106:祓魔師は再会する
「……」
夏休みが終わろうとしていた。
が、俺にとっての休みはゼロに等しい。
カブラギでの一件から、まだまだ俺には祓魔師としての仕事が山積みだ。
本部からも要請があり、すぐに戻るように言われたが。
此方に関しては何かしらの理由をつけて後回しにした。
アルメリアの言葉を信じた訳では無い。
対魔局の要請に対して違和感を抱いたからというのが大きい。
《――本部への帰還を命じる。拒否権は無い。至急、本部へ――》
何時にも増して理不尽な言い方だった。
端末はずっと震えていて、電源を切らざるを得なかった。
緊急用のものまで使った事から必死さがよく分かる……まぁ異空間にねじ込んだけどな。
拒否権が無いのであれば断れないと思うだろう。
が、俺の場合には拒否権が無いという言葉に意味はない。
俺が断ったとしても、奴らは実力行使に出る決断力は無い。
最強なんてもてはやされているからこそ。
奴ら自身も俺に対しての首輪が無い事に危機感を抱いていた。
適当に女を抱かせて家庭を持たせる事も考えていただろう。
女優やモデルに、資産家の娘。
多忙な毎日であったが、休みの時に巧妙な手口でそれらの女を差し向けて来る事は多々あった。
興味が無い訳じゃない。が、明らかな罠に飛びつくほど俺は愚かでは無かった。
俺が適当にあしらっても迫って来ていれば、勝手に女たちは去っていく。
それは諦めたと言うよりは、諦めざるを得なかったと言うのが正しい。
サイコ女のクラーラが何かしていたのは知っていた。
クルト君も気を回していただろう。
他にも、鬼畜眼鏡だって上手い具合に露払いをしてくれていた。
感謝何てしたくはない。
クルト君以外は間違いなく打算があったからだ。
が、結局のところ、そういう事をしてくれたお陰で俺は助かっていたとも言える。
俺も男であり人間だ。
何かの間違いを犯す事もあるだろう。
間違いを犯してからでは遅い。
正せる事と正せない事があるんだ。
「……」
そんな事を考えながら、俺は空港で荷物を受け取る。
腕時計のボタンを押せば自動で針が動き出す。
現在の場所での時刻に最適化されていき、針が止まれば“朝の七時”を指し示していた……まだだな。
対魔局の要請を無視してバックレた。
が、修道院に対してだけは連絡を入れてある。
校長には申し訳なかったが、夏休み明けの業務を行えない旨を伝えた。
こんな状況だ。優先事項を見誤れば、世界はあっという間に混沌と化す。
冗談でも比喩でもなく、割と的を得ている事だ。
勿論、馬鹿正直に何をしているのかは伝えられなかったが。
それでも、俺の無機質な機械の声を通して何かを感じ取ってくれた様子だった……器用な人だよ。
本当に良い職場であり、校長には初めて会った時から色々と世話になった。
クルト君もそうであり、彼がいなければ今頃は多くの人間に迷惑を掛けていただろう。
恩返しなんてガラでは無いが、もし何かしてやれるのなら……ふっ。
俺はやっぱりガラじゃないと笑う。
そうして、売店で適当に瓶のコーラを買う。
恰幅の良い女性が栓を抜き、冷えたそれを受け取った。
行儀が悪いが、俺はそれを歩きながら飲む……美味い。
濃い味であり、凍るか凍らないかのギリギリの温度だ。
僅かにシャリシャリとした食感もあり。
舌で転がせば、パチパチと刺激されて。
喉を通れば引っかかりなくするすると通っていく。
偶にはこういう甘いものも必要だ。
特に脳を使う仕事があるのであればとても大事だ。
空港を出て歩いていれば、すぐに飲み物は空になる。
空いた瓶は異空間に収納する。
軽く口元をハンカチで拭い、俺は腕時計を確認する素振りを見せて後方を確認した……いるな。
現在、俺は“アメリア合衆国”にいる。
世界的に影響力のある国であり。
様々な人種が生活する大国であり、それが魅力と語る人間もいれば。
治安的な問題から、それらをあまり快く思わない人間たちもいる。
祓魔師の数も多く、修道院での教育環境も良いようで。
多くの有望な若者が、このアメリアで生まれ育っているという。
……まぁそんな事は今はどうでもいい。
上手い事、撒けたと思っていたが。
