朱い吐き溜め
「ぷっ......! 無理だね。ほら、あの二人。お前に指名されて、あんぐりとしてる」
缶先は堪えきれない笑いを隠さなかった。
「ちょっ、琳! お前、肩慣らしに戦いたかったんじゃねぇのかよ!」
「少し、趣向を変えようと思ってな。お前らの実力を測りたい」
琳は離れた場所で二人を見た。
((サボりたいだけだろ......!!!))
「んで、誰かな。あの二人」
缶先は田部に訊く。
「鎖鎌を使う有賀原と狙撃の大倉だ。危険度が高いらしく、懸賞金も掛けられてる。ま、お前なら、余裕だろう」
「ま、いいや。この雑魚共を処理したら、その時はお前だ」
缶先は不敵な笑みを浮かべ、琳を睨んだ。
「へいへい。こいつらは、煮るなり焼くなり好きにしろ」
「それは俺たちが言う言葉っすよ!?」
大倉は裏返った声で叫んだ。
「......あ、忘れてたわ、ほい」
琳はポケットに手を突っ込み、ガサゴソと何か取り出し、それを有賀原へぶん投げる。
有賀原は反射で受け取った。
投げられた物は、襲った際にぶち壊れた鎖鎌の鎌部分であった。
「この可哀想な鎌ちゃんで戦えってことか......? ......よし、あいつは絶対に許さねぇ」
有賀原は覚悟を決める。
そんなことは見ず知らず、琳は先より離れた位置に移動していた。
「加勢と人質はいるか?」
田部はフードコートでくつろいでいる隷裏荒を見て、言う。
「要らないね、邪魔になるだけだ」
血を求めているかのように、構える缶先のナイフの刃先が光った。
「やるしかねぇか!」
「だな」
(缶先 朱溜......戦闘能力がめちゃめちゃに高い。今のあいつらに勝てるかどうか......見させてもらうぜ。だが、いざとなったら......)
琳は冷静に状況を見つめていた。
「鎖鎌使いと聞いたが、玩具の鎌じゃないか。そんなので私が倒せるとでも?」
有賀原に超高速の刺突を繰り出す。
(予想よりも速......! 受けるしかねぇ!)
有賀原は、それを鎌で弾くが、衝撃で後ろに下がってしまう。
「スナイパーが、前に出てきちゃダメだろうが。二人揃って、ままごとをしてる!」
今度は大倉に、大振りな前蹴りを放つ。
(重っ!!!)
反応し、有賀原は両腕をクロスして、防いだ。
「スナイパーがなんだって?」
その隙に大倉は銃口を覗かせ、引き金を引いた。
「チッ......!」
弾丸は缶先の頬を掠める。
(面倒だ。だが、こういう奴らこそ、ブレたら、一段と弱くなる......格好の獲物だね)
「......見た感じ、お前ら。金がないんだろう?」
「それがどうしたってんだ。くれるのか?」
有賀原が鎌を向ける。
「んなわけがない。不思議に思っただけさ。二人とも懸賞金が掛けられてるというのに、なんで、一緒にいるんだろうってね」
「その口ぶりだと......ん、何が言いてぇんだ! こんちくしょうめ!」
有賀原は理解していなかった。
「お前らさ、金に困っているならよ。懸賞金の掛けられた仲間なんか、殺っちまえばいいのに......!」
缶先は舌なめずりをした。
「あ゛ぁ? それは言っちゃあ、お終めぇだ!!!」
有賀原は怒りを顕にすると、商品棚から大きめの常温水のペットボトルを取り、缶先へ投げる。
(やっぱり、ノってきたか......! これが罠だと知らずにね! 間合いに入ってきたら、この拳銃で......!!!)
その拳銃は、ポケットの中に隠されていた。
缶先は、一瞬でペットボトルを切り裂くと、拳銃に手を触れる。
(水でよく見えないな。斬るんじゃなかったか。まあ、ここら辺だろ)
と拳銃をポケットから出し、真正面に構えた。
(お、ビンゴ......!!!)
人影を視認したのだ。
喜びのままに弾丸を発射すると、追い討ちと言わんばかりに人影へ斬撃を与えた。
(ッ! 何故だ!)
撃った・斬ったという感触がまるでない。
空を斬ったかのように。
「こっちだぜ、ベイヴェー!」
缶先は驚いて横を見る。
すると、死んでいるはずの有賀原がいた。
(銃弾が発射される瞬間にジャンプ。そんで、缶先の死角を取ったか......上手い立ち回りだな。あとで、あいつらと肩慣らししよっと)
琳は微かに笑みを零す。
(なんか背中がゾワッとしたけど、気のせいか)
大倉が気を伺う。
近接戦においては、拳銃よりもナイフの速度の方が速いとされる。
それを理解しているのか、有賀原は距離を詰め、銃に蹴りを入れようとする。
「調子に乗らない方がいい。私の手札はまだ、尽きちゃいないさ」
缶先は背後にいる部下から銃を奪うと、有賀原へ銃口を向ける。
「ずっと支えてくれた相棒を殺すようなお前には、分からんだろうけどな、仲間ってのは大事だぜ」
有賀原は諦めたのか、抵抗しなかった。
缶先が引き金を引こうとした、その時。
「待ってました! この時を!」
大倉が狙撃する。
その標的は、缶先の銃であった。
銃は吹き飛ばされ、缶先の手ががら空きになる。
急いで、缶先が片方の拳銃で発砲する。
「なっ!!!」
しかし、それが缶先、最大の隙を生む。
有賀原が懐に潜り込んでいたのだ。
鎌を薙ぐと、缶先は上半身を袈裟斬りにされる。
「クソっ......!」
缶先はナイフで抵抗するが、それもやむなく、有賀原によって、顔面に拳を振るわれた。
「カフアァッ!」
ダメージで缶先の意識は消え、地面に倒れ伏せる。
(私が......相棒を手にかけた時点で、この者どもに負けていたのだな......)
