新居
☆
「こちらでございます」
黒光りする重そうな木製の扉を開けて、案内されたのは宮殿の別館?の一室。
広すぎない部屋にソファやベッドがあり、正面には大きな窓とバルコニーがある。
窓は開いていて、涼しい風が流れ込んで来る。真っ白のレースのカーテンが控えめに揺れていた。
「この建物は自由にお使いになって構いません。外へ行かれる際は、そちらの呼び鈴から一言下さいませ」
そう言い残して、連れてきてくれたメイドさんはいなくなってしまった。
扉が静かに閉まる。部屋の中に一人立ち尽くす私。
「え、えぇぇ〜………」
目眩がして、思わずソファに倒れ込む。ソファは赤地に金の刺繍が入っていて、とても柔らかかった。
「………マジで言ってんの………?」
冷や汗が止まらない。目の行き場がない。悪質なドッキリだと思いたい。いや流石に初対面の相手にはしないか。
「………でも、良い待遇ではあるんだよね………?」
普通侵入者は牢屋行きだと思うのだが、何が原因なんだろうか。
「あの膜破ったせいかな………それとも精霊って名乗ったせい?」
「………こっちな気がする」
「ミスったな〜………やっぱり常識(文字通り)ないのに演技なんてするんじゃなかった」
「………でも、そうか。………それなら、少し謎は解けた………かも?」
きっとこの国にとって、精霊というのは歴史的に良い意味でも悪い意味でも大きな存在なんだろう。
だから、下手に扱えないから監視も込めてこの外れた所に入れてるんだろう。
だけどそれ以上に、私の頭を占拠しているのがある。
「あの魔法、あんな風になるんだなぁ………」
昨日の圧迫面接(取り調べかも)の時に使った魔法。極大魔法とかいう別カテゴリーに入ってた。
効果自体は知ってても試した事は無かったから大分緊張した。殆ど声出なかったけど使えて良かった。
………思い返してみると、かなり穴あき演技だったな。まともに喋れてなかったし。
「………でもしょうがないでしょ…あんなん無理だって………」
何となく安定した着地場所として選んだら偉そうなのがいるし、兵士にも囲まれるし………
あの魔法、こっちも眩しいからキツかった………
「………ふわぁ………」
そして、今猛烈に眠くなって来た。知らない人たちに囲まれて緊張してたのが解けたからかも。昼寝したい。
「………でもなぁ、この時間から寝るのはちょっと………」
今は割と朝。丁度夜明けくらいに下を出たから………8時9時くらいかな?昼寝には早い。
「日差し浴びよ………」
目を細めつつフラフラとバルコニーに出る。正面から吹きつけた風が髪を後ろに追いやった。
「うわっ………すご………」
目の前には、どこまでも広がる透き通るような青空にぽつぽつと浮かぶ白い雲。下に目線を移すと、遥か遠くに宮殿や、もはや屋根の色のオレンジしか見えない市街地が見えた。改めて、ここの標高がかなり高いと実感する。
「………逆に、ちょっと怖いかも………ん?」
バルコニーから張り出すように、壁際に下向きの短い階段がある。この部屋の壁に沿って曲がっている。
「………おぉ………」
もう一つの建物と、小さな庭があった。庭といっても、腰位の高さの花壇とベンチがあるだけ。日当たりは良い。
「これどこから入って………うおっ、あった」
ツルが巻き付いたアーチの向こうにガラスの埋め込まれた扉があった。ドアノブを握ると、鍵は開いていた。
日差しが燦々と差し込む廊下にはドアが並んでいる。
「この部屋は………?お、お風呂だ。こっちは………?トイレね」
「ここは………ドレスルーム?鏡と、クローゼット………みっちり詰まってる………着れる自信ないなあ」
三つ目の部屋のクローゼットには、パーティーで着そうな豪華なドレスからナイトガウンと呼ばれるものまで、多種多様な衣服や、室内履きがわりのサンダルが置かれていた。
「おお、階段がある。上もあるのか………いや、メイドさんの言い方的に、中も繋がってるのでは………?」
二階の端の部屋は、給湯室的な………軽めのお菓子やティーバッグが置いてあって、コンロっぽいものがある。
「隣は………普通のテーブルと椅子だ。燭台がある。あれは………扉の上にステンドグラスがあるのか」
ステンドグラスのカラフルな光がテーブルに落ちていた。直接光が入らないからか、ランプが点いている。
「ここは………あそこと同じ感じかな」
ソファとベッド。レイアウトは似てるけど、あっちの色味がピンクとか赤だったのの逆で、水色とか緑で固められてる。あと、ベッドに天蓋がない。まあ、別にいいけど。こっちはサブって感じがする。
「………で、あそこの上に辿り着く、と」
下への階段と木製のちょっと重そうな扉。階段は、あそこの扉の隣に出た。全く気付かなかった。
「うおぉ………」
カフェの内装にありそうな感じ。普通の窓と、窓際に円テーブルがある。壁際には巨大なソファ。
「ここなら、苦労はしなさそうだな」
メイドさん
貴族、というかちょっとお金持ちの家や子供の面倒の見れない家はメイドさんを雇う。
その中でも王宮で働けるのは特殊な訓練を受けたごく一部だけ。テーブルマナーや言葉遣いという基礎教養から静かに早く歩く、客人の前では表情を決して動かさないなど高度な技術が求められる。そのためほぼ貴族の子女。
メイド長(64)は、別館から本館までを片道5分未満で行ける(800mちょっと)。