そうではなく。現在も距離を置いて数名が俺をつけていた。
敵ではない。
恐らくは、対魔局が派遣したエージョントたちだ。
主に諜報活動や現地調査を行う連中であり。
公には公表されていない部署の奴らであると認識した。
……3、4、5……いや、まだいるな……へぇやるな。
サーチを行ってみた。
精確にサーチできたのは五人ほどだ。
が、それで全てと思う事は無い。
何故ならば、明らかに五人で俺を尾行する事は不可能だからだ。
全力での逃走を計れば、サーチできた奴らだけでは俺に追いつくことは出来ない。
どんなに身体能力を強化しようとも。
何時間でも全力で走れる俺には追いつけない。
サーチで分かった情報が正しければ、それだけの魔力量なのだ。
故にこそ、それらは――“ブラフ”だ。
敢えて、サーチが出来る人員を配置して。
此方が強引な手に出られるように誘導している。
油断を誘い、追手を撒けたと認識して安心しきった瞬間を待っていると分かった。
そうでもなければ、この俺に対して居場所が分かるような新米をつける筈が無い。
――“追手を撒け”、か。
新東京内のタバコ屋での会話。
その時にゾーヤからそう指示された。
最初はどういう意味かと思ったが……なるほどな。
明らかに、対魔局の俺に対する監視が厚い。
そう感じるほどだ。その認識に間違いはない。
つまりだ。奴らは敢えて俺を泳がせる事によって……彼女らの現在地を特定しようとしているのか。
「……」
何食わぬ顔で歩きながら。
チラリとバックを見る。
変化はない、重量にも変わりはなかった……が、つけているな。
目視ではない確認できない場所に奴らは発信機の類をつけている。
カブラギの一件で、腕輪が破壊されたが。
奴らはすぐに俺の腕輪を届けてきて、それを装着する羽目になった。
腕輪には俺の監視としての機能だけでは無く。
身体の情報に関しても、常に奴らに送られている可能性が高い。
……二重の発信機か。それほどに、重要な何かが……。
そんな事を考えながら、俺は手を上げる。
俺は道の端で止まっているタクシーの戸を叩く。
すると、ガラの悪そうなスキンヘッドの男が顔を出した。
《……乗れますか?》
「……あいよ」
確認を取ってから扉を開ける。
運転手に目標の場所を伝えれば、車はゆっくりと進み出す。
後方をミラーで確認すれば、見てくれは普通の車が追ってきている。
それらは監視者たちであり、数に変わりはない……さて。
腕輪を撫でながら、どう撒いたものかと考える。
俺は頭の中で素早く計画を建てていった。
多少は強引で、技量頼りにはなるが……問題はない。
煙草を吹かせる運転手。
俺も一緒になって煙草に火をつけようと……あ。
《……すみません。一本……いえ、二本いただけませんか?》
「……あいよ」
運転手は不満そうな顔をしながらも、煙草を二本渡してくれた。
それに礼を伝えながら、俺はライターで一本だけ火をつけて吸う……変な味だな。
フルーツのような、ジュースのような……妙な味だった。
が、ただで貰ったものに文句は言わない。
俺は今はこれで我慢だと少しずつ吸っていく。
そうして、窓の外から見える遠くのビル群を眺めながら――
◇
「いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ!」
「……」
カラカラとベルの音が鳴る。
可愛らしい制服を着た小柄な女性が笑顔で対応してくれた。
彼女は好きな席に座るように促し。
俺は静かに頷いて、窓のある席に座った。
緑色のレザーの二人用の小さな席。
窓はピカピカに磨き上げられていて、外を歩く人間がよく見える。
店内は落ち着いた大人な雰囲気であり。
挽きたてのマメの香ばしい匂いと木の香りに包まれていた。
広くはない店内には、数名が席につき。
コーヒーと一緒に軽食のサンドイッチを食べていた。
「お水です!」
《アイスコーヒーを一つ。それと……サンドイッチを》
「……サンドイッチの具は何になさいますか?」
《そうですね……では、この“マスターのおすすめ”で》
「かしこまりました! 少々お待ちください」
女性が一礼し去っていく。
