盗賊ギルド
『スナクサリの牙』首領のハザンは、司法所を脱出するやいなや、後ろを振り返ることなく、盗賊ギルドへ一身へひた走った。
ハザンが司法所で間抜けな兵士を人質にして脱出できたまではよかった。
このまま一旦盗賊ギルドまで逃げ切れば、都市の奴らは近づいてこない。
だが、あの目。隣の部屋から見ていたやつの目が気に食わない。
大柄な体格だけでも圧を感じさせるのに目が合ったときに体が勝手に萎縮してしまった。
名うての冒険者だろう。様子を見るに、どうも今回のターゲットの関係者らしい。
さて、部下は全員捕まった様子だし、自分で脱出も出来ない馬鹿な奴らは切り捨てて何処か他所のギルドで成り上がるか、一旦一人で身軽に動いて贅沢してもいいな。
それにあいつ等、一瞬でスサクサリの牙を全員倒したあいつと、大柄男。
奴らに必ず復讐してやる。
ハザンは明るい将来計画を考えながら、盗賊ギルドのある地下通路を進み、とりあえず今日の話を雇い主に報告すべく、盗賊ギルドの受付カウンターへ向かった。
盗賊ギルドは看板を掲げていない。
万が一に捜索が来たらただの飯屋ですよと言い張るためだ。それでも、普通のギルド同様にクエストとして仲介している。
全員やられたならともかく、報告すらしないとなると、受注したヤツが裏切ったと思われるし、それを依頼主が調べるのさえ手間暇がかかる。
例え失敗しても、当面は受注者が暗殺クエストの対象にされないという安全と引き換えに、盗賊ギルドは報告を求めるのだった。
「おや、ハザンさん。クエスト報告ですか」
ウェイター姿をした無表情の男がハザンに聞いた。無表情の男は明らかに街の酒場にいるのとは異なるいかめしい面構えだった。
「すまない、失敗の方だ。手続きしてくれ。後、何か飲むものを頼む」
ハザンはずっと走ってきてかすれていた声で伝えた。
「ぬる湯で割った火酒はどうだ?炎国産のやつは独特の風味があるが、話をするには丁度いいだろう。一杯おごってやる」
ハザンがそう言われて横を見ると、バンニングがグラスを押しやってきていた。
「き、貴様!俺の組織をよくも……」
「まぁ落ち着いてくださいハザンさん。そのお酒は少し前に私が入れたもので毒はありません。それにギルド内での戦闘はご法度です」
無表情の男は感情のこもってない口ぶりだ。
「だ、だがなぜ軍人がこんなところにいる!おかしいだろ」
確かに盗賊ギルドは非合法だ。分かっているというふうにバンニングは首からタグを取り出す。
冒険者ギルドのと似たようなタグだが、革製で一見してもわからない盗賊ギルドのタグだった。打ち付けた穴で暗号が書かれている。
「ほれ、一応俺も盗賊ギルドの登録はあるぞ。今はその範囲で活動してる。だから、ギルドの掟は守るさ」
冒険者時代のバンニングは仲間の装備が盗賊に盗まれた。取り返すために、仲間に黙って暗躍した際、流れで登録したものだ。
「ちなみにバンニングさんはS級冒険者でもありますので一斉に襲っても勝てないでしょう」
ハザンが無表情の男に言われ、周りを見まわしても顔を上げるものはおらず、一緒に戦ってはくれなそうだ。
自分より後に司法所を出たが、先に盗賊ギルドに着いて余裕をかましていたバンニングの速さに観念したハザンはバンニングからのグラスを受け取り、一息に飲み切った。
「何が望みだ」
「依頼主の名前」
「ギルドまで来てるんだ。そっちに聞けばいいだろう」
「回答できません」
無表情の男は割って入る。
「ほらな。それに、犯人に聞いた方が詳しいだろ」
「断ったら?」
「断らないさ。俺はここで酒を飲んでいるだけ、お前は盗賊ギルドに失敗の報告をするだけ。狼狽えていたお前はまさか追っ手がいるなんて思わないから、報告したらさっさと逃亡するだけだ」
この感じでは、
「俺を捕まえないのか?」
「言ったろ盗賊ギルドの一員として来ていると。それに、あの司法所に引き渡したところで俺たちがいなくなった後に、お前さんが逃げ出して終わりだろ」
「…………俺は任務報告をする。」
その後、バンニングに何とか聞こえる程度の声でハザンは無表情の男に報告を行った。
「裏央今は字を李王と変えている」
ハザンの報告時に出てきた名前。
それを聞いたバンニングは自分のグラスの残りを飲み切って音もなく立ち去った。
数年後、再起を図っていたハザンは構成員共々薄暗いアジトを襲撃され、二度と酒が口をしめらすことはなかった。
「ケジメはつけねぇとな」




