終わり
閉じた瞼の向こうが急に明るくなった。
部屋の照明とは違う、視界いっぱいに光源が敷き詰められているかのよう。
目を開く。
そこには、いつもいつでもある筈の天井がなかった。何もない、真っ白の空間。横を見るとベッドの縁が、いや、確かに横たわっていた感触のあったベッドそのものがなくなっていた。
床と天井、あるかわからないが多分ある壁の区別がつかない程の影一つ無い白。
天井は反射も照明もなく、あるのかすらわからない。果てしなく続く空間。
起き上がって、今まで私が横たわっていた床に触れる。体はちゃんと動く。感覚も完璧にある。
柔らかいが硬い、少なくとも木材や金属ではない超圧縮されたマットレスのような。今まで体験したことのない不思議な感触。
「ここ、どこだろう・・・?」
自然と口にしてから気付く。頭の中で考えていたことがそのまま口から出ていた。
「となると、ここは私の頭の中、的な・・・?」
しかし、それにしては何か違和感がある。夢にしては、整いすぎた───
「・・・だとしたら、何でここにいるんだろ・・・」
そう口にすると、目の前に1つのウインドウが現れる。
灰色の半透明のウインドウ。縁取りなどの装飾は一切なく、真ん中にこう書かれていた。
『松木谷玲那さん あなたは死亡しました』
衝撃のカミングアウト。人によっては取り乱したり、絶望したりするような文章を、私は自分でも驚くくらいの冷静さで受け入れていた。
「………ああ………やっぱり。………思ったより、呆気なかったな。………もっと、きついもんかと思ってた」
私は生前、(いや、前世という表現が正しいのか?どっちでもいいけど)1000万人に1人と言われる程の、珍しい病気にかかっていた。小学校低学年の時には、もう若干兆候はあった。9歳の時に検診で引っかかったのをきっかけに、それが先天性の極めて珍しい病気であり、世界で確認されている患者達も、適切な処置を取らなければ大人になる前にほとんどが死亡するという難病であること、今の所根本的な解決には至っておらず、対症療法で誤魔化すしかないことを知らされた。
段々と生活に支障が出るようになり、5年生の半ばに入院が決まった。
運が悪い事に、丁度その頃、母が妊娠し、出産を控えていた。母は当然かかり切り。
一度、入院の時期を遅らせられないか提案した程だった。
しかし結局手続きは予定通りに進行。学校は、行き続けた。
入院してから2週間後、弟が産まれた。我が家はお祭り騒ぎ。
それまでは父が週末等時間のある時に来てくれていたが、回数が減り、時間が減り。会うと常に忙しそうだった。
今思えば、それが転機だったのかもしれない。段々と頻度が下がり、今では月1、ほぼ同じ日に義務的に来るだけになってしまった。母は、一度か二度、来たぐらい。あまり記憶に残っていない。弟は、結局写真で見るだけだった。学校は、中学に上がってからもう行けてない。小学校の友達も、卒業まではそれなりに来てくれたり、みんなで連絡を取り合ったりしていたが、卒業と共に一気に疎遠になってしまった。
人と会う時間、話す時間が減り、いつしかゲームにのめり込むようになっていった。
オープンワールド系RPGや音ゲー、協力型も対戦型も、色々なのを試してみた。
プロフィールでは運動部の高校生を自称してはいたものの、ログイン時間から恐らく一部のフレンドにはリアルを心配されていただろう。そういう話はした事ないし、あっても漏らさないけど。………自意識過剰かな?
「………まあ、いっか。もう、終わった事だしね」
自然と下がっていた視線を上げ、いつもディスプレイに向かってそうしていたように、ウインドウに触る。
ウインドウは粒子になって消え、入れ替わるように新しいウインドウが表示される。
『基準年齢を超えていないため、『転生』を利用できます』
「基準年齢?……それに、転生?」
詳しい説明を求めてウインドウに触れる。
『『転生』は、魂に設定された寿命の使用率が基準値に満たない場合に、その残りを使用して第二の生を送ることができるものです』
「……要するに、小さい内に死んで寿命が余ってるからもう一回生きれる、と。………もうちょっと、詳しい話が欲しいな」
『『転生』を利用すると、第一生の記憶を保持したまま第二の生を開始することができます』
『『転生』を利用しない場合は記憶や寿命等のリフレッシュを行い、新たな生を送ります』
そして、その上に被さるように表示されたもう一枚のウインドウ。
『『転生』を利用しますか?はい/いいえ』
「…選択肢………まあ、折角のチャンス、利用させてもらおうかな」
指は、躊躇いなく『はい』を押して───
『『転生』を稼働します』
一瞬、視界が光る。反射的に目を閉じて、開いた時には新しいウインドウが表示されていた。
大小いくつか、それぞれに文章がある。
『出身を選択王族/貴族/平民/貧民/放浪者ー詳細を表示ー』
『氏名を入力───』
『外見を設定───』
『───』
『───』
「………ゲームのアバター作る時のみたい。……普通こういうのって、神様っぽい人が出てきてするもんだと思ってたんだけど」
『呼んだかね?』
「!?」
バッと後ろを振り返ると、古代ギリシャ人の着ている様な白い服につるぺかの頭、白いたっぷりの髭。優しそうな笑みを浮かべている。一般的なよくある「神様」の姿そのもの。
『ここでの姿は各々が一番慣れている姿になるのだが、今回はお主がこの姿を思い浮かべたから、こうなった』
「へぇ………それで、何をすればいいの?あの……あ、ウインドウ残ってる………」
『第二の生の外見や出身を決める。出身からだの』
「……わかった」
『その前に聞いておく。未練は無いかね?』
その言葉に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「無いよ。………もう」
「………これでいいや」
『最終確認じゃ。本当にそれでいいな?』
「………うん」
『ではな、第二の生、よく生かすのだぞ』
足元から黒い穴が開く。
目線と同じくらいの高さにある神様のつるぺか頭(なぜかそこだけしっかりとした光沢がある)をぼんやりと見ていたため穴の出現にほとんど気づかなかった。
視界の下に黒い空間が映り込むのと同時に、浮遊感。上を見上げると白い穴から神様がこっちを覗いていた。
周りはさっきの空間の黒ver。のっぺりとしている。
圧迫感のない落下。あそことこちらを繋ぐ白い穴が小さくなる。
視界が真っ黒に染まる。意識が段々と遠のいて───