俺は静かに息を吐き、“腕輪が消えた手”を摩る……何とかなるもんだな。
タクシーで向かった場所は、待ち合わせの場所とは全く異なる街だった。
適当な場所でタクシーから降りて、俺は色々と手を打ってみた。
路地裏に入ってみたり、店の中に入ってみたり。
隠れるように、街角で暫く立っても見た。
が、奴らは一定の距離を保っていた。
やはり、腕輪と鞄の発信機で此方の動きを精確に把握していた。
そう認識したからこそ、腕輪を何とかする方向にもっていこうとした。
再び腕輪を嵌められてから少しの間、時間があったので調べていたが。
強引に外そうとすれば数回の警告の後、警報が鳴るシステムであると分かった。
また、外した瞬間に魔力封じが作動するとも分析で分かった。
カブラギでのシステムと同じであり、術者がいない状態でも発動する類のものだ。
結局、そのメカニズムについては知る事が出来なかったが。
一度触れさえすれば、それが組み込まれているかどうかは分かるようになった。
魔力を封じられた状態では、流石の俺も奴らを撒けるかどうかは分からない。
そもそも、術式が一時的に使用不可ともなれば。
枷を解かない限りは、完璧に撒く事も出来ないだろう。
戦闘状態である時のみ。
奴らが遠隔操作で腕輪の機能を切っているのかもしれない。
だからこそ、新東京内での悪魔との戦闘では魔力封じは発動しなかった。
兎に角だ。
腕輪をどうにかしなければ話にならない。
故に、腕輪の機能が作動するかしないかの一瞬……それにる賭ける事にした。
腕輪は強引に外そうとすれば、数回のみ警告が発せられる。
つまり、完全に外したと認識されないギリギリの時間が存在するのだろう。
それは腕輪の位置が僅かにズレる時間。
その誤差を判断し、警告か術式の発動かのいずれかを決定する間だ。
今回はそれを利用する方向で考えを纏めた。
監視者たちは手練れであると分かっている。
気配を完全に断っており、サーチを行っても裏で監視を行っている主力の奴らの位置を完全に捉える事が出来ない。
あくまで、ブラフ用の人間が数名いる事だけが分かっていた。
それだけであり、全体数も奴らとの距離も不明であった。
民衆に紛れており、此方の動きに合わせて行動を変えていたのだ。
確実に追跡のプロで……だからこそ、撒く事には苦労した。
魔術使用時の魔力の揺らぎが出ないよう注意した上で。
認識阻害を限定的な上に一秒間のみの使用を行った。
僅かな時間であり、阻害したのは視線に纏わる部分だけで
俺はその一瞬で魔術によって己の体を異空間を使って首から下を切断。
頭部だけとなれば、すかさず分身体を生み出し異空間にある腕輪だけを分身体の腕に装着させた。
分身体は浮遊するボストンバックに俺を一瞬で詰め込み。
頭だけの状態で残った魔力を使い果たし意識が混濁している状態の俺に分身体は魔力を送って来た。
それを受け取りギリギリで意識を戻し、術式も使い頭だけの状態で無理矢理に命を繋いでみせた。
《腕輪に異常を検知――警告します。腕輪を外さないでください》
《……》
腕輪から発せられた言葉は――警告だった。
ほんの僅かな時間。
一秒にも満たない時間で、俺は賭けを成功させた……が、監視者たちは欺けていなかった。
確実に、その僅かな時間に違和感を抱いたのだろう。
奴らの動きが変わったのに気づいた。
ブラフの人員たちが距離を詰めてきている。
分身体からの思念でそれを聞き、俺は分身体にそのままショッピングモールを目指すように指示をした。
ボストンバックは分身体に運ばせる。
分身は指示を聞き、ショッピングモールに入って行った。
この時点で、監視者たちも何かに気づいていたように思える。
警戒度が上がったようであり、距離を縮めて来たと分かった。
確実に、腕輪の状態を確認しようとしている。
遠隔では俺の肉体の情報しか分からないだろうが。
距離さえ詰めれば透視などを使って腕輪そのものの位置を見る事が出来る。
腕輪は腕に張り付くように巻かれている。
専用の工具でも無ければ取ることは出来ない。
だからこそ、ずらす事は出来ない。
流石にあの一瞬で、元の位置につける事は出来ない。
