邪な”情報”
「少しは、落ち着いたか?」
「多少はな? だが、怒りは止まらねェ」
そう言うと、ヤイバは、どこからか取りだした缶コーヒーを飲み干していく。
「今は三人がいるから、下手な動きは出来ないぞ。まぁ、俺もだけど......ヤイバ、本当にどうしちまったんだよ」
「琳。お前は『王番』だろう。『王番』は県を統治する者だ。そして、必然的に抑止力となる者でもある」
「ああ、それがどうした?」
「お前は三年間、呑気に牢屋生活を充実させてたそうじゃないか......三年前から、地獄谷 琳という抑止力がなくなってしまったせいで、荒くれ者が土砂崩れのように、入り込んできた」
「そうか......確かに、その三年間は俺の怠慢だな。殺しに掛かられようとも、文句はない。だが、それだけなら、お前でどうにかなったんじゃ......?」
「そこに関しては、お前の言う通りだろう。しかしだ。お前が思っていたより、三年という年月は長かった......琳の代わりにならんとする組織が出来始めてな。その組織に俺の持っている”情報”を全て奪われたんだ」
「なっ......!」
琳は驚きの声を上げるが、次の言葉を紡ぐことはなかった。
「もちろん、そこから、俺の”情報”は組織の独占状態。組織である以上、一人で太刀打ち出来るわけもなく、ただただ、干されていく毎日......」
「それで琳を殺そうとしたってわけだなぁ」
「”情報”程度で人の命が蔑ろにされるって怖いですね」
「おい、”情報”を嘗めるなよ。言葉は一言だけでも、兵器と化し、人がわんさか死ぬんだ」
「大倉、プロに言っちゃいけない言葉を言ったなー。そうだな、もし、俺とお前が戦ってるとしよう。そんで、俺が〔自分には、遠距離攻撃があるから、気をつけろ〕と言ったら、どうする?」
「考えたくもないすけど、そりゃ。琳なんで、スコープ覗かずに警戒しますね」
「そういうことだ。”情報”がデマであれ、本物であれ。どちらにしても、相手の動きを遅らせることが可能なんだよ」
「今度から、そういう手、使おっかな〜」
隷裏荒は不敵な笑みを発した。
「あなたが使ったら、無双しそうっすね」
大倉は身震いしていた。
「はぁ......話していたら、かなり、落ち着いてきたよ」
「それは良かった。そうとなれば、訊きたいことがある」
「なんだ?」
「その組織って言うのは?」
「『ボトル社』っていう、超強い組織だよ」
ヤイバは缶の中にあるコーヒーを一口含んだ。
「......ここでも、『ボトル社』か!」
琳の表情は微かに怒りを帯びている。
それもそのはずだ。
既に『ボトル社』は琳の家族である”鈴木 アトランティス”失踪に関与している。
そこから、追加で優秀な情報屋ヤイバを潰しにかかったときた、琳の許容量を越えていたのだ。
「その感じだと、あとは説明しなくて良さそうだな」
「”鈴木”奪還だけで許してやろうと思ったが......『ボトル社』。お前らは、俺と戦う運命にあるらしい」
琳は静かだが、それでいて、死を感じるような圧を放っていた。
「場所は買うかい? 今なら、お安くしとくよ。その組織には、俺の"情報"を取ったゲスがいるからな」
ヤイバも般若が如く、異質なオーラを発する。
「買いだ。その代わり、一週間後の二三日に集合するぞ......!!! そこで......攻め落とす!!! あ、これで払える?」
琳は、田部から奪ったスマホの電子決済アプリを開いた。
(うわ〜、あれ。タブちゃんから、奪ったやつじゃん。お金を浮かせようとしてるわね)
隷裏荒は、琳のあくどさに心底、呆れる。
「払えるとも、情報屋も最先端を追う者こそ、プロだからな。それにしても、琳が動き出すとなれば、他の情報屋たちも嬉しがるだろう、まいど」
琳はよく分からない紙を開いて、見ていた。
「『ボトル社』の居場所は分かった。さて、この一週間、なにをするかなー......」
「客に粗相したからな、オマケで”情報”を、もひとつ」
ヤイバが箱から、タバコを一本取り出すと、ジッポでタバコに火を付ける。
辺りに煙を漂わせながら、懐にあった地図を琳に渡した。
「なんだ、これは......場所? 『ボトル社』の場所はさっきくれただろ」
「いや、『ボトル社』じゃない。その傘下だ。しかも、『ボトル社』の構成員の多くは、ここから、輩出してるらしい」
「ふーん、傘下......ね。潰しておくのも悪くないか」
「え〜、この前戦ったばかりじゃないですか〜!」
大倉はダルそうに壁に寄りかかっていた。
「お前は二発、弾丸撃っただけだろうが」
「結構、集中力使うんですよ? これでも」
「そうかい、そうかい。疲れたんだねー。じゃあ、ゆっくり休みなよ?」
それなのにも関わらず、琳はあっさりと受け流す。
「なんですか......! その煽りを含めた言い方!」
「煽ってるんだから、当たり前だろ」
「くっ!」
大倉は狙撃銃を琳に向ける。
「大倉! 機嫌悪くなったら、すぐ、狙撃しようとするのやめような......!?」
(牢屋に入っていた時は、琳の生気がないと聞いていたが、元気になったようだな。この三人の影響......か?)
