グロッタ伯爵
キャビン、デバン、バンニングの三人は急いで王都に向かった。輸送隊の隊舎と違い、神狼団の隊舎は王都の中心地、近衛騎士の隊舎の次に、王城に近い立地だ。
歴史を感じる石像など、隊舎なのか貴族の邸宅なのかというような豪華隊舎にやって来た。実際、神狼団の団長の屋敷が隣にある。
隊舎の入口についたキャビンは、規律正しい門番に、服の方についた隊章を見せると、すぐに待機していた兵士に連れられて中へ通される。
そのままついて歩いていくと、庭なのか訓練場なのか判断つかないよう程に整った広場を通り抜ける。
数人の若い騎士がお茶を飲んでいた。綺麗な兵装に、装飾過多な剣。
キャビンは舌打ちしそうなのを我慢して、笑顔で会釈して通り過ぎる。
隊舎の待合室に通されて待つよう言われた。
こちらもふかふかのソファと磨き抜かれた木のテーブル。キャビン隊の待合室とは異なり軍人が来るような所ではなかった。
出されたお茶も高級品だが、キャビンは机にあった砂糖をジャバジャバと放り込む。デバンの分まで放り込んでザリザリと音を立ててかき混ぜていた。
「やぁ、君がドライブ卿のご令嬢か。パーティで会ったね? 今回は我が神狼団とともに、国難を打ち払おうではないかっ」
隊舎の待合室で、砂糖の塊のようなお茶のおかわりを待っていたら、ようやくグロッタ伯が出てきて、いきなり変な挨拶をかましてきたのだった。
キャビンがそいつを見ると、パーティで以前見たときより若々しかった。
口ひげの豊かさから40歳くらいかと思っていたが、30代くらいだろうか。
庭にいた騎士同様に、武装というより式典に着るような華美で派手な格好をしている。
「ん? 君たちだけかね? 馬車は見なかったが、外かね?」
待合室にいるのはキャビン、デバン、バンニングだけだ。
キャビンは隊長として恭しくお辞儀する。
「まずはご挨拶を、今回は輸送隊隊長のキャビンとして参りました。よろしくお願いします。行程については副隊長のデバンニングからご説明いたします」
「ふむ、続けたまえ」
グロッタ伯はキャビン達の向かいのソファに優雅に腰掛けると、給仕にお茶を要求し、慇懃に飲み始めた。
「失礼します。副隊長の私からご説明します。現在、輸送と護衛は王都城壁外にて準備を進めています。神狼団のご準備ができ次第、正門前でご乗車いただけます」
「ふむ〜きみぃ。パレードを忘れていないかい?」
グロッタ伯が指をちっちっと振りながらデバンに尋ねる。
「パレード……でございますか?」
「そうだ! 我が神狼団が、国難に立ち向かう!それを応援する市民! 歓声を浴びてこそ我が団は力を発揮できる!」
「左様でありますか。そのような魔法は無知ゆえに存じ上げておりませんでした」
デバンの『無知ゆえ』に、という皮肉を理解したのかグロッタ伯は慌てて答える。
「ま、魔法ではないよ。貴族としての矜持!精神の問題だ」
まどろっこしい空気を感じてバンニングが口を挟む。
「それで、グロッタ伯爵。すぐ出発できるのか? サハギンはロコロ湖に溢れてる。海への復路で村々がやられる前に殲滅したい。川下のドレージで籠城戦なんてのはごめんだ」
グロッタはその迫力に押されながらモゴモゴと答える。
「な、なんだね。おぉ……猛将バンニング殿か。お噂はかねがね」
「御託はいい!伝達から俺達が来るまでに時間はあった。支度は整ってるんだろ。さっさと出るぞ」
グロッタは聞き取れるかどうかの声で呟いた。
「パレードの手配は万端だ……装備も通常武装ならすぐ……」
「大砲なりの大型武器は?面制圧しないと足りんぞ」
「用意してない……撃てない」
「どうするつもりだったんだ!」
「我が対は……その、名誉……つまり制圧の訓練など、手順通りにやっていただけだ本番には使えない。貴族師弟の箔付けに過ぎない」
デバンとバンニングは揃ってブチギレた。
「「どうする気だ!」」
「潤沢な税源で一級品を山と揃えているのはわかっていましたが、そこまでの練度不足とは……」
デバンが力無くぼやく。
「そ、そのために奴を引き抜いてきている。奴ならやってくれるはずだ」
「奴とは副団長のエイテル氏ですか?」
「そうだ奴の、Sランク冒険者の魔法使いならサハギン等一人でも、物の数ではあるまい」
キャビンが机を両手で叩きつける。
「エイテルはどこ?」
静かに大声を出さないように、キャビンは怒りをグロッタに向けながら言い放った。
「どこ?」
グロッタはキャビンの細めた瞳に震える声を絞り出した。
「わ、我が団のものが……どこにいようと……「どこ!」」
グロッタ伯は顔を青ざめさせながら答える。
「やつは、エイテル・エリュクシュルは既にロコロ湖へ向かった」
キャビンは机にティーカップを静かに置いて、深呼吸した。もうこれ以上付き合っていられない。
「バンニング班長、トラックとバイクで護衛班、全員出撃。デバン副隊長、後はよろしく」
「委細承りました」
デバンは悲しげな顔でキャビンを見送った。
静寂の中、心臓が張り裂けそうなグロッタ伯はデバンに聞いた。
「わ、 我が団は、我が団の護衛は?」
「ふむ、隊長達を追わねばなりませんね。まずは出撃準備の命令をお願いします。神狼団の用兵は団長のあなたではなく、別の者に任せているでしょう? すぐ手配してください。それが終わったら、グロッタ伯爵は私についてきてください」
「ついていくとは……どこへ?」
「王国軍。本部です」
「わかった、勝手に飛び出した奴らの代わりを手配するのだな。さすが智将デバンニング殿!」
グロッタ伯はデバンの焦りと怒りには気づかず、呑気に神狼団の今後の名声について考え始めていた。
デバンもぐちゃぐちゃになった気持ちを必死で鎮めながら、冷静に思考を巡らせていた。




