書店
次に行ったお店は、見るからに怪しげな雰囲気がしていた。まず、すりガラスで中が見えない。出窓があるけど、縁が埃を被っている。そして、暗色系で固められている。深緑の壁は来店者を拒むようだ。
「………こんにちは〜、誰かいますか〜………?」
恐る恐る扉を開け、声をかけてみる。埃が舞い上がった、中は薄暗い。見ると、大きな本棚が視界を埋め尽くしていた。天井近くまで伸びていて、みっちりと本が入っている。床にはスツールが置かれ、ハシゴが立て掛けられているが、スツールの上にまで本が山積みになっている。扉を閉めるとランプの微かな明かりだけになった。
「………だ、誰かいますか〜………?」
「呼んだかい?」
「ひぇっ!?」
急に横から声をかけられた。慌てて声がした方を見ると、薄暗い中に人がいた。暗闇の中で目が光っている。
「………?初めて見る子だね。何を探してるんだい?」
嗄れた声。背中が丸まっているのか、私より背は低い。黒いローブを着ていて、ネジネジの髪が顔に張り付いている。老婆、だろうか。年老いた姿の中で、目だけがぎらぎらと光っていた。
「だ、誰ですか………?」
「ここの主だよ。あたし以外に誰がいるんだい?」
「………ここ、って何のお店なんですか………?」
「魔法書店だよ」
「魔法、書店………」
「で、何を探しに来たんだい?」
「い、いえ、特に何も………こ、ここの本って、読んでもいいんですか?」
「良いよ。但し習得は出来ないからね」
「あ、ありがとうございます………」
そう言うと、老婆は音もなく奥へと消えていった。床に目を落として初めて、宙に浮いていた事に気づいた。
身長差から気づかれない程の低空飛行をブレ一つなく使いこなすとは、かなりの熟練者だ。
「………………こ、怖かった………」
聞こえたら嫌なので小声で呟く。近くの本棚に寄りかかった。埃が舞う。スツールの上に積まれている本の、一番上のを手に取る。分厚い革張りの本だ。残念ながら色や題名は見えない。
「埃被りすぎでしょ………」
頑張って埃を払い落とすと、暗い赤色の表紙が見えた。題名が金文字で書かれている。
「【サモン】………?召喚系の魔法書なのかな………」
開いてみる。ちゃんとページが開けるし、文字も薄れていない。保存状態はいい、のかな?
「細っか………歴史とか書いてある………」
「ケホッ………い、一回外出るか………」
本を閉じ、スツールに積み直した、そのとき。
バァン!
「っ!?」
扉が勢いよく開けられた。人が入ってくる。長髪の女性だ。20代から30代前半に見える。長いワンピースと踵の高いブーツを履いている。イヤリングの赤い宝石が、光を受けてキラリと輝いた。
「23番は!?誤魔化せないぞ!前には置いてあった筈だ!」
怒鳴るように言いながら、ツカツカと店の奥に進んでいく。咄嗟に本棚の影に隠れた私は気付かれていない。
「全く、静かに出来ないのかい」
老婆の声が響いた。決して大きい声ではないというのに、少し離れた所にいる私にまでよく聞こえた。
「誰のせいでこんな事になっていると思っている………!」
「馬鹿な研究者共じゃないのかい。あんたも大変だねえ、何度も何度も」
「このっ………!………まあいい、23番だ、あるんだろ?」
「はいよ。───だよ」
恐らく値段を口にしたのだろう。音量を絞ったかのように、そこだけが聞き取れなかった。
「ぼったくりめ」
ジャラジャラという、金属質のものが擦れ合う音が聞こえた。足音が近づいて来る。心なしか足音が軽い。笑みを浮かべているようにすら見える。右脇に分厚い本を持っている。綺麗に革のカバーがされていた。
「そこの君」
「!?はっ、はい」
「ここの店は腕はいいが………もっと他の、ちゃんとした店を使いなさい」
「………はい………」
困惑しつつも絞り出した返事を聞いて女性は満足そうに頷いて店を出て行った。
バタン
扉が閉まる。店内に再び静寂が訪れた。
「じゃ、じゃあ、私はこれで………」
店の奥を窺いながら言い、ドアノブに手をかける。
「………」
「………?」
今、店主が何か言わなかっただろうか?耳を澄ましてみる。
「いつでも歓迎するよ。また気が向いたら来るといい」
「………!」
「………」
「………で、では………」
恐る恐る扉を開き、店の外に出る。眩しさに思わず目を細めた。
再び目を開くと、そこには変わらない道の景色が広がっていた。一先ず、無事に出られて良かった。
「(………にしても)」
あの女性が言っていた事は何を指していたんだろうか。見つかっていた事よりもそこが気にかかる。
「………まあ、とりあえず帰ろう。夜にでも、じっくり考えようかな」