やっぱりやめよう
数日後、グロッタ伯の部屋にてキャビン達は豪華な椅子に腰掛けるグロッタ伯に詰め寄っていた。
「そろそろ、任務の話を聞かせて欲しいんだけど……」
キャビンが机を叩くとグロッタ伯は怯えながら答えた。
「っ……サハギン討伐の式典が終わったらと言う話ではなかったかな?」
「元々王宮内でやるからって待ってたのよ。数日以内にね。それなら待つかと思ったけど、王都バンプールから港街ドレージまで、その周辺も巻き込んで大々的な祭りを来月やるって、そんなに待てるわけ無いでしょ!暇じゃないのよ」
キャビンが詰め寄ってもグロッタ伯は涼しい顔だ、交渉事が得意というのは前評判通りか。
「サハギン肉の消費はそうでもして外国の観光客にも食ってもらわないと倉庫が回らんのだと陳情があった。それに、復興するにも目に見えたイベントでないと民衆の心も晴れまい。その間、隊員はバカンスかはたまた、イベントの手伝いはどうだ?人手はいくらでも欲しい」
あくまで使ってやろうという上から目線の姿勢は気に食わない。
「ウチは軍の輸送隊よ、雑用じゃないっての。伯爵がお忙しいとしても平行して仕事振って。そうじゃなければキャンセル扱いにするから」
別に食い詰めた流れ者でもないので、キャビンはちらりとデバンの顔を見ながらそう伝えた、
「そ、それは困る。わかった、わかったから」
「ならいいわ。依頼内容は『ロコロ湖に建てる伯爵の別邸兼美術館への美術品の移送』だったわね。建物完成までは暫く時間がかかるから先に建てる倉庫に届けるって話じゃなかったかしら?」
念を押しながら、キャビンは慎重に確認する。
「そうだ。未だに魔物はびこるロコロ湖への恐ろしい道!たどり着いた新天地で待つ、天上の美品の数々!娯楽に飢えた暇な貴族や金持ち商人共を引き付ける目玉だ!ただ……式典で宣伝したかったのだがな……」
「先に出来てれば、その分沢山お客さん呼べるんだからそれでいいじゃない!」
まだ何か言うつもり!とキャビンは視線だけで訴えかける。
「わ、わかった。宣伝方法を再検討するから、すぐ頼むから」
やっぱりやめようかと言い出しかねないキャビンに、言わせないようグロッタ伯は慌てて止める。
「魔物は、神狼団にお任せしてよろしいですね」
デバンがずいと出てきて、話を詰め始める。
グロッタ伯爵は唖然としたが慌てて取り繕うように答える。
「そ、そうだな、前回は不覚を取ったが我が神狼団は道路沿いの魔物の討伐を行おうではないか!」
「なら、期待して待っています。3日後の朝に万端で出発しますので、配送する美術品はまとめて置いて下さい」
ジト目でグロッタを見やりながらキャビンは事務的に伝えた。
「わ、わかった3日後だな、確かに準備しておく」
キャビンはグロッタ伯爵と握手して、退室した。
グロッタ伯の手が震えていたのは何だったろうかと気になりながら、隊舎へ帰った。
翌日、護衛2班のジュウヨクが、キャビンの隊長室にやってきた。
「失礼致します。ジュウヨク、冒険者ギルドからの視察に戻りましたので、報告致します」
キャビンは事務仕事を止めて、ジュウヨクを労った。
「お疲れ様、悪いわねジュウヨク班長をこんな事に使っちゃって」
「いえ。私自身で名乗り上げたのですから、お気になさらず。古馴染みとの旧交を温める事も出来ましたので。さて、結論ですが、やはり隊長の慧眼通り、王都〜ロコロ湖の間での魔物討伐依頼は大幅に増加しておりました。具体的には見境なし……と言って差し支えないかと」
「やっぱりねー。どうせ、神狼団の坊っちゃん方は式典の衣装合わせとかで忙しいんでしよ。討伐してる暇なんかないわよ。あてがあるとしたらエイテルみたいな実力合わせの冒険者上がりくらい」
「それでも数が足りないと踏んで冒険者ギルドに依頼すると。道理ですな。更に、旧友によると、建設組合も活況な様子で、ロコロ湖での長期依頼はまだまだ募集しておるようです。こちらの方が早く募集していたようですが、何分遠方の危険地帯なので。建設は伯爵の名前で依頼がかかっておりました」
