101:暗く冷たい瞳(side:名も無き悪魔)
――“雨が、降っていた”。
――“ざぁざぁと降り注ぐ雨”。
――“臭いがし、色がついている”。
「……ぇ」
空は無く、雲すらも無い。
闇の空間には雨など降らない。
が、確かに雨の音がして己が体を――“赤く染めていた”。
ゆっくりと頬に触れる。
嗅いだことがある臭い。
人間のものではない――“同胞の血”だ。
雨と思ったものは悪魔たちの血で。
ゆっくりと遠見を再開する。
すると、そこには屍の上に立つ――あの男がいた。
「――」
「……」
目の前の光景に――絶句する。
無数の兵士、“万人喰らい”とほぼ変わらぬ力を有した悪魔たち。
歴戦の強者たちのケガレから生まれし、最強の軍勢。
それら全てが――“コロサレタ”。
戦闘を開始して僅か数分の出来事だった。
兵士たちが一瞬にして奴を取り囲み。
暴力の限りを尽くさんと襲い掛かった。
奴はただその場に立ち――兵士たちがはじけ飛んだ。
バラバラになった悪魔たちの肉片。
悲鳴を上げる間もなく、何千という悪魔たちが肉塊となった。
悪魔たちは攻撃を受けたと“数秒の内”に理解した。
だが、先陣を切った悪魔たちの死。それを完全に理解するよりも前に――悪魔たちの首が飛んだ。
気が付けば、奴は軍勢の後方に回り。
手についた血を払っていた。
見えない。捉えられない。
時を止めたかのような速さだった。
一瞬にして、万を超える兵士を殺し。
奴は返り血を全身に浴びながら――口を大きく歪めた。
その表情を見た瞬間に、誰しもが恐怖を感じたと私は理解した。
故にこそ、力ある者たちは距離を取り。
恐怖に飲まれた者たちは奴に対して魔力弾を放った。
一発一発が山をも消し炭にするほどの威力。
それらが刹那の内に、数十万を超えるほどに撃ち込まれた。
衝撃が走り、距離を取った悪魔たちも同じように遠距離からの攻撃を開始した。
勝てる。確実に死んだ――そう、勘違いしてしまった。
【――|Verschwinde《失せろ》――】
奴の声がハッキリと聞こえた。
理解しがたい言語で発した言葉。
次の瞬間には、全ての悪魔たちの体が――消し飛んでいた。
体の半分を一瞬で失い。
悪魔たちの体が揺れて水面に倒れ込む。
血が噴き出して、空間内に血の濃厚な臭いが広がっていく。
奴は立ち込める煙を手で払い。
残った悪魔たちに一瞬で接近し。
力任せに振るった拳で奴らを殺していった。
殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して――今に至る。
「……は、ぁ?」
死んだ。全て殺された。
百万はいた精鋭たちが、一瞬にして殺された。
これは夢か。いや、違う。これは――“悪夢”だ。
“血に染まりし、人類最強の男”。
血濡れの天使――ランベルト・ヘルダー。
奴は最後の悪魔の頭を掴み。
それを握り潰す。
血がぼたぼたと手から滴り落ちて。
奴はそれを汚いと言いたげな目で見つめて乱暴に払う。
これほどなのか。これほどまでに差があるのか。
枷が解かれなければ勝てていた。
枷を解く選択肢など奴には無かった筈だ。
こうなる事など誰も予想しておらず。
魔王様も、アンブラマルゥトス様でさえも何も言わなかった。
ただ不浄の庭園を私に託し。
これを使って奴の力を吸収する事。
それが完了すれば、後は私の好きにするように言っていた。
あわよくば、奴の体を確保し我が力を高めんとして……話が違う。
アレは何だ。あんなのは知らない。
以前の奴では断じて違う。
格段に成長し――いや、進化している。
「……っ」
魔力量に変化はない。
呼吸も乱れていない。
五体満足で、一切の疲労も無く。
ただそこに立っていた。
恐ろしい。
人間ではない。
奴は化け物であり、この世の全ての理不尽の塊だ。
理解できない。
理解できない。理解できない。
理解できない、理解できない、理解できない。
理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない――
いや、違う――“理解したくなかった”。
次元が違う。
聞いていた話と全く異なっていた。
“落陽の宴”……奴らが語り継いでいるスタンピードの日。
あの時の奴は間違いなく苦戦していた。
多くの祓魔師の犠牲の元で、奴は辛くも勝利を手にしていた。
あの時よりも遥かに強敵ぞろいだったんだ。
上級や最上級などではない。
万人喰らいに匹敵する存在たちであり、多くの祓魔師が恐れる悪魔たちだ。
ケーニヒであろうとも、五体もいれば撤退を視野に入れるだろう。
それほどまでの存在たちを用意したのに……この様は何だ?