腕輪を確認されれば終わりであり、袖で隠し続けるように指示する。
分身は俺の指示を聞き、トイレに入る。
そこで一瞬でバックから頭だけの俺を出し、用具入れの中に放置して去っていった。
用を足す事も無く、ほんの数秒で出て行った分身体。
これで監視者たちを撒けたのなら良かったが……そう甘くは無かった。
少し焦ったのは、間を置いて入って来た監視者らしき人間たちが。
トイレの中を隅々まで調べていた事で。
用具入れの中まで確認しようとしていた。
が、俺は万が一を想定していた。
分身体にタクシーの運転手から更に貰ったもう一本の煙草に火をつけさせて。
火のついた状態のそれを火災報知機の下にそれを仕込ませるように指示をしておいたのだ。
その結果、後少しのところで見つかりそうになったが火災報知機が作動し。
奴らは人が来る事に焦り、その場を足早に去っていった。
すぐに騒ぎを聞きつけてモールのスタッフが数名やって来た。
俺は体を再生させてから、入って来たスタッフの一人を気絶させて。
顔や骨格を一瞬にしてそのスタッフに合わせて服を奪い。
火災報知機を切り、火のついた煙草を回収したスタッフたちに紛れてトイレから何食わぬ顔で出て行った。
モールの中には未だに監視者たちが残っていた。
奴らは火災報知器が偶然、作動した訳では無いと気づいていた。
だからこそ、再び確認に向かって――“トイレから出て来た人間”を追跡していった。
それは俺が気絶させたスタッフだ。
服などは適当に俺が持っていたものを着せてやった。
服の入れ替え自体は異空間の魔術で素早く行える。
後は気絶している間に、顔と骨格を僅かに変化させた。
魔術による変化だからこそ、俺の魔力が消えればおのずとその変化も元に戻る。
痛みが少しだが伴うのは申し訳ないが……許してくれよ。
まぁ、それを見た奴らがどう判断するのかは不明だが。
確実に時間は稼げて、俺はその間に目的の場所に向かって移動した。
持っていた荷物や端末は分身体が持っている。
必要となるものや最低限の金は異空間内に収納してある。
見かけは手ぶらの状態ではあるが。
仲間たちと合流すれば、色々と手は回してくれるだろう。
服は適当に異空間に入れていた黒いビジネススーツを着ている。
腕時計は古いタイプに、下は革靴で。
念の為に変装用の伊達眼鏡もつけておいた……ま、見つかれば意味はねぇがな。
大通りから外れた路地裏にひっそりとある小さな喫茶店。
此処こそがゾーヤが示した座標だ。
マスターやウェイトレスは明らかにただの一般人だ。
客たちも普通の人間であり、まだゾーヤたちは来ていない。
また厄介な事なのかと思いため息を零す。
すると、お盆を持ったウェイトレスの少女が横に立つ。
「お待たせしました! アイスコーヒーと本日のおすすめ――ふわふわたまごサンドになります!」
《……ありがとうございます》
「……あ、す、すみません……おほん。砂糖とミルクは此方になります! 塩とコショウはお好みで! それではごゆっくりと!」
ウェイトレスの少女は少し頬を赤らめて去っていく……やっぱり、ちょっと変に思えるのか?
注文をした時も、少し間があった。
人の声では無く機械の声だから当然ではある。
別に差別的な視線ではない。
単純に不思議そうな感じにしていただけだ。
いや、珍しいともいうのか……まぁ、別にいい。
今に始まった事じゃない。
そんな事を考えながら、ゾーヤたちには申し訳ないが朝食を食べようとした。
コーヒーはマスターの視線もあり、ブラックで飲む。
金属製のコップであり、ツマミをもてばひんやりとしていた。
ゆっくりと飲めば、ほどよい苦みで眠気も覚めていく。
しつこさはない、すっきりとした味わいで。
癖が無く、豆の香りも上品だと感じた。
静かにコップを置いて、サンドイッチを持つ。
「……」
綺麗で大きな三角形であり、それが二つだ。
鼻を鳴らせば、小麦の良い香りがする。
ゆっくりと口に運びかぶりつけば……おぉ。
パンの甘み、そして柔らかさ。
黄金のように輝いていた具材の卵もふわふわだ。
絶妙な塩加減であり……いや、これは“出汁”か?
