街へ
「今日はいいのが入ったんだ、ひとつどうだい!」
「こいつは新商品!今なら安くしとくぞ?」
「もうちょっとだけ安くなんねぇ?今すぐ必要でさぁ」
「あっちも行ってみないか?」
人の話し声が辺りを包んでいる。噴水の縁に腰掛けて立ち止まっている私の前を沢山の人が通っていく。
道は広い。地面は舗装されていて、真ん中を挟むように二本ずつ、計四本のへこみが地面を走っている。幅的に恐らくは馬車のためのレールだろう。馬車が余裕を持ってすれ違えられ、さらにそれでも道を完全に塞がないほど。
道沿いに立ち並ぶ家々は三階建で、目線が届く限り統一されている。窓から窓に、色とりどりの布?が万国旗のように吊るされている。目線が届く限りといっても、私の身長が高くないので腰より少し低い噴水の縁の上に立っても五軒先がせいぜい。私は、街に来ていた。
「(流石にバレないでしょ)」
ちらっと周りを確認する。道行く人々は全員が外せない用事があるかのように早足で歩き去り、すぐ横にいる私には目もとめない。更に言えば今、私は変装している。普段着の白の薄いワンピースではなく、平たい大きな衿のしっかりとしたワンピースを着ている。地の色が茶色でフロントボタンを挟むフリルや衿がベージュ。落ち着いた感じでかわいい。メイドさんに一番目立たない、馴染みそうな服を選んで貰ったかいがあった。
しかし、そもそも私は全身を発光させてかなりのスピードで飛んでいた。もし私がここにいると知っている人がいたとしても、この人混みも相まって正確に判別することは困難を極めるだろう。
お金に関しても問題ない。不安になって尋ねてみたところ、私には星主とかいう称号が与えられているらしく、給料のような感じで自由に使えるお金が支給されるのだとか。そこまで大きな買い物をする予定もないので、銀貨を20枚くらい渡してもらった。銀貨一枚は500円玉より少し重いくらい。巾着的な袋に入れて隠し持っている。
こういう人混みだとスリに遭うかもしれないと思ったから。
「色んなお店があるんだな………とりあえず、あそこに行ってみよう」
満員電車で培った技術で人の間をすり抜け、お目当ての店の前に辿り着く。
「八百屋……なのかな?」
店頭にはいくつもの箱や斜めの台が並べられ、そこに野菜や果物が山積みにされている。
「お嬢ちゃん、何買うんだい?」
考え込んでいるとお店の人が話しかけて来た。それなりに筋肉のある女性だ。焦茶の髪を後ろでまとめている。
「リン………それを、6つ」
目の前に積まれているリンゴによく似た果物を指差していう。名前がわからない。2コで3なんとかと書いてある。
「アポ6個ね、900リンだよ」
「………はい」
リンが何かわからなかったのでとりえあず銀貨を一枚渡した。
「はいよ。ほら、これお釣りな」
「あ、どうも………」
茶色いゴワゴワした紙袋に入ったリンゴ……アポ?を受け取る。お釣りとして銅貨を一枚貰った。
銅貨をしまい、アポを一つ手に取る。ぱっと見完全にリンゴだ。片手で持てるくらいの大きさ。そして真っ赤。
近くの壁にもたれかかり、齧ってみる。
「ん、甘い」
瑞々しくて甘い。常温だからか、日本のよりも甘く感じる。味覚もちょっとは変わってるかな?
「美味しかった……これ、一個思ったより簡単に食べられるな」
しかし、問題が発生してしまった。
「芯どうしよ………種は食べて誤魔化せるけど、芯はそうはいかないし………」
片手にアポ入りの袋、反対の手にアポの芯を持って歩く。ふと目を上げると、道の真ん中に黒い箱が置いてある。
「なんだこれ………ここが開いて………あっ、ゴミ箱か」
助かった。中を除いて丸められた紙が投げ込まれているのを確認し、芯をそっと投げ込む。
「道にゴミ箱設置してあるのは親切だなー………ポイ捨て防止なのかな」
人通りもそれなりに多いから、掃除も大変なんだろうな。見れば見るほど、商店街だな。辺りには色々な店が立ち並んでいる。建物の隙間から向こうを覗くと、同じような通りが見えた。噴水広場から伸びてた道の一つだろう。
「おっ、お菓子屋さんだ。カラフルなロリポップが並んでて可愛い〜こっちは………絵葉書?」
ガラス戸の向こうには、回転式のラックがいくつか見えた。入ってみる。
「へー、色んな種類があるんだ。これは、宮殿か。こっちは、港、かな?あ、これ、ここだ」
港とか、いつか行ってみたいな。いいのが見れた。次はあそこのお店にいこうかな。
リン
お金の単位。円みたいなもん。上の単位としてロンがある。万みたいなもん。更に上もあるが基本使わない。
銅貨が100円、銀貨が千円、金貨が十万くらいの価値。
アポ
そのまんまりんご。化学農薬は開発されていないので農薬不使用。
栄養価が高く安いので育ち盛りに人気。甘さが強く蜜のあるものは貴族も好んで食べる。
基本的に赤。鮮やかで美味しそうに見えるから。夏に雨が多すぎれば青リンゴも出るかも。