如何に劣化しているといえども、その数は無限にも等しい。
殺しても殺しても、次から次へと押し寄せる魔の軍勢。
十手であるあのお方から賜った絶具たちを使って、確実に奴を殺す気でいた。
否、殺せずとも奴を封印すれば……ふざけている。
殺された悪魔たちは即時復活し。
奴が絶望するまで、奴を無限に殺し続ける。
その願いの下で生み出された兵器だった。
が、結果はどうだ――“戦いにすらなっていない”。
奴は悪魔たちの亡骸を静かに見つめる。
悪魔たちはその間も蘇り、奴へと襲い掛かっていく。
が、奴は視線を向ける事も無く“見えない力”によって悪魔たちを細切れにしていく。
流れ作業のようだ。蘇った瞬間に、無惨に解体されて行った。
圧死に、焼死。
惨殺され、引きちぎられて――“死”だ。
我々は奴を死と呼んでいる。
それは奴そのものが死を振りまいているからだ。
悪魔であれば相対した瞬間に殺される。
生かされる道も、逃げる道も存在しない。
すべからく――“死が訪れる”。
「……」
悪魔たちを殺していきながら。
奴は蘇らせないように念入りに死体を焼く。
炭を超えて欠片さえも残さないように。
それでも悪魔たちは無理矢理に蘇る。
この空間はケガレに満ちていて、無尽蔵の魔力を内包している。
この空間内であれば、兵士たちは何度でも蘇る。
――が、まるで安心できない。
どんなに蘇ろうとも、どんなに数を揃えていようとも。
奴に傷一つ付けられないのであれば意味が無い。
私は焦る。大いに焦りながら、打開策を考える……やはり、“アレ”しかないか。
「……」
ランベルトは何も考えていない。
死んでいく悪魔たちをただ眺めているだけだった。
その瞳には何の感情も込められていない。
ただ野に散らばる害虫を見るように冷たく無感情で――ゆっくりと奴が私を見て来た。
「ひぃ」
「……で?」
奴の声がハッキリと聞こえた。
万が一を考えて、遠く離れて気配を殺していた。
視認できたとしても砂粒ほどの距離だ。
遠見を使っているからこそ、私は奴を捉える事が出来ている。
が、奴は魔術の何も使わずに俺の事を見つめていた。
奴は言った。
で、と……何の、事だ。
「……まだ、あるんだろ? 出せよ」
「ぇ、ぁ、ぁぁ……い、言われずとも」
「早くしねぇと――殺すぞ?」
「――ッ!?」
全身の毛が逆立つ。
心が凍えて震えが増した。
私は命令を出し、すぐに新たな悪魔たちを無数に生み出す。
出し惜しみは無しであり、悪魔たちの能力を解放する。
これにより全ての個体が術や能力を発動できる。
即時に生み出された悪魔は――“三百万”。
それらが一斉にランベルトを囲み。
全力で能力を使った。
炎や雷、重力や毒。
爆発であり、呪いであり――凄まじい。
衝撃が空間全体が激しく揺さぶる。
あまりにも途轍もない魔力に私は全身が震えあがった。
耳が痛みを発するほどに空気が振動し。
視界を潰すほどの光量が発生していた。
遠く離れている私の下まで。
太陽に匹敵するほどの熱量が押し寄せて来る。
それらを魔力によって防ぎながら、私は笑みを深める。
全力での使用時に、この特別な空間そのものが壊れる可能性があった。
それを考えたからこそ、最初の一手は手加減をした。
些か、奴の力を見誤っていたが。
如何に奴であろうとも、この途轍もない暴力の前では手も足も出ない。
奴の魔力は感じられない。
それほどまでに悪魔たちの攻撃は凄まじかった。
攻撃は止む事無く繰り返されて、悪魔たちは無限の魔力で永遠に力を使い続ける。
「そうだ。殺せ!! 殺せ!! 殺してしまえ!!! はははは!!! 取るに足らないゴミが!!!! 貴様など、この力の前では無力で――――」
時が――“止まった”。
身動きできない。
言葉も吐けない。