日之国で味わったスープに似た何かを感じる。
さっぱりとしていながら、確かな存在感を放つ旨味。
それらが凝縮されており、卵が舌でとろけていくようだ。
とても美味しい。
これほどの味であれば、塩やコショウを掛ける事は失礼だと感じる。
もうこれで完成されており、ブラックのコーヒーとも相性は抜群だ。
パンが少しだけ甘みが強く感じたのは。
ブラックのコーヒーをより美味しく感じさせる為だったのか?
そんな事を思いながら、俺はサンドイッチとコーヒーを交互に堪能する。
食べて、飲んで、食べて、飲んで、食べて、飲んで…………ふぅ。
あっという間に平らげてしまった。
コーヒーも飲み干してしまい。
俺はどうしたものかと思って……ウェイトレスの少女がやって来る。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
《……頂きます》
「かしこまりました……はい、どうぞ!」
少女がコップにコーヒーを淹れてくれた。
俺は異空間からこっそりと金を出す。
先に払っておくことを伝えれば、少女は料金を受け取り――
「あ、此方は多いのでお返ししますね!」
「……?」
「……あ、す、すみません! 言ってませんでしたよね? うちはコーヒーのお代わりが、一杯だけ無料何です!」
《あぁ、それで……では、それと……あと、これはチップにしてください》
帰り際にチップを払おうと思っていたが。
この際だと先にチップも支払っておく。
すると、少女は笑顔で会釈をして去っていく……さて。
追加のコーヒーを飲みながら。
窓の外に時折視線を向けて、追跡者が来ないかだけ確認していた。
手練れを配置し、あそこまで接触しようとしていた存在たちを警戒していた。
ゾーヤは味方であるが、それ以外の人間はまだ俺は知らない。
此処までして俺たちを警戒している存在たち、何を……いや、今なら、何となくは分かる。
『デウス・エクス・マキナだろうな』
『……それが何であるのかは私は報告を受けていませんが……主様を遠ざけたがっている理由は分かります』
『へぇ、それは何だ? まさか、それも言えないって言わねぇよな』
俺は少し茶化すように思念を飛ばす。
すると、奴はくすりと笑って答えを明かした。
『人間が生み出した神が、主様の力と共鳴し――暴走を引き起こす可能性が高いからです』
『……暴走、ねぇ……そうだな。その言い方からして、機械の神も――天使の血が関わっているのか?』
『……断言は出来ません。が、神の力を使うのであれば、天使の血は最低でも必要でしょう。故に、質の良いものを蓄えているのであれば、確実に貴方様の力に共鳴します。少なくとも、カブラギにいた天使は、その力によって貴方様が誰なのかを分かっていましたからねぇ』
『…………そこまで言うんだったらよ。いい加減、俺が誰なのか……いや、いい。無駄だな』
『はい、無駄でございます』
「……」
俺は心の中で舌を鳴らす。
が、それすらも奴には筒抜けだった。
……そういえば、あのごたごたのせいで、鳩野郎のボディは回収できなかったな。
施設が襲撃された事によって、元々あったボディも焼失した。
タクミからは申し訳ないと言われたが。
俺にとっては別にどうでもいい。
……でも、不便だな。
姿が見えない相手との会話ほど気味の悪いものはない。
せめて、何処にいるのかだけでも分かれば気持ち的には楽だ。
俺はそう考えて、異空間に意識を集中する。
何か、適当なもので…………これは?