そこには、赤い液体と静寂だけが残された。
『死事人』缶先朱溜 撃破!!!
「あの缶先が......!」
「どうよ、うちの子は?」
琳は自慢気に言った。
「お前の子になったつもりは毛頭ねぇ」
「流石にそんなこと言われたら、俺でも撃ちますよ」
「なに? 俺の褒めは罵倒と同じ部類なのか?」
琳の意識が二人に向く。
その時、カチャッと、嫌な音が聞こえた。
「この女が殺されたくなきゃ、手を上げろ!!!」
田部の部下が大声でそう叫んだ。
隷裏荒の頭部には、銃口。
「あれっ、私......寝てた? 眠い......」
隷裏荒は寝ていたところを襲われたようだ。
(あのデカブツを倒して油断してしまった!)
大倉の頬に汗が伝う。
「マジか。隷裏荒は戦闘タイプじゃないんだけどー」
「呑気に言ってる場合かよ!!! それよりも、琳の速度でどうにかならないのか!!!」
「無理だな。あの部下はよく躾られてる。指一本でも動いた瞬間に撃つだろう」
絶望的な状況を気楽に言った。
「じゃあ、どうすりゃ!」
「初めからこうすれば良かったんだな。いや〜これでようやく、お前に復讐ができるってもんさ」
田部は琳の首にドスを構える。
「ひえー、殺されるー」
琳は大根芝居の中、二人にあるものを渡していた。
「なんだこれ......マスク......?」
「付けろってことかな?」
二人は訳が分からないまま、紫色のマスクを付けた。
「もう、飽きてきたんだけど」
隷裏荒は荒々しい態度を取る。
「うるせえ! もう一度、口を開きでもしたら......」
部下は、銃を隷裏荒のこめかみに押し付けた。
「あ〜あ、終わったな」
琳は何かを悟ったように、その場であぐらをかいた。
「よし、それでいいん......」
部下は言葉を吐き出そうとしたが、それより速く。
隷裏荒が相手の肩に錐を突き刺した。
「ガアッッ!!」
「私......物事を強要してくる輩って嫌いなのよね〜」
隷裏荒は錐を引き抜くと、田部たちの方へ駆け寄る。
「なっ! こっちに来たぞ! 私を守れ!」
体格の良い三人の護衛が田部を守るようにして、立ちはだかる。
「じゃあね」
しかし、いとも簡単に刺突で護衛は倒される。
「めちゃくちゃ強いじゃないっすか!」
「いや、強いのは、隷裏荒自身じゃない」
「いや、それは無理があるだろ。見たところ、あの錐も特殊ではなさそうだしよ」
有賀原はツッコミを入れた。
「こんなことも気づけないなんて......まだまだだな。静かーに見てろ。いずれ分かる」
田部たちは頼れるものが自分しかいないと理解し、引き金に人差し指を添えた。
「まだ、二〇人いる!!! こんな女に翻弄される私たちでは......あえっ?」
田部は急に倒れ込んだ。
二〇いる部下は田部が倒れたのを見て、驚愕する。
(ん、なんだ? この臭い......ちょっとツンってするな......まさか!)
大倉は、あることを閃く。
「気づいたか。そう。あいつ、隷裏荒は”毒使い”だ」
「あ、それでマスクか!」
有賀原はようやく、気づいたようだ。
「そのマスクは武器屋に頼んで、特殊加工してる。外したら、神経が侵されて死ぬぞー」
「神経毒......?」
「うーん、神経だけだったか......? そこら辺は詳しくないから知らないけど、たしか。フグ、蛇、クラゲ、キノコ、ウイルス......」
そう言いながら、店員にもマスクを付けさせていた。
「もういいっす」
大倉は毒の多さに恐怖を覚えた。
「ありがとうございます」
店員は感謝の声を上げる。
「もちろん、あの錐にも仕掛けがあるぞー!!! 今、撒かれてる毒ガスと違って、濃度が高いものだからな。あれを打ち込まれた時は痛かったー!」
琳は自身の右胸をさすった。
「打ち......って、え?」
「前に一度、喧嘩してな。それで打たれた」
「流石、化け物」
有賀原がボソッと言う。
「聞こえてるぞ? 有賀原」
「地獄耳なの忘れてたぜ......!」
有賀原は当然の如く、琳に殴られた。
「隷裏荒ー、殺すなよ。色々と聞きたいことがあるんだ!」
「それ、本気で言ってんの!? 武器の方は調節してないから、ぶっ刺した奴は死んでると思うけど」
「もう手遅れだった......」
「最悪、田部さえ残ってりゃいい。まぁ、本当は他の野郎もいてくれた方がいいがな」
隷裏荒の毒ガスと錐の攻撃によって、元『カンビン商事』は壊滅した。
「なんだ、この......地獄絵図は」
明らかに普通じゃない人たちが泡を吹き、血を吐き、うずくまり、少女に倒れ伏せていた。
「おい、田部ー、起きてっか」
「あう?」
その反応は、まるで赤ん坊のようだった。
「ダーメだ、毒に侵られてやがる」
「これは長期戦になりそうっすね」
「戦いが終わった後に言う言葉じゃねぇ......」
ちなみに、前回。
缶先が三十路の琳のことを『おっさん』呼びしてましたが、缶先も缶先で二九歳なので、三十路ギリギリです。