無音だ。
何も聞こえなくなり、何も感じなくなる。
私は遠見をただジッと見つめていた。
全ての時が制止した様に感じる。
そんな中で光の中に影が見えた。
ゆらゆらと揺らめくそれが、静かに指を天に伸ばす。
これは何だ、今私はどうなっている――
【――――|Blüte im Tod《死に咲け》――――】
――“声が、聞こえた”。
何を言ったのかは分からない。
が、確かに声が聞こえた。
その瞬間に音は止み――“花弁が宙を舞う”。
純白の花。
人も悪魔も魅入ってしまうほどに輝く花びら。
淡く、上品に。
一切の穢れが無く。透き通ったそれらが空間を彩った。
その綺麗な花びらたちは――“悪魔だったものたちだ”。
「ぁ、ぁぁ、ぅ、ぁ、ぁ、ぁぁ」
私は目を大きく見開く。
言葉が出ない。息が出来ない。
悪魔にとって適した環境ではない。
ケガレに満ちていた筈の空間は、清らかなものへと変えられた。
悪魔たちはいない。
否、悪魔たちは花になった。
私はそれを強制的に理解させられた。
そうして、視線は自然と中心に立つ――“支配者”へと向けられた。
空中に浮遊する奴は。
ゆっくりと地面に足を下ろす。
花々が舞う中で、奴は目を細めながら静かに吐息を吐く。
ランベルト・ヘルダー。
人類の守護者。超越者。最強の存在――断じて、違う。
闇よりも暗い漆黒の髪が長く背中まで伸び。
祓魔師の黒い装束が変わり、王の風格を感じさせるものになる。
白く輝く純白のマントがケガレを消し、命そのものであるかのような強い力を感じさせていた。
アレは最強などと言う枠組みに収まらない。
アレは人類を守る盾である筈が無い。
あらゆる存在を息を吐くように殺し。
自らが持つ願いを片手間に叶える事が出来る存在。
“神”だというのか――お前は、それに至ったというのか――
「あぁ、なるほどな……“こうやれば、使えるのか”」
「ぇ、ぁ、ぇ?」
奴の周りが透明な炎で満ちている。
歌だ。歌が聞こえる。
その微かに響く歌声が、私の心に確かな恐怖を感じさせる。
奴は手を開け閉めしてから静かに微笑み――私を見つめた。
「く、来るなァァァ!!!!」
悪魔たちを“召喚する”。
限界など知らない。
全てを使って奴を排除する。
その為に枷を解き、無限に悪魔たちを生み出し続けた。
悪魔たちは完全に理性を消し。
獣のように叫びながら奴に襲い掛かる。
暗き闇の世界にて悪魔たちは奴へと群がり――はじけ飛んだ。
一瞬だ。
最早、奴は手を使う事すらしない。
視線だけであり、それだけで悪魔たちを殺して見せた。
奴はゆっくりと足を進める。
全ての悪魔を移動しながら殺し。
全ての攻撃を無力化して、真っすぐに私の元へと向かってきていた。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」
呼吸が荒くなる。
滝のように汗が流れた。
息がし辛く、心臓が痛い。
私は悪魔たちへと特攻を命じる。
内包する全ての魔力を使おうとも構わない。
奴をその力でもって足止めさせる。
悪魔たちは奴へと接近し。
その体を膨張させて――爆発させる。
遠く離れた場所で、その衝撃を感じながら私は笑う。
そうして、作戦は失敗したと逃走を計る――が、応じない。
「ど、どうしたッ!? 開ッ!! 開ッ!!! 開けッ!!! 今すぐこの私を」
「――私を、何だ?」
「――ぁ」
すぐ近くに気配を感じた。
光が舞っており、奴の息遣いを感じる。
私は限界まで目を見開きながら、ゆっくりと視線を向けて――――…………
…………――――再生が終わる。
「はぁぁ!!」
呼吸を再開し、頭に触れる。
あの一瞬で頭を吹き飛ばされた。
周りを見れば奴はいない。
気配も感じないという事は――背後に気配がッ!?
