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【完結】祓魔師《エクソシスト》は休みたい  作者: うどん


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010:祓魔師は恋される?(side:アデリナ)

 がやがやと騒がしい教室内。

 私とエルナの周りにはクラスメイト達が群がっていた……はぁ。


「ねぇねぇ! 昨日は本当に何かあったんじゃないの?」

「俺らの所にも他の先生が聞きに来てたけど……もしかして、何かの事件に関わったとか?」

「先生も校長と話しているとかでいないけど……ま! 平和でいいけどさ! ははは!」


 クラスメイトたちは各々が好きなように喋っていた。

 私はそんな彼らに引きつった笑みを浮かべながら頬を掻いていた。

 

「あ、あはは……な、何でもないよぉ。本当に何でもないからぁ。ね、ねぇ? エルナ?」

「うぐ、あぐ、はぐ……記憶に、無い」


 朝からずっとこの調子だ。

 昨日の事についてはまだ誰にも話していない。

 話そうとも思ったけど、ベッカー先生が何も言っていなさそうだったので結局は黙っていた。


 昨日の事は鮮明に覚えている。

 悪魔に襲われて、私たちは殺されそうになった。

 そんな時にボロボロの先生が現れて……気が付いたら寮のベッドの上にいた。


 寮母さんからは生暖かい目で見られて。

 友達からも何があったかと興味津々で聞かれた。

 先に寮母さんに先生の事を尋ねれば、校長先生たちと話していると聞かされて。

 まだ、私たちが巻き込まれた事件については誰も知っていなかった。


 朝に食堂でテレビを見ていたけど。

 昨日の事件は確かに報道されていた。

 私たちを誘拐したイケメン共は警察のお縄についていて。

 悪魔によって殺された人たちの事は語られていた。

 悪魔たちは優秀な祓魔師によって討伐されたと報じられていた……まぁ先生の事だけど。


 本来であれば、警察の事情聴取を受けたり。

 現役の祓魔師なんかも来る筈だ。

 無知な私でも悪魔に関わる事件に巻き込まれた人間はそういう流れを辿るって知っていた。

 けど、私たちの所には警察も現役の祓魔師も来なかった……つまり、先生が黙認しているんだ。


 どういう事情があるのかは分からないけど。

 助けてくれた先生に仇を返す事はしたくない。

 だからこそ、昨日の事は黙っていようとエルナとは話をつけた。

 彼女が無心でお菓子を食べているのも全ては余計な事を言わない為で……いや、アレは通常運転だった。


 そんなこんなで昼休憩を迎えて。

 私たちは弁当を突きながら、クラスメイト達からの質問攻めを受けていた……はぁ。




「それでは皆さん、今日はお疲れさまでした! 寄り道せず帰ってくださいねぇ!」

「「「さようならー」」」

 

 若い女の先生が代理でホームルームを仕切る。

 授業が全て終わり、先生の言葉と共に私たちは一礼した……結局、先生は帰ってこなかったなぁ。


 どれだけ長い時間、先生は拘束されているのか。

 いや、そもそも一日も掛けて何をしているのか。

 分からないけど、すごく不安になってしまう。


 もしも、もしもだよ……先生が辞める事になったら……


「はぁ、にしても今日は最高だったなぁ! あのクソメガネがいないだけで、こんなに学校が楽しく感じられるなんてなぁ!」

「あぁ全くだぜ! はぁ、このままアイツがどっかに消えてくれたら」

「――やめてよッ!!!」

「「「うぉ!?」」」


 不良たちのリーダー的存在である赤髪のヤン・バール君。

 何時もであれば、彼の悪態にも乗っかていたかもしれない。

 でも、先生が私たちを命を懸けて救ってくれた事を思い出すと……無性に腹が立った。


 ヤン君たちは急に私が声を荒げた事を不審に思っていた。

 他のクラスメイト達も訝しむような視線を私に向ける。

 唯一事情を知るエルナは自分と私の鞄を取ってから手を引いて教室から連れ出してくれた。


 私たちは教室から飛び出して、暫くの間、廊下を歩いていった。

 歩いて、歩いて、歩いて……ゆっくりと止まる。


 エルナは私に視線を向ける。

 そうして、心配そうな様子で大丈夫か聞いてきた。

 私は静かに頷いておいた……いや、嘘だ。


 体は何処も痛くない。

 先生が治癒の魔術を施してくれたからだ。

 でも、すごく心が痛くて寒い気がした。


 先生の悪口を聞いてカッとなり。

 先生にもしもこのまま会えなくなったらと思ってすごく不安を感じた。


 ……こんなお別れは嫌だ……まだ、ちゃんとお礼が出来ていないのに。


 ありがとうも真面に言えてないんだ。

 せめて、先生の前で頭を下げてお礼が言いたい。

 そして、何十年掛けても先生に恩を返したい。

 私の家では誰かに助けてもらったら、その人に絶対に恩を返すという決まりがある。

 だからこそ、先生が嫌だと言っても私は……


「……! アデリナ、あれ」

「え、何……! 先生!」


 指を向けた方向。

 そこには先生がいた。

 外を歩いていて、その傍には校長先生がいた。


 私はエルナと共に走る。

 外へと繋がる扉を開けてから、先生がいた方向に走り……いた!


