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キャビン隊

 一台のトラックが、現代で言うと未舗装の道路。

 つまりは、ただの土と草の道が踏み固められた道を爆速で進んでいた。


 運転席にいる金色の短髪で御機嫌なキャビンは、快適な走行で鼻歌混じりにハンドルを握っていた。


 荷台から小さな悲鳴が聞こえてきた。

「やばい、やばい、やばい人運ぶってレベルじゃないだろ!止めてくれー。おい、落ちるー」

 トラックの荷台で運ばれているのはメーロズという冴えない青年だった。

 途中の町で載せたくたびれた格好の青年は荷台にしがみつきながら悲鳴を上げていた。


「デバン、衝撃吸収の魔法かけてないの? 道理で揺れると思った」

 鼻歌を歌っていたキャビンは、キョトンとしながら、助手席に姿勢よく座っている細身のデバンと呼ばれた男に尋ねた。

「キャビン隊長。かける前に動き始めたじゃないですか。止まってないと衝撃吸収魔法はかけられないですよ」

「そうだった。空荷で気落ちしてたから忘れてたわ。一旦止まるわよ。ったく、何でまだ収穫期じゃないのよぉ。山盛りのぶどうを持って帰ったら町で一儲け出来たのに」

キャビンはしぶしぶと速度を落とす。

 

「季節に文句言っても仕方ないですよ。それに、ワイン用のブドウなんですから、絶対ワインが出来てから運んだほうが稼げます」

頭の中でそろばんを弾きながらデバンが答える。


「ワインも良いんだけど、隊のみんなが殆ど買っちゃうじゃない。利幅乗せ辛いのよ! デバン、さくっとかけてきて、私は待ってるから」

「了解しました」

 デバンは快闊な返事をして、トラックが停車するのを待った。

 急に止まると荷台で立ってるメーロズが慣性で吹っ飛ぶので、徐々に速度を落とすと、トラックはゆっくりと止まった。


 デバンが降りると、トラックの側面に立ち、両手を広げ衝撃吸収の魔法を念じた。

 念じ終わると、手から眩い赤い光が現れ、荷台の上部を包んだ後、音もなく消えた。

「えと。メーロズさん。悪かったですね。元気でしょうか?」

 荷台にうつぶせで倒れている、に声をかけるも、具合が悪そうなのが見て取れた。

「うぅ・・・目が回った」


「本当にすみません。ちょっと休みますか?」

 デバンは心配そうに声をかけた。メーロズは座りながらもふらふらと頭を揺らしていたが、はっきりと首を横に振った。

「大丈夫だ。すぐ出発してもらわないと。間に合わないと困る」

「確か、妹の結婚式?でしたっけ?まったく、何でそんな大事な日付を間違えるんですかねぇ」

荷台の横でデバンがぼやいた。


「妹が、そそっかしいのだ。1通目の手紙が来たときは結婚式は土曜と書いてあったから余裕はあると思ったのに、2通目が早馬で来て、木曜だったごめんだと書いてあった!今日は水曜だぞ。バンプールの都まで徒歩で2日はかかるというのに! 本当に君たちが村に通りかかってくれて助かったよ」

 メーロズは少し元気になって小窓からデバンに吠える。


「デバン、乗って! 元気そうならさっさと出発するわ! 急いでるんでしょ!」

 キャビンの急かす声で、さくっとデバンは助手席に乗り込んだ。


「そんなに急かさなくても、このトラックなら数時間で着きますよ。今までの道もあっという間に走ってきましたし」

「まだ、白草の町にすら着いていないのだろう?」

「とっくに通り過ぎたわ! 白草の町は道から外れて抜けたから、ちらっとしか見えなかったかもしれないけど、今は風車の町の傍よ」

「は? 風車の町だと? 私の村から徒歩で1日の距離だぞ」

 メーロズはぽかんとしていたが、デバンに座るように促されて荷台の席に座る。


「だから、このトラックは王国で一番早いんですよ。ほら、立ち上がらない。衝撃吸収の魔法で大分ましになりますが、ここら辺は、土が少し緩いせいか、凹凸が激しいみたいです。衝撃吸収魔法でも相当揺れています。危ないですよ。王都バンプールまで近づいて馬車道に合流すればほとんど揺れなくなります」

「・・・」

「停車時はどうしても揺れるので止まるまでは立ち上がらないで下さいね」

 呆然としているメーロズに注意して、デバンはさっと前に向き直った。


 ふぅと息を吐くデバンに、キャビンは声をかけた。

「お疲れ様デバン、魔法は良好みたいね、顔見えないけどメーロズさんはどう?」

 キャビンはかなりの速度でかっ飛ばしているのでわき見はできない。

 (トラックは国に一台しかないので、法定速度もない)


