接触
★
「っ!」
「お下がりを!」
「こちらへ来ています………!」
「兵!」
それは動き出したかと思うと当然のように結界を突き抜け、まっすぐこちらに向かって飛んで来た。
それが通った後に淡く光が尾を引き、まさしく流星の様だった。知らずに見れば、幻想的な光景だっただろう。
問題は、それがまっすぐこちらを、目指して飛んで来るという事だった。
王宮には一般に知られていない結界も張られているが、そんなものあれにとって無意味だろう。
パンッ
弾けるような音と共に、それはバルコニーに降り立った。思ったより小さい。自分の肩ほどもないだろう。
全身から眩い光を放っているが、よく見ると人間の姿をしているようだ。
長い髪の毛からパチパチと火花の様なものが発されている。色は、よくわからない。
兵が盾を構えながら不届な侵入者を取り囲む。盾が、綺麗な円を描いた。
「………お前は、誰だ………?」
皆を代表して王が口を開く。侵入者が人の姿をしていることで話が通じると考えていた。
侵入者が口を開く。
『………私は、光の精霊』
はっきりとした、冷たさすら感じさせる凛とした声だった。
場が静まり返る。皆、信じられないという表情でそれを見つめている。
自分もそうだ。鏡を見なくてもわかる。こんなこと、御伽話でもありえない。
精霊というのは、魔物ですらない、生態系の最上位より更に上で輝く星のような存在だ。気まぐれで、人前に姿を現すことは殆どないと思われている。それに、光の精霊というのは───
学者の一部には、精霊というものは実体を持たない巨大な魔力の塊だという者達もいる。
御伽話には、精霊の加護というものが存在する。
この国の初代国王も、精霊が力を授けたと言われているが、後世の記録だ。捏造の可能性が高い。
だが。もしも、それが本当だったなら。精霊の力が実在したというのなら。
「………我々に、何を求める………?」
王が静かに問いかける。
『貴方達が敵対しないと言うのなら』
『この国に繁栄をあげる。かつてないほどのね』
その言葉と同時に、絞っていた魔力を解放する。それは最後に確認した時から全くの消耗を見せず、むしろ増えている程だった。ありえない。そういった言葉は口に出される前に消えた。
目の前にいるのは侵入者ではない。我々に繁栄を齎す存在だった。僅かに残った理性が疑問を呈する。本物なのか。どこまで力を貸してくれるのか。………その後、何を要求されるのか。そういった疑問を、熱が押しつぶす。
目の前のものは金銀財宝の山だ。一度逃したら次は二度とないだろう。他の国に行ってしまう可能性もあった。
見過ごすという選択肢は、最初から存在しなかった。提示された莫大なリターンが手を引く事を許さない。
目が離せない。心なしか、全員の呼吸が荒くなる。精霊が囲んでいる兵士に視線を動かす。包囲の輪が、緩んだ。
「………敵対しないこと………それだけか?本当に………」
『それ以上は必要ないわ』
「しかし………」
『人間に頼む必要がないもの』
確かにそうだろう。人は弱い。徒党を組まないと、魔物の敵にすらなれないというのに、世界の頂点に一体何ができようか。しかし、何も要求しないというのは為政者にとって最も望まない展開でもある。それは未来に無視しようのない大きすぎる火種を残すことになるのだから。今、無理難題を申し付けられた方が精神的にも良かった。
「………せめて。力をお見せ下さい。それで民も納得しましょう」
詭弁だ。流星という非現実的な事象を見て大きな力を信じない者はいない。自分が納得したいだけだ。
『………いいでしょう』
そう呟くと、空を見上げる。
『───』
口がほんの少し、動いたような気がした。
そして、次の瞬間。
空に、太陽が出現した。しかもそれは中心を黒い何かに覆われ、外側の光が波のように黒い空を照らすだけだった。こんなこと、あってはいけなかった。足が震える。こんなもの人間技ではない。いや、魔法ですらないのではないか。じりじりと後退っていく我々に気付いたのか、精霊が振り返った。
「ひっ………」
誰かの口から、小さな悲鳴が漏れた。
精霊は、笑っていた。顔は無表情だが、口が僅かに弧を描いている。その目には、はっきりと愉悦が浮かんでいた。王に向き直った精霊が言う。
『信じて貰える?』
「………………あ、あぁ………」
力なく王が頷く。王を眺めている目が、隣にいる自分までも見ているかのような感覚。
『………』
チラリと空に目線を向けると今まで広がっていた超常の景色は消え、心なしか彼女の身を包む光も弱まった。
「………最高級の待遇を」
近くにいる使用人にそう言って、王を先頭に我々はそそくさと会議室へ撤退していった。
陽を喰らうもの
極大魔法の一つ。日蝕を起こす。え?夜なのに何で起こるのかって?出ていたのは本物ではなく擬似太陽。太陽っぽいものを何かで覆っているように見せているだけ。本質は集団幻覚みたいなもの。使用者の思い描く日蝕を再現する。使用者の認識が影響するため、月のないこの世界人類は使えない。もし成功したとしても、全くの別物になるであろう。