閑話
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精霊様を部屋まで案内して、転送魔法陣に乗る。
魔法陣から離れて少し待つと、二人が同時に現れた。
「お疲れ様」
「アーシャ!」
「アーシャもお疲れ様。は〜本当に緊張した〜」
エリファが私を見て声を上げ、薄緑の長髪を揺らしながら駆け寄ってくる。そのまま腕を掴んで扉に引っ張って行く。ケルンも体を伸ばしながら早足で追いついて隣を歩く。背中を丸めた拍子に落ちた髪を耳にかけるためか短い濃紺の髪を弄っていた。
扉を開け、その先の休憩室に入る。人の殆どいない部屋の空いているソファや椅子にそれぞれ座る。
「どうだった〜?緊張した?」
全身で疲労をアピールする二人に話しかけると、二人ともふにゃふにゃした表情で答えた。
「めっちゃした。もうやりたくないよ〜」
「アーシャ普段からあれでしょ?ホント頑張ってると思うよ〜」
「うーん、普段はもっとふわっとしてるんだけどね〜」
「そうなの〜?やっぱり精霊様も緊張してたとか?」
「でも精霊様だよ〜?エリファじゃないんだから緊張とかないでしょ」
「何それ!ケルンは私のこと何だと思ってるの!?」
「はいはい。ごめんなさいーい」
私の発言に便乗してケルンがエリファを揶揄う。エリファは頬を膨らませて怒っているアピールをするものの、笑ってしまって長くは維持できない。ケルンも目を逸らして口だけで謝り、やっぱり笑っている。私も、これが二人のいつも通りだから何も気にしない。
「にしてもさ〜、アーシャ〜」
エリファが肘掛けに両腕を乗せ、その上に顎を乗せた状態で話しかけて来る。
「なに?」
「精霊様のお付きって大出世じゃ〜ん。どうやって勝ち取ったの〜?」
「どうやって、って言われてもねぇ…ゴマすった記憶はないけど…」
視線を天井に向けて記憶を漁り、関係がありそうなものを探す。
「そうだよ、エリファ。アーシャがやるような事、聞いたってできないんだから困らせちゃダメだって」
ケルンが諭すような口調でエリファに言う。
「私そんなダメじゃないからね!?」
エリファがバッと上体を起こし、声を張り上げる。全く、そんな反応しちゃうからケルンに揶揄われるのに。
「でも何でだろうね。私よりできる人なんて沢山いるのに。やっぱり派閥かなあ?」
「あー、かもね。アーシャん家フィルド派でしょ?あの人もフィルド派らしいし」
「へ〜。あっ、じゃあ、私らが偉くなれないのはエミール派だからって事!?あんまりだよ〜」
「でもフェルシーナさんはシェートル派らしいけど…」
「ええ〜!?関係ないの〜?てっきり渦巻く陰謀にでも巻き込まれてるんじゃって期待したのに〜」
「貴族階級に生まれた時点で巻き込まれてるんじゃない?それにフェルシーナさんは私達より大分年上でしょ」
「そういうのじゃなくて〜!もっとこうドロドロした感じのやつ〜!」
エリファが言うのは恋愛小説とかに出て来るような話だろう。でも、もう私達とは遠い話だ。だって…
「エリファ婚約者いるでしょ。オーウェル様っていうカッコいい方が」
「エリファ、まさか浮気する気?オーウェル様がダメなら誰になるんだろ…殿下?」
「しないよ!?する訳ないじゃん!想像するだけだから!」
思わずケルンと顔を見合わせて笑う。エリファ、その手の話題に関しては変わってなさすぎて笑えて来る。
エリファは昔から恋愛小説が大好きで、会う度におすすめの本を薦めて来ていた。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら登場人物の良さを力説する姿は幾度となく見ている。王子様系が好きで、模写してた時期もあったっけ。
上に兄がいるから頼めばいいのにと言っても、「兄様!?絶対ヤダ」と言って聞かなかった。
「でも、今日あの役目を貰ったって事はこれからも精霊様と関わる機会があるってことかな?どう思うアーシャ」
ケルンが聞いてくる。
「詳しい話は知らないからどうも言えないけど、機会はあるでしょ。少なくとも建国祭までは衣装係なんだし」 「え〜じゃあ、もしかしたら私達も精霊様の専任になるかもってこと?!」
「エリファはダメでしょ」
「何で!?」
「精霊様は国賓なんだから、失礼しちゃいけないんだよ?絶対あの髪編みたいって言うでしょ」
「何でバレてるの?!聞いてみる位はダメ、かなぁ…」
「アーシャ、さっき精霊様は普段はふわっとしてるって言ってたけど、具体的にはどんな感じなの?」
「具体的…街に行きたいっておっしゃられたり、早い時間に眠られてたり?」
「精霊様って寝るのかな?」
「さあ?そもそも今のお姿だって私達がいるから人型をとって下さってるだけで、実際は視認すらできないと思うし、私達にはわからない何かをなさってるんでしょ」
「確かにそうだよね。…っていうか、何でアーシャはその事知ってるの?」
「夜の見回りの際に扉くらいは開けるから、その時にね。でも顔を覗き込むとかはしてないからベッドに入ってるだけで違うのかも」
「もしかしたら、寝たふりしてるだけかも…あいたっ!」
「エリファ色々言い過ぎ。今誰もいないから良いけど、フェルシーナさんとかメルジアナさんとかに聞かれたらどうするの?」
「う、うう〜。酷いよケルン、ダメなのはわかるけどいくらなんでも頭チョップは酷くない!?痣できたらどうするの〜!」
「こんな弱い一撃じゃ痣なんてできないでしょ。か弱いアピールしても無駄だからね」
「ノリ悪いな〜もー。ほら見てよケルン、アーシャが凄いツボってるよ」
「ふっ、ふふふっ、ふふふふふっ」
「エリファのあまりのダメさにもう笑うしかないんでしょ。にしてもツボりすぎじゃない?そんな面白かった?」
「ふふふっ、ふふふふふ」
「ケルンー、アーシャ壊れちゃったよー!?どうするのこれ私達がやったって思われるよね!?」
「思われるも何も事実でしょ…アーシャ、戻ってきて〜」
笑いを堪え切れずに痙攣している腕をケルンがぺしぺしと叩く。
「ふふふっ…はー、はー…すっごい笑っちゃった」
「心配になるくらい笑ってたよ〜。そんなに最近疲れ溜まってるの?」
「そう言うわけではないけど、忙しくて中々こういう機会もなかったじゃない?だから忘れてただけで…」
「確かに、昔から結構ツボりやすくはあったし一度入ったら中々抜けないもんね」
「耐性が失われちゃったって事〜?じゃあ今なら…」
「こら」
「あー酷い!ケルンの鬼!悪魔!私はアーシャをとびっきりの笑顔にしてあげようとしただけだよ!?」
「どうせろくでもないことしようとしてたでしょ。時計見て、そろそろ時間でしょ」
「ちぇーっ。ケルンのケチ〜」
「はいはい行くよ。アーシャはどうする?」
「私…も食堂行こうかな。ベルなってないし、食べたら用意もしなくちゃだから」
「そ、じゃあ行こっか。ほらエリファ立って」
「はーい…」
「なんでしょんぼりしてるの?」
「だって…お昼食べたらやる事山積みだよ?もうあそこには戻れないんだよ?」
「どうせ談話室でも同じ事言うでしょ」
「先にお昼食べて始めた方が早く終わると思うけど?」
「そうかな…そうだよね。うん、頑張るぞー!」
「単純だね」
「このー!」