「……お目覚めか。クソ野郎」
「ぅ、ぁぁ」
奴の声によって全身が震える。
私は一瞬で背後に向き、全力での攻撃を仕掛けた。
私は奴に魔力弾を放つ。
術をも行使し、奴の体を溶かそうとした。
強力な溶解液であり、触れればどんな物質であろうとも一瞬で溶かし尽くす。
必殺であり、結界であろうとも防ぐ事は出来ない。
全力で魔力弾と共にそれを奴にぶつける。
奴は避ける事も防御する事もせずにそれを受けていた。
そのまま別の術を行使し。
手に出現した玉の中に奴を封じる。
その中で強力な溶解液を生み出し。
奴をドロドロに溶かし尽くす。
何重にも結界を張り、奴を両手で抑え込んだ。
歯が砕けるほどに噛み締めて。
腕が悲鳴を上げるほどに力を込めた。
溶けろ、溶けろ、溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ溶けろ――
「意味ねぇんだよ。ハゲが」
「――うぼぁ!!?」
横から聞こえた声。
視線を向ける間もなく、私の体は細切れにされた。
そうして、蒼い炎によって焼かれた。
私は炎の痛みを我慢し。
体を即時再生させて、そのままわき目もふらずに空間内を疾走する。
戦うな。戦ってはいけない。
アレに戦うを挑む選択肢はもう取れない。
逃げろ。逃げて逃げて、逃げ続けろ。
考えるな、考えたら終わりだ。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて――止まった。
「――ぅぁ?」
「……で? 逃げたら、俺が追わないって思ったのか?」
視界が大きく揺れる。
軽い痛みと共に地面を転がていった。
視線の先で、私を見下ろすランベルト。
四肢の感覚は無い。
頭だけが転がっていた。
体はすぐに再生する。が、手足が動かない。
本能が悟ってしまった。
この男と会った時点で、もう何処にも逃れられないと。
私はガチガチと歯を鳴らす。
怖い。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――心が、死んでいく。
気が付けば、私はプライドも何もかもを捨て。
目に涙を溜めながら、必死になって――生を懇願していた。
「ゆる、して……もう、二度と、人を、襲いません、から」
「……で?」
「あ、ぁい、や、人は、食べません、もうこの世界には、来ません、だ、から」
「――で?」
「ぁ、ぅ、ぁぁ」
奴が徐に足を上げる。
私は目を瞬かせながらそれを見つめて――視界が弾けた。
「ぐぁぇぇ!!?」
「……」
げほりと血を吐き出した。
奴はギリギリと踏み潰さない加減で頭を踏みつけて来た。
それでも頭が砕けそうなほどに痛みを感じる。
奴はゆっくりと足を頭からのけた。
私は顔面を血に染めながら。
荒い呼吸のまま奴を見つめる。
奴は氷のように冷たい目で、ただジッと私を見つめていた。
「敵の言葉なんて信じるわけねぇだろう」
「ぅ、ぐ、ぅぅ、く、そがァァ!!!!」
私は奴の嘲笑に怒りを覚えた。
それが恐怖をかき消し、私の体を動かした。
奴へと一瞬で掌を向けて――消し飛ばされる。
「うがあぁぁぁ!!!?」
「――黙れ」
「……ッ!!」
奴が一言発した。
それだけで私の口は音を殺した。
魚のように口を動かしながら、私は奴を見つめて――
「――何でなんだ」
「……ぇ?」
何を、言っている……何を、知りたいと……
「だから、何でなんだよ。何でお前たちは――“人を喰らうんだ”」
「ぇ、ぁ、い、ぁ、ぇ――あああああぁぁぁ!!!?」
答えが言えなかった。
だからこそ、奴が何時の間にか手にした透明の剣で肩を貫かれた。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い――凄まじい激痛が走る。
かつてないほどの痛みであり、存在そのものをかき消す痛みだった。
私は必死に藻掻く、何とかして剣を引き抜こうと刃に触れて――手が焼けた。
「あがああぁぁぁ!!!?」
「質問に答えろよ。何で人を喰らう。何で人間社会を破壊する。何でお前たちは――“此処にいるんだ”」
奴は剣を小刻みに動かす。
私を見下すような目で見つめて――私は怒りのままに言葉を吐いた。
