川上にて
この前の話を割り込み挿入しました。
入れないとキャビン隊のご飯食べられなくて怒られる……。
キャビンは朝の体操を始めていた。
ドレージ基地は海軍基地で海に面しており、水面に太陽がきらめくのにテンションを上げながら、キャビンは体操をする。
毎日の日課だ。
体操が終わると魔力操作もやってみる。
掌に魔力を軽く込めると、温かくなる。力の込める具合と、感覚が丁度いい感じだ。
たまに、軽くやっても魔力が多く出てくる感じがあったり、逆に出にくいなと感じるときもある。
そんな風に、今日の体調と魔力の感じを確認出来しておく。限界がわからないといざという時に加減が効かない。
色々体の具合を確認しながら体操をしていると、デバンが渋い顔でやってきた。
「おはようございます、隊長。昨日はたくさん食べてましたがお腹の具合は大丈夫ですか?」
「おはようデバン。昨日のクッキーは食べきれなかった分は包ませてもらったから大丈夫!まだまだあるけど皆に配ればすぐなくなるわ。全部美味しかったもの!」
体操を止めてデバンに挨拶をする。残りのクッキーを思い出して、気分が蕩ける。
皆にあげる前にもう一枚くらい食べておこう。
デバンはさくっと話を切り上げて、業務の話に移る。
「それは何よりです。さて、隊長。報告が2点あります。まず、川上へ捜索に向かった班がサハギンの集合地点を発見しました。場所はロコロ湖です。曰く、異常な数だったと」
キャビンは地図を頭に浮かべながら納得する。
「ロコロ湖。急峻な森の中に出来た構造湖よね?地殻変動で地盤が引き裂かれて出来た湖。ドレージまでの川に流れ込む水源の一つね。馬車でも一周に数時間はかかるくらい大きいし、水深も深い」
「そうです。その大きな湖の一面が見えないくらい……数千体がいると予測されます。水中に潜りっぱなしの個体や。今尚遡上しているものを入れると一万いてもおかしくありません」
「数はわかっ。伝承通り、赤いサハギンだっけ? 特殊個体はいた?」
「特段、報告はあがっていません。ただ、サハギン達は湖の中心あたりで輪に並んで一匹ずつ潜っては戻ってを繰り返していたそうです。何らかの儀式的な行動と思われます」
「儀式……それが終わったら赤いのがでてくるんじゃないかしら?」
「その可能性もあります。それに、最悪の懸念は、強力な侵攻が予想されることです。あの大軍が次に何処を目指すかは重要事項です。想定の第一候補はサハギンが元の道を戻り海に向かうルートです。該当ルートは通行不可能になります。ドレージに、ぶつかるか横の細い川から海に向かってくれるかはわかりませんが、ドレージにぶつかるとなると大規模な戦闘になります」
「大隊長には報告した?」
「はい、数時間以内には王都へ連絡が届きます」
「今後の対策は?」
「仮設集積所を解体して、できる限りの物資をドレージへ保管。その後籠城します。一応神狼団が出てきますが……籠城が最善かと。川上から海まで河川周辺だけを防げば良いので、経路は絞れます」
キャビンが眉をひそめてデバンに尋ねる。
「神狼団?」
「ええと……近衛兵の伝統的部隊です」
歯切れの悪い物言いにキャビンは訝しんだ。
「伝統的?」
「王国成立時からある名誉ある団です。グロッタ伯爵が団長をしています」
「あのちょび髭のとこ! あいつ公式行事で偉そうに長々話してたわね」
「偉そうではなく、偉い方です。ただ、武門の家柄ながら本人はその事務的な方でして、最近は少々肩身の狭い思いをしており、名乗りを上げたようです」
「王国の窮地を救って手柄を立てたいってわけね。実力はどうかしら?」
「伯爵はともかく、神狼団自体は精鋭です。ですが、懸念があります」
「強いんなら気にすることないじゃない」
戦いには興味ないから任せればとキャビンは手をひらひらさせる。
「……神狼団は王都の防衛部隊のため、移送手段がありません……そこでもう一点の報告です」
「キャビン隊に輸送依頼の提案が来ました」
キャビンは絶句する。
「自分で行けないの? わざわざ遠征中のうちの隊を使うなんて……輸送隊だって王都に他にいるでしょ。キャリング隊とか、ポテン隊とかキャリング隊の輸送力は明らかに高いわよ」
デバンが歯切れ悪くゴニョゴニョいい始める。
「そ、その両者ですが……まず、キャリング隊は輸送力は足りますが、護衛がいません。あくまで安全な後方輸送のみとなります」
「それはわかるわ。けど、いつも他隊が護衛して動くのがキャリング隊でしょ。神狼団が護衛すればいいじゃない」
「その、グロッタ伯爵は自兵を温存したいと……」
「グロッタ!何考えてんの?じゃあポテン隊は?」
デバンが唇を震わせながら伝える。
「隊長……怒らないで下さい……公的には是非キャビン隊を是非にとグロッタ伯爵の推薦がありました……また、公的ではありませんが……キャリング隊、ポテン隊ともに現場叩き上げの平民ですので……神狼団のアシに相応しくないと……その輸送隊長が貴族なのは王国でキャビン隊だけですので」
デバンはあわあわとキャビンを抑えようとする。
これを言いたくはないが、言わないと直接グロッタ伯爵に突撃をかましかねない。
デバンが思ったとおり、キャビンは顔を赤くして爆発寸前になっていた。
「はぁ!自分で攻めに行けないくせに、えり好みしたあげく、その理由が貴族主義ってふざけてんの?! こっちは今任務中よ!」
「サハギン対応という任務の延長ではあります……大隊長も断るには難しく……」
サハギンは湖で停滞している。いつ動くかわからないが、間に合わないとは言いづらい。
「理屈は立つのね……やらないと言うならともかく、やる気があるのを断るのも難しいか」
「本気でしたらお断りする方法も検討しますが」
デバンは迷いながらも一応選択肢を提示しておく。
キャビンは悩んだ。
嫌だといえば、デバンなら無理やりにでも断ることは出来るだろうけど、こんなに歯切れ悪くなるとなれば、断るのも後に響くのだろう。
「……もう一度確認させて。勝算はあるのよね?」
連れて行って、負けました。というのではうちの対まで被害が出る。
「神狼団の副団長エイテル氏は王国最強の魔法使いです。名声も高い」
神狼団の受け売りではない。日頃から他部署の戦力や得手不得手という情報を大隊長とともに収集、分析しているデバンが断言した。
「デバンが期待出来るというなら受けましょう」
キャビンはむずむずする気持ちを抱えながら出発準備に向かった。