 先生は修道院の傍にある自販機の前に立っていた。

 校長先生が飲み物を選んでいて、先生も飲み物を選んでいた。

 私たちは息を潜めて近づいていく。

 そうして、私たち二人が隠れるのに丁度いい茂みの傍でしゃがんだ。


 茂みの隙間から見れば、二人はベンチに座っていた。

 そうして、飲み物を開けて静かに飲んでいる。


「……よろしかったんですか? 話しもせずに、もしきちんと説明していれば……少なくとも、貴方の希望は叶っていたでしょうに」

「「……?」」


 話していたら希望が叶っていたって……どういう意味?


 恐らく、話していればというのは昨日の事だろう。

 悪魔に私たちが襲われて先生が助けてくれた。

 それを誰にも話さず、唯一、校長先生だけが事情を知っていたのか……それを話していたら希望が叶うって?


 私が考えていればエルナがちょいちょいっと私の制服の袖を動かす。

 視線を向ければスマホで何かを入力していた。

 その内容は――


《もしも修道院の人間が悪魔を討伐したら、その報告をして確認が取れた数日後に……かなりの報奨金が渡される》

「……!!」

《それだけじゃない。実力が認められたら、出世も早い》

「……っ」


 私は理解した。

 校長先生の言っていた希望という言葉が。

 もしも、先生が素直に自分の実力で悪魔を倒していたと話していれば。

 先生は自分が望む役職につけていたかもしれないんだ。

 それなのに、先生は敢えて話す事無く黙っていた……でも、何で。


 二人は飲み物を静かに飲む。

 そうして、息を吐いてから先生が言葉を発した。


《別にそこまで執着はしていませんよ。お金を手にするよりも……大切な事は他にもあるので》

「「……!!」」

《それに、話してしまえば……面倒でしょう? 自由を奪う……それも私にとって最も嫌な事です》


 先生の言葉を聞いて、ようやく黙っていた理由が分かった……私たちの為なんだ。


 もしも、あのまま警察から事情聴取を受けていれば。

 私たちは何日かは自由な時間を奪われる場合がある。

 いや、それだけじゃない。

 修道院には大勢の記者がやってきて、唯一の生き残りである私たちはその人たちにとって絶好の獲物になる。

 自分たちだけならまだいい。

 もしかしたら、母さんやユーゴにも迷惑が掛かっていたかもしれない。

 エルナを見れば彼女も理解しているようで……先生。


 大切な事は他にもある……そんなに私たちの事を……っ。


 自由を奪うという言葉も、正にそれを指していた。

 私たちの未来の為に、私たちが誰にも邪魔されずに修道院で過ごせるように……先生……っ。

 

 目頭が熱くなる。

 胸がキュッとした。

 苦しい。でも、この苦しさは嫌いじゃない。

 温かくて優しくて……先生の事が好きになっていく。


 あんなにも嫌いだと思っていたのに。

 たった一回の行動でこんなに変わってしまうなんて……私ってそんなにチョロかったのかな?


 自分で自分の事がおかしく感じた。

 思えば、起きた時にも不思議な事があった。

 スマホが乱暴に転がされていて。

 慌てて確認すればバイト先の人が私に昨日の夜に掛けてきていたのだ。

 通話した履歴が残っていたから、私が間違って掛けてしまったのかと思ってしまった。

 かけ直してみれば、その人はすごく取り乱していて……怖がっていたように思う。


 

《ごごごごごめんなさい!! もう二度と不埒な計画は立てません!! だから、だからァァ!! 指を折るのは、髪をむしり取るのは――ああああぁぁぁぁ!!!?》

「……ふふ」


 

 そのバイト先は私にとっては重宝していた。

 けど、そこを仕切っているその人は……絶対に好きになれるような人じゃなかった。


 スケジュールを管理する人でもないのに連絡先を無理矢理に交換させられて。

 執拗に私の個人情報を取ろうともしていた。

 しつこくて嫌であったけど、そこが一番融通が利くからと我慢していた。

 本当なら昨日も出る筈だったけど……先生なんだろうな。


 通話に出たのは先生で。

 これは私の勝手な想像だけど、私に対してその人は良くない事をしようとしていたのかもしれない。

 先生はそれを見抜いて、自分で問題を解決しに行ってしまった。

 そうして、何も知らない私は朝目覚めて……校長先生が立ち上がる。


「……さて、それでは私はこれで……まぁ何かありましたら遠慮なく言ってください……あぁいった事は得意ですのでね。どんな“汚れ”でも……ふふ、それではまた明日からよろしくお願いしますね。ベッカー先生」

《ありがとうございます。此方こそ、よろしくお願いします》


 どんな汚れでも……校長先生にも迷惑を掛けたのかな。


 大人の会話だからこそ言葉の意味をぼかしていた。

 恐らくは、先生は私たちの事を黙っていて経歴に傷がついたのかもしれない。

 優しい先生の事だから、先生が私たちを無理矢理に連れ出したと……胸がずきりと痛む。


 先生の経歴に汚点をつけてしまった。

 先生は私なんかよりもずっと優秀で、かっこよくて……やっぱり話さないといけない。


 少し怖いけど、それでも先生の名誉を守れるのなら構わない。

 時間があれば校長先生にもお礼を伝えよう。

 そう考えていれば先生は一人になる。

 私たちは意を決して《何をしているんですか》……!?