ヤイバは、ふと思うと、その者たちに近づいていった。
「ヤイバさん......でしたっけ? なんか用ですか?」
「いや、君たちは琳と違って、新規だからね。名刺でも渡そうかと」
ヤイバは懐から、名刺を三枚取り出すと、大倉・有賀原・隷裏荒の三人に一枚ずつ渡した。
名刺には、『情報屋 邪 ヤイバ』と書かれてある。
「他の情報屋に話を訊きたい時は、これを渡してみるといい。多分、了承してくれる」
「まじか!!!」
有賀原は単調に驚いた。
「まじだ」
「ヤイバ......ヤイちゃんで良いわね」
「ヤ、ヤイちゃん......? そういや、君は、琳の娘さんだったか? 一度聞いたことがある」
「そうよ。私、隷裏荒って言うの。これからもよろしくね、ヤイちゃん!」
「琳に育てられて、こんなにも、礼儀正しい子になるなんて......世の中分からないものだね」
「おい。それ、どういう意味だ」
琳はヤイバを半目で睨んだ。
「そのまんまの意味に決まってるだろう? バカが」
「バカだー? 知ってるか? バカって言った方が、カバなんだぜ」
「なんでカバなんだよ」
「......まー、そういうことだ」
思考を放置した挙句、ヤイバの肩に手を置く。
(この感じ......自分がなに言ってるのかさえ、分かってないな)
ヤイバは呆れていた。
「琳、すまないが、俺は『ボトル社』の件に関わらない。情報屋は常に私情を挟まないでおくべきだ」
「えー......さっき、恨みの相手がいるとかなんかで、お安くしてませんでしたっけー?」
「それはそれ。これはこれだ」
「分かった。お前が言い出すほどには、『ボトル社』は厄介なのかもな。ただ、もうひとつお願いを聞いてほしい」
「"情報"か?」
「いや......」
琳はヤイバの耳元でなにか、話し始めた。
「了解。用意しておくよ。そういえば、この後、大雨が降るって聞いたんだ。早めに帰った方がいい。お気に入りの服を汚したくなければね」
「えっ、まじで!? じゃ、早めに帰るとするわー」
「お邪魔したわね、ヤイちゃん」
「お邪魔しますたぁ!」
「ヤイバさん、あなたは、ずっと真面目でいて下さいね!」
「はいはい」
ヤイバは、急いで帰る四人に手を振った。
------そうして、四人は情報屋を後にした。
「ふゥ......先に四人を逃がして良かった......」
独り言を口にしていると、店の前から、複数の足音が聞こえてきた。
足音が近づく度に、ヤイバの手が震える。
複数の足音が止まった。
それでも、ヤイバは、恐怖の渦に呑み込まれたままだ。
「邪 ヤイバ。いつも通り来たぞ。お前の”情報”......今日も期待している」
いたのは......田部と缶先を始末し、返り血が付いている大鷲と、その部下二人であった。
「......今回は取っておきの”情報”があるぜ。大鷲さんよ......!」
(すまねェ、琳。でも、客に対して公平に。そして、真摯に、寄り添うのが、情報屋なんだ)
大鷲の一つ一つの所作に警戒し、ヤイバは額を汗を伝わせた。
「ほう? 貴様からそのようなことを耳にするとはな。じゃあ、その”情報”を頂こうか」
「先日、田部を倒した地獄谷 琳が......一週間後、お前らの組織に攻めにくる......!」
「ほう? 中々、面白そうじゃないか......!」
大鷲は、はちきれんばかりにニタァっと不敵な笑みを零す。