「ちょっと放心してるっぽいけど大丈夫でしょう」

「? まぁいいわ。じゃ行きましょ」

 キャビンはアクセルを踏み、更に速度を上げて走り出した。


 数時間後、バンプールまであと少しの草原で、予期せぬ相手を発見した。

「あー、どうします隊長? ゴブリンライダー3体ですね。撒きますか? それとも?」

「さくっとやるわ。倒せば少しは稼ぎもあるしね」


 3体のゴブリンがそれぞれ小型のイノシシに跨って闊歩していた。

 ゴブリンの偵察隊だろう。


 ただのゴブリンならトラックが走るだけで逃げていくが、ゴブリンライダーはしばらく追っかけてくるのが厄介だ。

 町まで引き連れていくわけにはいかないし、そこまで追いかけてこなくても、石やら槍やらで車体を傷つけられても困る。


 キャビンは奴らが突っ込んでくる前に、トラックを完全に止めた。それから、運転席横の引き出しからゴーグルを取り出した。

 そのゴーグルはゴツく、キャビンには大きいサイズだ。黒縁のフレームで赤茶色のレンズのそいつを装備すると、ゴブリンライダーの方へ歩いて行った。


 メーロズがそれを見て、助手席のデバンに話しかけた。

「君、魔法使いだろ。彼女を助けないのか?」

「大丈夫です。キャビン隊長も魔法使いです。それより、隊長が魔法を使うところ見るな」

「何故です? 見られると恥ずかしいとかですか?」

 二人がそんな感じでのんびり会話していると、ゴブリンライダーがキャビンに気づき、駆け出してきた。

 キャビンは右手で赤い光を左手で緑色の光をそれぞれ発光させ、それがどんどん大きくなる。

 デバンが声を張り上げる。

「マジで目を潰れ! ついでに手で覆え」

 鬼気迫った声音に、メーロズは黙って目をつぶり、ぎゅっと手で覆った。


 その状態ですら感じ取れるくらい眩しさが消えたと思ったら、真夏の熱波よりさらに熱い風が吹き抜けていった。

「もう開けていい。……加減が上手になってますね」

「?」


 メーロズが目を開けると、こんがり焼けたゴブリンライダーとイノシシが焼き上がっていた。

「デバン、メーロズさん。イノシシよイノシシ。これ持って帰ったら食費浮くわ! 荷台に載せて!」

 デバンは予想していたように手袋を付けると、メーロズに声をかけた。

「了解。すみません。メーロズさん。運賃から引きますので、手伝いを頼みます。さっさと載せないと出発できないし。ああ、驚きますよね。……えっと。キャビン隊長は力のある魔法使いなんですよ。今は火と風魔法の合成で、高火力の火球を打ち出しました」

 魔法は使える者が少ないので、説明も簡潔にしないと伝わらない。


「な、なるほど。初めて見た。割引はいい。その代わり、1頭買い取らせてもらえないか?実は、妹への結婚祝いをまだ決めていなくて、こいつをいただきたい」

 メーロズは魔法はわからぬが、キャビンが凄いというのはわかった。優秀な者だから隊長なのだろうとも思った。


「それなら、安くしてあげる! 是非お祝いに! 美味しく食べてね!」

 溌溂とした笑顔でキャビンは言い放ったのだった。



「本当に。もう着いた・・・」

 トラックは王都の入り口で停車していた。

 キャビンが所属する輸送隊の駐屯地は城門の外だ。それにトラックで乗り込めるほど城門は広くない。

 メーロズは都市の入り口を見上げながら呆然と呟いた。


「だから言ったでしょ、数時間だって」

 キャビンは無事到着して御機嫌に答える。


「聞いてはいたが、着いてみても実感が湧かない」

 実際着いているのだが、それでも呆然としているメーロズに対して、デバンは肩をたたいた。

「まぁまぁ。メーロズさん。明日の式には間に合ったのですから、ゆっくり休めんで気持ちを整理して、明日に備えてください」


「あ、ああ。だけど、折角です。妹に会ってお祝いを言いたい。間に合わないかもと心配もしてるだろうから一目会っておきたいし」

「それもそうですね。では、私たちは言われた通り、ヴァンプールまで届けました、これにて配送完了ですね。ワインが出来る頃に寄らせてもらいます」

「本当にありがとう。今年の一番出来の良いワインを取っておく。必ず寄ってくれ。隊長さんも最高のぶどうジュースなら飲めるだろ?用意しておく」


「楽しみにしてるわ」

 きちんと料金があっているのを数えると、キャビンはにかっと笑った。


 メーロズが荷馬車でイノシシを運んでいくのを見送ると、キャビンとデバンは満足して、トラックに乗り込んだ。

「さーて、隊舎に戻りますか、隊長。全くの空荷じゃなくてよかったですね」

「たまにはこういう臨時収入も助かるわね。イノシシは手間賃には十分でしょ」


 数分走って、キャビン隊の隊舎までたどり着いた。

 城壁から少し離れた沢の近くに駐留しているキャビン隊の隊舎にトラックを横付けすると、隊舎から20人ほどのキャビン隊の隊員がぞろぞろと出てきた。

「お疲れ様です。キャビン隊長!デバンニング副隊長」

 キャビンは獲物を誇らしげに見せた。

「みんな。ごちそう取ってきたわよ。イノシシ肉! ミネス、ローネ調理お願いね」

 お任せあれと、ミネスとローネがイノシシを調理室へ運ぶ。


 キャビンは隊舎に戻りながら、ディナーを想像して、じゅるりと垂れそうになったよだれを我慢する。


 キャビンはディナーまでに今日のレポートを書かなきゃと部屋へ向かった。

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