「建つ物が建ってなきゃ運び先がないじゃない。他には何かある?」
「いえ、私が聞いたところではこれくらいかと」
「ありがとうジュウヨク班長。道中は戦闘が予想されるので、相応の準備を護衛班3班全員に伝達回しておいて」
「了解しました。では失礼致します」
ジュウヨクは丁寧にゆっくりドアを閉めて退室していった。
「あーもー。やだー、弾代はかかるし、隊員の怪我のリスクも増えるし、追加で手当って請求していいものなの?」
端の自席で朝のティータイム中のデバンに尋ねる。
「デバン?」
新聞で顔が見えないので、大声で問いかけた。
「え?あぁ、すみません。聞いてませんでした。どうも、朝の1杯を飲まないと冴えなくて。隊長もいかがです?」
「いただくわ、今日は何を飲んでいるの?」
「ガンキョウ産のコーヒーです。馥郁で奥深い苦みがあります」
「苦みはいらないわ、砂糖入りのカフェオレがいい」
「では、そちらでご用意します」
デバンが恭しくコーヒーカップにカフェオレを入れていたところにパッドのか細い声が響いた。
「キャビン隊長、失礼しますぅ。お客さんがいらっしゃいました」
「おい、お前さんかい?グロッタ伯爵の美術品を運ぶせっかちな輸送業者は?」
最近流行りだした白ワイシャツをヨレヨレに着た、ズボンもヨレヨレの黒髪中年が、ドアを開けると間髪入れずに大声で怒鳴った。
キャビンは睨みながら尋ねる。
「あなたはどなたかしら? 無礼な事をしてる自覚がなさそうだけど、異国ではそういう挨拶をするのかしら?」
キャビンの睨むのにも引かず、むしろ薄ら笑いで流すように男は返した。
「俺は……レイとでも呼べ。グロッタ伯爵から今回の輸送の監督を任された。美術品に関しては依頼主の代理だと思ってもらって構わない」
「そう、レイ。よろしく。私は王国軍輸送隊のキャビンと言います。民間の業者ではありません。今回は王国の都市開発の一環でグロッタ伯に協力しているだけです」
「そうツンケンしなさんな。俺は、王命だか何だか知らんが、監督を任された以上は美術品を粗雑に扱うやつには運ばせられんと、言いに来ただけだ」
レイは先程の剣幕から打って変わって、冷静に話し始めた。
「粗雑って、きちんと手順は出したでしょ? 王立美術館にも見てもらって、問題ないって話だったわよ?」
キャビンはレイが実績を作りたくてイチャモンをつけに来たのかと、イライラしながら聞いた。
「俺は魔法はわからんから聞いてから来たが梱包は問題ない。道がガタガタでも緩衝魔法とやらで一切衝撃が加わらないんだってな。だが湿度を考慮する話は一切出なかった。湖の倉庫に置いておくのは保存にしては湿度が高過ぎる。カビさせたいのか?」
「温度や湿度は保存魔法があれば問題ないわ」
「それも聞いたが保存魔法とやらは、倉庫全体にかけると聞いた。だが、倉庫はまだできていない。それに、使える魔法使いも足りていないらしいな」
「そんなのわかってるわよ。だから、倉庫から作るしかないじゃない」
レイが驚いた顔をして、キャビンを見つめる
「おいおい、相当の資材の運搬が必要だろ」
「わかってるわよ、倉庫の建築と、保存魔法の分もグロッタ伯に請求するつもりで打合せしてたとこよ」
「……俺は、グロッタ伯爵に言われて、時間をもらうよう説得に来たつもりだったんだがな。……美術品の事を考えて計画しているなら、何も言うことはない」
レイの真摯な言葉にキャビンは感心した。
「こっちにはこっちの都合があんのよ。それより、あなた今回の件の代理人なのよね?……追加輸送費やら人員調整の交渉権もあるとみなしていいわね?」
レイは面倒になったと顔を歪ませる。
「金の話は一存では決められんな。都度伯爵に確認する必要がある」
キャビンはにやりと笑う。
「そっちじゃないわ、レイ。あなたも輸送隊の仮隊員として、全般協力して」
レイは、厄介なストレスで、持病の腰痛の再発を感じると腰を叩いた。
(こんな仕事、やっぱりやめたいぜ)




