本部
デバンは、グロッタ伯を引き連れて、大隊長の部屋を訪れた。
大隊長の部屋は王国軍の本部がある建物の中にある。
本部は今回のサハギンの件で慌ただしく対応を求められて、若手があちこちへ書類の束を抱えて早足で動き回っていた。
そんな混雑した本部の通路を抜けて、二人は大隊長の部屋へ入る。
普段は閉まっている大隊長の部屋のドアは、移動の多さからか、開きっぱなしとなっている。
ふと周りを見てもどの部屋も開きっぱなしで、若手もノックもせずに声だけかけて部屋に入っていく。
大隊長は書類の束に囲まれて、髪の毛を掻き回しながら忙しそうに書類に目を通していた。
「大隊長。報告に上がりました」
デバンに声をかけられて大隊長は顔をあげる。
「デバンか、それに神狼団長のグロッタ殿」
「どうも、輸送大隊長アルゼネイル殿」
二人はそっけなく挨拶を交わす。
「キャビン隊長は? ロコロ湖への出発を急ぐなら、報告は後で良いが?」
デバンは大隊長の側に歩み寄り、グロッタ伯に聞こえないように、小声で報告する。
大隊長は眉をピクリと動かした後、深呼吸して、グロッタ伯に問う。
「今、デバンニングから神狼団ではサハギンの対応は困難という話を、聞きましたが事実ですか?」
「エイテル副団長がいれば可能と、御前会議でも説明申し上げたが?」
「それは、神狼団が道を開きエイテル殿が赤いサハギン。ルビーと一対一になれるならば負けまいという説明だったかと思うが?」
「それこそあなたの仮説に則った説明に基づくものでしょう。赤いサハギンとて所詮サハギン。多少強くなろうが、王国最強のエイテルに勝てるはずがない。他のサハギンとまとめて倒せば良いだけのことではないでしょうか」
「私は人間だけが極端に強くなるとは考えていない。何故、魔物が異常強化する可能性を考えんのだ」
「それこそ詮無きこと。サハギンが災禍竜の如く強くなるなら軍が総出でも敵わない」
「……軍の作戦は既に御前会議で決定している。輸送大隊長としては面制圧が出来ないならば、王国軍第一大隊に出撃を要請する」
「なっ!それでは我が隊は何もせず引っ込めと!」
「戦の常道でありますな。相性が良い物をぶつける」
「なっ!」
「神狼団の副団長が出ているのであれば、後は一小隊も行って帰れば良いでしょう。その際に凱旋式でもすればよろしい。私が妥協できるのはそこまでです」
グロッタ伯爵はわなわなと口を震わせて答える。
「わ、我が団が国難を救うのだ」
大隊長は机を叩きつける。
「もう、話は終わりだ!すぐにエイテル、キャビンの支援を出す!」
「こ、この……私の、我が団の過去の功績を蔑ろにするというのか」
「今は非常時だ!貴様の功績など知るか」
「他の……き、貴族は?国の功労者が元団員であるぞ、それを侮辱するのか?」
「少数優遇では国が成り立たん。名誉が町々の存亡に比するものか。誰が麦を、肉を、火薬を作る? 軍は王国民を護るのが責務だ!」
大隊長の迫力でグロッタ伯爵は声も出なくなり、そのまま呻きながら退室していった。
「後でフォローしておきます」
横で聞いていたバンニングが、頭を抱えながら呟いた。
「よろしく頼む……まぁ何だかんだうまくやって来た奴だ。フォロー等しなくてもいいが……あぁ、時間が惜しい。第一大隊長に話してくる。無理だとは思っていたが……無責任であるとは思わなかった。読み違えたな」
大隊長も、肩を落として部屋を出る。
デバンは二人の落ち着かないやり取りを見て逆に冷静さを取り戻し、キャビンの指示を全うすべく自室へ向かった。
端に控えていた文書運びの若手事務官は、全員が出ていって、ようやく自分が息していなかったのを思い出し、慌てて息をしようとしてむせていた。




