に立ち鍵を開けて――
「あ! おかえりなさい! もぉこんなにすぐに帰って――ッ――…………」
ピンクのフリルつきのエプロンをつけた桃色の頭髪をした女。
そいつがあたかも自分のパートナーに話しかけるように俺に声を掛ける。
俺はそんなカスへと言葉を掛ける事も無く眉間を銃で撃ち抜く。
女はそのまま笑みを浮かべながら眉間から血を噴き出して後ろに倒れる。
ごろりと床に転がったサイコに向かって心臓に八発と残りの銃弾を全て頭に撃ち込む。
そうして空になった銃を投げ捨ててから、女の足を掴んでずるずると引きずっていく。
無言のままに隠蔽用と外部との遮断用の結界を展開した。
これで外から見られる事も無ければ、今から行う事の“飛び火”もない。
俺は広い庭の中心に女の死体を転がす。
そうして、倉庫を開けて中から灯油のタンクを出す。
俺はそれをジャバジャバと女の死体に掛けていった。
「……」
ゆっくりとポケットから煙草の箱を出す。
そうして、一本出して口に咥えてからマッチ箱を出し、中からマッチ棒を出して火をつける。
煙草の先端に火をつけてから、女の死体に向かって火のついたマッチ棒を――投げ捨てる。
火のついたマッチ棒が女の体に触れて、一気に火が燃え広がる。
女の体は火に包まれて綺麗な色で焼かれて行った。
どんなにサイコでゴミな女でも、燃える時だけは綺麗なもんだ。
肉の焼ける臭いと服が燃えていく時に出る薬品のような臭い。
鼻が曲がるほどにくせぇが結界をした事でこの臭いが外部に漏れる事は無い。
終わったら後始末をするだけであり、燃やしておけば“暫くは安全”だろう。
俺はそんな事を考えながら、日向ぼっこ用に置いておいた白い椅子にゆっくりと腰を掛ける。
「……」
煙草を摘まんで口から外し、煙を出す……あぁ。
厄介なのが来た。
悪魔よりも質の悪い奴であり。
これから俺の楽園を脅かす害獣だが……どうしたものか。
煙草を静かに味わう。
そうして、目の前で焼かれて行くゴミを道端のガムでも眺めるように見ながら。
俺は静かに殺意と怒りを滾らせていた。




