渡河作戦
朝は定刻通りに出発した。
午前中は問題なく進んだが、段々と、サハギンの鳴き声が聞こえてくるようになった。
平地を走行中だが、森林を進む時のように、何かが飛び掛かってきそうな気配が感じられた。
「怖がってたって、川までは何も出ませんよ。」
キャビンの緊張を察してデバンは茶化す。
「怖くなんかないわ!トラックの中にいるし、いざとなったらアクセル全開でサハギンの群れなんか吹っ飛ばすんだから」
キャビンはつい向きになってしまう。
「車が傷つくと始末書ですよ」
「防護膜を張っとけば大丈夫よ」
「また無理やりな魔力の使い方をしようとする」
デバンが呆れるように言うので、キャビンはにやっと笑う。
「そんぐらいじゃ疲れないわよ」
「そうではなく…失礼。川が見えてきました」
「……いよいよね」
キャビンの運転席からは川岸をサハギンがうようよしているのが見えた。
陸地にいるのは少数だったがやはり川を覗き込む緑色の物が見えた。
川にはドレージに繋がる橋は数本あるが、唯一の鉄橋以外は崩落している。
「川の中にはサハギンの頭が見えますね。緑色のゴツゴツした岩みたいなやつです」
「見えた。思ったより少ないわね。移動したのかな」
「おそらく。橋は無事ですし、このくらいなら強行渡河しても、打ち倒せるかと思います。流石に鉄橋は奴らの素手程度では砕けませんね」
「小さい木橋は壊れてるわ。デバン副隊長、荷物積替え、トラックの中のバイクは全部降ろして糧食積んだら空樽に水汲んでトラックだけで渡河するわ。他はこっからドレージまでの補給路を作って」
「了解しました。森の中に防御陣地の準備と荷物を置きます。空いた馬車はバンプールに引き返して、追加物資を持ってこさせます。以後は防御陣地とバンプールで補給路を形成します」
「よろしく、それと防御陣地の責任者はデバン。追加補給はバンニングね」
「隊長、ドレージへはお一人で行くのですか?」
「パッドを連れてくわ」
パッドは1班の班員で、小柄でおどおどしているが魔法に詳しい。特筆すべきは彼の衝撃吸収魔法だ。崖から落下した馬車を無傷で受け止めたこともある。
ついでに副隊長の補佐もしている。心配症で、次にどこへ行くか突然知らされるより、早めに分かって安心出来るというのが理由らしい。
勿論ドレージのデータも頭に入っているはずだというのがあっての人選だった。
「あまり、怖い事はしないであげてくださいね」
デバンが心底同情したようにキャビンに頼んだ。
「分かってる。後はお願いね」
キャビンはパッドを呼びに行くため運転席を降りた。
「パッド!パッド隊員いる?」
「はぃいい。隊長こちらにおりますぅ」
「パッド、助手席乗って。緩衝魔法いつでもいけるように、準備。荷物載せ替えたら出発。目的地はドレージの市壁門」
「え、え?隊長どういうことですぅ?」
「説明は道すがら説明するから、ほら準備して。私は荷造り見てくるから」
「わかりましたー」
諦めるような声を出してパッドは助手席に座り、呪符を書き始めた。
キャビンは、荷造りの点検が終わると、運転席に乗って不安そうなパッドに声をかけた。
「こっちは準備できた。パッドの呪符は?」
「強度あって時間短いのが1枚と、強度はそこそこで30分くらい持つやつが1枚出来てます」
「充分。じゃ、出発するわよ」
キャビンは車をドレージへ向けて走らせながら心配症のパッドに説明した。
それを聞いたパッドは安心したようで、頑張りますと呟いた。
「そろそろドレージの前の橋よ。突っ切るから橋の付け根に到達したら強いやつを使ってちょうだい」
「わかりましたぁ」
更に速度をあげて鉄橋の入口に突入する。
サハギンがトラックの爆音に気づき、川の中から鉄橋に飛び上がって来たやつもいた。
「行くわよ、3、2、1、…今」
「は、発動します」
パッドが呪符をなぞりながら魔力を込めると光が溢れ出して、トラックの外装にまとわりつき、淡く赤い光を放ち始めた。
トラックはそのまま高速で橋を進むと、橋の半ばに集まっていたサハギンはほとんどが川へ飛べ降りた。
勇気なのか無謀なのか、残ったサハギン達は木片を投げてきたが淡い光が強く光ると木片はトラックの外装に当たらず柔らかく跳ね返っていった。
木片を投げていたサハギン達も流石に、トラックに当たるのは避けたのか道の端に避ける。
「そうそう、危ないから端っこ行きなさい! 何で木片があるのよ!」
「隊長、馬車の残骸です。報告書にありました」
「そうだったわ!よけて通れるって話だったから頭から抜いてたわ。大丈夫よ!」
報告書を読んでいるのは流石だったが褒める余裕はない。
キャビンはそう自信満々に、数台の打ち壊された馬車を右に左によけようと体を思い切り動かしながらハンドルを回していた。
馬車をよけ切ったあと、またパッドが悲鳴をあげた。
「た、隊長。まだ道の真ん中に立っているサハギンがいます。このままじゃ当たります!」
「どかないなら跳ね飛ばす!」
「え、えぇぇ?!ちょ、た、た隊長ー」
キャビンは橋の真ん中に立っているサハギンにそのまま突っ込み、サハギンはかなりの勢いで吹っ飛んでいった。トラックにはぶつかった衝撃もほとんどなかった。
「あ、あれ?引く気で行ったのに飛んでったわ?」
「緩衝魔法は相手にも効果あるんですよぉ。勢いあったので吹っ飛びましたけど、無傷ですねぇ」
「そうなの? 知らなかった。まぁ、トラックの外装守れればそれでいいわ。それよりパッドは分かってたのにあんなに叫び声あげてたわけ?」
「怖いもんは怖いんです。しかもこんな使い方するとは思わないですぅ」
パッドは必死に声を絞り出して答える。
「そうかしら? それより、他にサハギンは来てない?」
「見た所、川ん中からこっち見てくるやつはいますが飛びかかってくるやつはいないです。流石にトラックには追いつけないみたいですねぇ」
「それならこのままドレージまで行くから、しばらく休憩してて」
「ありがとうございます。もう喉からからで」
パッドは緩んだ声でそう言って色鮮やかな、赤い水筒を取り出した。
キャビンは水筒を横目に見て尋ねた。
「それ、最新の魔法の水筒じゃない。ずっと温度変わらないって噂の!どういう原理なの?」
パッドは飲むのをやめて嬉しそうに答えた。
「中の二重構造で真空を作っています。物理的な技術なので魔力の充填がいらないのが便利です。それでも開閉したら温度変わるので、永遠ってわけじゃないんですけど1日は保つんです。それまでに飲んじゃうので朝淹れても夜まで冷たいですよ」
「魔法を使わないでそんな事が出来るものなのね。もっと他にも使えたりしないかしら?」
「試験的にはあるようですけど、難しいですねぇ。まだまだ研究の余地はあります…例えば」
そんな感じで、パッドが真空やその応用の話をしていると、数百メートルは恐れずにドレージの市壁前に着くことができたのだった。




