急発進
「隊長!少しは説明しろ!てか護衛班は皆トラックの中じゃ、戦えねぇ」
第一護衛班長のセメテはトラックの荷台からキャビンに叫んでいる。
「だーかーら! 先行してるのがロコロ湖にいるから助けに行くの!」
「だーかーら! 相手の状態とか俺等のルートとかあるだろ?」
「相手の状態なんか知らないわよ!うちで倒せれば倒すし、だめなら救助逃走! ルートは川上爆走!」
「だからルート!わかんねぇですって!」
今キャビンのトラックは輸送隊の隊舎にいた護衛班を集めて、王都バンプールからロコロ湖下流の川まで向かっている。
おそらく、そこから川の流れに沿って登っていきたいのだろうが、道はない。
人が歩ける道は存在するし、馬車の道もある。
だが細すぎる。
馬車より幅があるトラックはとても通れない。
仮に通れたとしても蛇行した山道でノロノロ走っていたら、1台のトラックのサハギンに囲まれて終わりだ。
「まぁまぁ、セメテさん。隊長が行けるって言ってるなら行けるんですよ」
第三護衛班長のワルダーがセメテをなだめる。
現在、各々護衛隊の隊員達が数名ずつトラックに乗っている。
残りは第二護衛班長のジュウヨクが引き連れている。第一、ニ、三隊員をまとめて、安全な逃走路を確認しながら大勢でロコロ湖に向かっている。
「道がないのにどうやって行くんだ!そろそろ森に入るぞ!木でもなぎ倒しながら行く気か?」
「そんなのしてたら道がわかんなくなっちゃうじゃない!ちょっと集中するから黙って!」
キャビンはハンドルを川に向ける。それを見てセメテはつぶやく。
「あん?船みてぇに水上を走んのか?」
ワルダーが目を細めながら考える。
「流石に、上りでは推進力に魔力を使いすぎな気がしますが……」
「行くわよー!」
キャビンはハンドルに魔力を込める。
黄色い光がトラックの前面から飛び出し、川岸に魔力の板を敷いていく。
セメテがそれを眺めて驚く、
「ほー。川に板をかけて道幅増やしてんのか」
ワルダーも感心する。
「元の地形を活かしている分魔力量は少ない。それでも規格外ですが……」
川にはほとんどサハギン達はいなかった。
それに常に魔力を垂れ流しているトラックを見て、少数で怪物のような状態のトラックに挑むほど錯乱もしていなかった。
「絶対!間に合わせるから!」
キャビンは速度を上げてロコロ湖に向かう。
一方、ロコロ湖では、数千のサハギンが一匹のサハギンを守るようにロコロ湖の中心にいた。
それに近づけず、湖の端で戦いながら睨む、一人の魔法使いがいた。、
エイテル・エリュクシュル。
目立たない長い茶髪で、魔法使いの地味なローブ。黒い帽子と、一見すると駆け出し冒険者の格好をしているが、その杖は黒竜王の角を芯材に使った一級品だ。
実力も若いながらも、天性の才能で相当な速さでSランク冒険者となった。
王国の書物や、強い敵の情報を先行してもらえるということで神狼団に所属した。
副団長の肩書があるが、団の仕事はもう一人の副団長に任せきりだ。
彼女の役割は、狼団として強敵と戦う事。
元々、冒険者としてやってきたこととは変わらない。
エイテルははぁとため息をつく。今回はちょっとまずったなぁと感じる。
パレードだとか面倒だからグロッタ伯に先行くと伝えてロコロ湖にやって来た。
いつもと同じと思って飛び出してきたが、明らかに手数が足りない。
こうなると、一時的に強化できる薬や、休憩時に防御陣を張ってもらわないと、一区画消し飛ばしても、
残りに襲われて負ける。
このサハギンが一斉に川を下ると被害は想像を超えるだろうし戦うべきかなぁとも思うが、エイテルは雇われ冒険者、命を大事にするのが身に沁みついている。
このサハギン達とも防戦だけならしばらくは何とかなりそうだが、それでは来た意味がない。
やつらもやつらで、中央の赤い個体を守ろうと、エイテルに警戒を向けてはいるが、一斉に攻めては来ない。一部が、エイテルに飛び掛かってきてはいるが、すぐに火炎弾で撃ち落としたらその後は散発的にしか来なくなった。
「空中浮遊魔法で上から中央の赤いのを狙っても他のに阻まれそうだし……。私の火魔法か水魔法じゃこの数にはなぁ……団員いてもしょうがないし……これ個人でどうこうの範囲こえてるなぁ」
団員はほとんどお飾りなので、戦果を期待していると直に団長に言われた時は唖然としたが、政治とはそんなものらしので、気にしないことにした。
いっそ状況報告のために急いで帰ろうかと悩んでいたら、川下から聞いたことのない唸り声が聞こえてきて、エイテルもサハギンも一斉にそちらに気を取られる。
どんどん音が近くなってきて、見えたのは固そうな黒い巨体。
右半分は土の上を、左半分は川の上の黄色い光を粗ぶって揺れながら近づいてくる。
まさか、伝説のベヒーモスかと巨体をよく見ると、上の方に人間が入っていた。
「助けに来たわよ!」
巨体から手と顔を出して、女の子が声を出す。その手は細く、その目は強く輝いていた。
「「俺たちも来たぜ!!」」
護衛班も荷台から叫ぶ。こちらは換気窓しかないから顔は出せない。
エイテルは敵の増援じゃないことにほっとした。
「はは、王国軍の援軍。神狼団じゃないわね。暑苦しい連中……けど助かった」
長時間サハギンの大群とにらみ合いを続けていたエイテルは、精神的に張りつめていたのが、持ち直したのを感じた。