《こそこそとして、盗み聞きですか……趣味が悪いですね》

「……先生、気づいていたの?」

「流石先生、只者じゃない」


 私たちは茂みから出る。

 先生は飲み終わった空き缶を見る事も無く、ゴミ箱の穴の中に投げ入れた。

 私たちはそんな先生をジッと見つめて――頭を下げる。


「助けてくれて……ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

《……何の事ですか? 私は何も知りません》


 先生は素っ気ない機械音声でそう答える。

 私たちは表情を曇らせながらもそれでもと頭を下げ続けた。


「私たちの為に黙ってくれてるんですよね……でも、それで先生の道を諦めさせたくはありません」

「……嫌だけど……背に腹は代えられない」

「……?」


 先生は首を傾げていた。

 私たちは顔を上げて決意の籠った目で先生を見る。


「この事は、私から言います。だから先生は――ッ!!」

「……ぅ!!」

 

 私の言葉を遮るように先生は怒気を放つ。

 何で怒っているのか……いや、分かるよ。


 先生は優しい。

 だからこそ、これを話せば私たちがどうなるかを分かっている。

 それでも、私は命を懸けて助けてくれた人のチャンスを奪いたくない!


「ごめん。でも、私は先生の」

《黙ってください》


 先生は一瞬で私の前に立つ。

 そうして、私を上から見下ろしてきた。

 徐に首に手を添えられて、少しだけびくりとしてしまう……温かい。


《私は望まない。貴方がそうしたいと言っても、私はそれをさせない》

「……っ! 何で、どうして……先生は本当にそれで……それで、後悔……っ」


 私は涙を浮かべながら先生に訴えかける。

 すると、先生は眼鏡越しに私の目を見ながらハッキリと言った。




《私は後悔しない――私の希望を誰にも奪わせない》

「「……!!」」




 先生は言った――“私の希望”、と。



 

 馬鹿な私でも分かる。

 先生の希望とは私たちの事で。

 先生は出世やお金なんかよりも……私たちの未来の方が価値があると思ってくれていた。


「ぅ、ぅぅ、せん、せい……ずるいよ、そんなの……ぅ、ぅぇ」

「ひ、ひぐ……せん、せぃ、お菓子、食べる……」

《いりません。泣きたければ泣きなさい。でも、私の意志は変わりません。もしもそれでも、私の命令を聞かないのであれば……分かりますね?》


 先生はにやりと笑う。

 そうして、私の首をそっと撫でた。

 とてもくすぐったくて私はキュッと唇を結ぶ。

 

「……っ……う、うん……分かった。すごく伝わった……私、頑張るね! 先生の期待に応えられるように! 勉強を一生懸命頑張るから!」

「私も、努力する……でも、お菓子はやめない」


 先生は首を傾げる……ふふ、可愛い。


《当然です。頑張るのは当たり前で、結果こそが全てです。貴方たちを優秀な祓魔師にするのが私の務め。それまでは私の許可なく消える事は許しません。これは絶対です》

「うん、うん! 私は消えないよ!! ずっとずーーーっと! 先生の傍にいるから!」

「私も……ずっとは無理だけど、授業はさぼらない。約束する」

《……よろしい。では帰りなさい。寄り道はしないこと……それと、アデリナさんには仕事を与えます》


 先生は私に早速何かのお願いをしてきた。

 私は目を輝かせながら何をしたらいいかを尋ねた。


《定期的に私の部屋を掃除してください。手伝ってくれたら“お小遣い”を与えます》

「……っ! 先生……うん!! やる!! やりたい!! 今日からでいい!?」

《……いや、別に明日でも「今日からがいいよ!」……分かりました。では今日から来てください。場所を教えます。ついてきなさい》

「はぁい! じゃ、エルナ! そういう事だから、先に帰っててね!」

「……うん……これは……?」


 エルナは手を振りながら首を傾げていた。

 私は先生の横について腕を絡める。

 すると、先生は鬱陶しいと言って私の腕を払う……うぅ、もぉ!


 少しだけ頬を膨らませる……でも、いいもん。


 まだまだ時間はある。

 もっともっと先生を知って、先生にも私を知ってもらう。

 きっと今よりも先生の事を好きになって……ふふ。


 お母さん、ユーゴ……私、生まれて初めて“恋”を知ったよ!

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