俺は異空間からあるものを取り出す。
手に握られたものは――“ぬいぐるみ”だ。
「……」
昔、激務の中でふらふらぁっと偶々入った店で売っていた品だ。
アントホルン支部にて、祓魔師の後輩の中で結婚していた奴らがいて。
娘の誕生日が近いなんて事をそいつらから聞いてしまった。
無視する事も出来たが、聞いてしまった以上は何かを送らないと面倒だと思って。
これでいいかと適当に買ったぬいぐるみをそいつらに渡しに行った。
『……』
『えっと……こ、これは?』
【娘さんのプレゼント。ぬいぐるみ】
『あ、あぁ! ど、どうも……えっと、娘は、その……人間では無く……は、ハムスターでして……い、言ってませんでしたか?』
『…………』
くそほど気まずかった。
徹夜続きでちゃんと会話を聞けていなかった。
その結果、俺は脳内で人間の子供であると決めつけて。
幼児が好きそうなぬいぐるみを購入してしまい……鬱だ。
すぐに、プレゼントは変更し。
後日、ハムスターのちょっと高い餌を購入し渡した。
喜んでいたからいいものの、結局、ぬいぐるみはそのまま異空間に放置して……これかぁ?
ジッとぬいぐるみを見つめる。
二足歩行の羊であり、のんきそうな顔をしていて。
服は執事のような恰好をしていた。
店員からはこれが流行っているとおすすめされたが。
俺の記憶ではこんなぬいぐるみを持っていた子供は見た事が無かった。
「…………」
『――あぁ、いいですねぇ。これは』
「……!」
ぬいぐるみを見つめていれば、ぬいぐるみが動き出す。
俺の手から飛び出し、机の上で手足を動かしていた。
奴はその姿が気に入ったのかにこりと笑っていた……こいつ。
ジト目で見つめながら、どうしたものかと考えて――誰がが店内に入って来た。
視線を僅かに向ければ、年配の老人たちで。
よれよれのスーツを着ながら歩いてきたそいつらは俺の隣のテーブルに着く。
人数は四人であり、彼らはウェイトレスに注文をすれば。
持っていた新聞を広げて読み始めた。
「……どうも、最近は景気が悪い……車が高くて買えないよ」
「全くだ。まぁ、この歳にもなれば、車を手放すのが普通だがよぉ」
「ははは、儂なんてとっくに払っちまったよ。その金で妻は“フレンチ”に行きまくって、今じゃ立派な大仏さんだよ」
「大仏ってお前、奥さんが聞いたら殺されるんじゃねぇの?」
「大丈夫大丈夫。アイツは今頃は“無駄な悪あがき”で忙しいからよぉ……たく、何が悲しくて全身タイツで汗まみれのカミさんの運動に付き合わなきゃならんのだ。ねぇ?」
「……」
隣で会話をしていた老人たち。
その一人が俺に声を掛けて来た。
俺は返事をする事も無く静かにコーヒーを飲む。
すると、老人はやれやれと首を左右に振り、新聞を読みながら楽しい談笑を始めて……はぁ。
俺はカップを静かに置く。
そうして、腕時計を確認してから隣のテーブルに視線を向けた。
《――それで? 何時までやるんですか――“サム・ホーキンス君”》
老人たちが固まる。
声は消えて、沈黙が場を支配した。
カチカチと置時計の音だけが聞こえる。
俺はそんな中でも、気にする事無く美味いコーヒーを飲む……良い。
暫く、静かな時が流れる。
が、沈黙は終わり――軽く噴き出す音が聞こえた。
「「「……ぷっ」」」
「…………あぁ、クソ。“やっぱり”かぁ…………いけると思ったのになぁ」
くすくすと笑う教え子たち。
耐え切れなかったようであり、“レイノス”、“レックス”、“ゴラム”たちが噴き出した。
サムは頬を少し赤らめながら、舌を鳴らしていた……はぁ、たくよ。
俺は笑う。
そうだとは思っていた。
そう簡単にくたばる奴らではない。
何せ、俺が教えたんだからな。
教え子たちは笑っていた。
サムが茶化されて、奴らはそれでも笑う。
客に迷惑にならない声量で、子供のように笑っている……本当によぉ。
彼らの声に頬を綻ばせる。
涙は要らない、感動のセリフだって必要ねぇ。
ただ俺は再開の喜びに浸りながら、“最高に美味いコーヒー”を味わうだけだった。