「ふざ、けるなァァァ!!!! 貴様なんぞ、貴様なんぞに!!! 死ね!!! 死んでしまえ!!! 我らが生きる世界にお前など不要だ!!!! 消えろ!!!!! さっさと消えて無くなれェェ!!! 死ねェェ!!!!!」
私は叫ぶ。
血を吐きながら、怒りに染まった目で奴を睨む。
すると、奴は初めて喜びの光を目に宿す。
そうして、静かに笑い――
「――同じだな」
「は、ぇ?」
奴が剣の力を弱める。
そうして、ずぶりと肩から抜き――“私の心臓に刺す”。
「――――ッ!!!!!?」
私は叫んだ。
最早、言葉でもない。
獣のように聞くに堪えない音を出していた。
痛みで気が狂いそうだ。そんな中でも奴の声だけはハッキリと聞こえた。
「俺もだよ。お前たちが俺の死を望むように。俺もお前たちを同じように見てんだよ。俺の生きる世界にはさ。お前たちはいらねぇんだ。堪らなく死んでほしいんだ……なんだ。そうだったのか。だったら、もうどうでもいいな……敵は殺す。お前らが俺たちの世界を崩壊させるなら――俺もお前たちの世界を破壊してやるよ」
「ま、でぇぇ!!! までぇぇ!!! お、俺は!! 俺は、こんな、ところでぇぇ!!!」
“俺”は叫ぶ。
すると、奴は口を歪ませて笑みを浮かべた。
「――ありがとう。もう十分だよ」
優しい声色。
子供に言い聞かせるようなそんな声で――炎が噴き上がる。
「ギィヤァァァァァァイダイイダイイダイイダイィィィアアアアァァァ――――ッ!!!!!」
「……」
叫ぶ。ただひたすらに絶叫した。
白き炎が、俺を、俺の存在を――祓っていく。
優しさなどない、愛などない。
ただ純粋な殺意と怒りに塗れた火で。
耐えがたい痛みに泣き叫ぶ事しか出来ない。
炎を通して奴の憎悪を感じる。
我々を激しく憎み、激しく嫌い。
人間たちの怒りや悲しみを受け継ぎ、それを痛みとして我々に与える。
口から血が流れる。
全身が焼かれて、手足はボロボロになり。
心臓はそれ以上の苦しみを感じていた。
焼かれて、焼かれて、焼かれて焼かれて焼かれて焼かれて焼かれて――“見える。見えてしまう”。
奴はただ、焼かれる俺を見ている。
景色を眺めるように。
否、ただ朽ちていく砂の城を見つめるように――“冷たい”。
痛みが薄れていく。
力が抜けていく。
その目に見つめられるだけで、俺は全てに絶望する。
諦める事を強いられて、生きる望みを絶たれて――あぁ、ようやく――“理解できた”。
“善なる者の笑み”ではない。
“高潔な存在の戦い方”ではない。
“天使や神のように崇高な理念”も無い。
ただ殺すだけ――ただ邪魔だから消すだけだ。
理由も、目的もいらない――敵だから殺しているんだ。
こんな祓魔師など見た事が無い。
こんな人間が存在していたなどと認められない。
機械のように無感情で、神のように理不尽で。
悪魔のように残酷で、人間のように複雑な感情を持ち……。
こいつは正しく――“化け物”だ。
あらゆるものに姿を変え、あらゆる事を可能にし。
人間の皮を被った理不尽な力そのものだ。
悪魔よりも恐ろしく……“十手よりも強く”……あぁ、そうだ。
――“似ている”。
『――――』
『……っ』
一度だけ、見た事があったあのお方に。
気まぐれで十手の方に呼び出されて。
他の悪魔と共にお供をし、あのお方との謁見を許された。
一瞬だけだった。その体の一部である目だ。
姿は見えず、強大なる魔力と共に我々でも毒だと思えてしまうほどにケガレに包まれて。
ただそこにいるだけで心臓が止まるほどの威圧感を漂わせるお方。
ぎょろりと動いた大きな目玉。それと視線があった瞬間に感じた寒気。
この男の目が――あのお方の目と重なる。
あり得ない。
信じられない。
だが、俺は自然とその名を口にする。
「――ま、おう、さ、ま?」
「……無の中で、眠れ……お前に出来るのは、それだけだよ」
奴は静かに言葉を発する。
感情は無く、ただ冷たく言い放った言葉。
ただ暗い瞳で私を見つめて奴は笑みを消す。
体は塵となり、最後に残った眼球で奴を見つめる。
痛みはもう感じない。苦しみは無い。
温かさも冷たさも感じない。
視界が崩れていき、思考が途切れていき。
存在そのものが消えてなくなっていくだけだった。
己という存在の終わりが分かる。
闇よりも暗い瞳の男。
その視線を受けながら、俺は、静かに、目から雫を、こぼ、し――――…………




