第1章・3幕 真意
今回の登場人物
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・置田 蓮太 (おきたれんた)
14歳。本編の主人公。置田村の創始者・置田蓮次と置田藤香の子。英雄の息子として、次期・乙名としての期待が高い。優しい性格で、純粋。
・置田 籐香 (おきたふじか)
蓮次の妻。器量と度胸に優れ、夫亡き後は置田勢を率いてきた。若い世代を教育後、村を託そうと切に願う。
・美咲 園 (みさきその)
若くして蓮次と藤香の側近となり、一揆でも大きな活躍と信頼を得たことで、置田村の乙名として村設立に関わった一人。非常に平和的で、革新的。男尊女卑と古い掟から真っ向から異を唱える。
・毛呂 虎太郎 (げろとらたろう)
14歳。本置田地区でも珍しい、貧民の生まれ。蓮太を兄のように慕い、両親の人柄もあり、道徳も高い。腕力は弱いものの、立場が弱い人を放っておけない。
・鈴谷 稲穂 (すずたにいなほ)
黛村の旧名・鈴谷村の元乙名・鈴谷与志夫の娘。両村で高い地位があり、一揆の際に蓮次が置田村に取り立てた以降、次期乙名としての地位も噂される。稲穂自体は乙名に興味はなく、蓮太の許嫁となり、蓮太に乙名になることを望んでいる。
書本 小夏 (かきもとこなつ)
彼女も生まれは現・黛村。一揆の際に父とは生き別れ、母と暮らす。事情を知った蓮太は時々家族で食事をする仲。身体能力が高く、女性らしくないと本人は気にしている。
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千毬が学童会長となった暁には、蓮太が将来、乙名へと立候補するとき、寺院・学童が全面的に応援する。それが千毬が提示してきた蓮太への見返りだった。
「それで文句ないわね?」
「ああ。わかった。」
雨降って地固まる。これで今まで以上の関係性にはなる。
「置田君。学童会主になって私の会長補佐をお願いできないかしら?」
「え?いいのか?」
「あなたもそこで皆から評価を受けれるし、私も反対派を抑える際に学童会主が一人身内なら心強い。ダメかしら?」
千毬は弱い顔を見せる。
「わかった。千毬さんが学童会長で成功するのが俺の乙名の条件なら、それも飲むよ。」
「ありがとう。じゃ置田君は学童会主に立候補お願いね。」
学童会主は会長補佐。副会長であり、政治的には会長に反対する者が大概就任する。
「学童会主が2席で、内、俺が身内なら実際は千毬さんは安泰だしね。」
「そうね、あとは私の手腕のみ。でも何かと力を借りると思うの。宜しくね。」
寺院へ戻り、しばらく過ごすと、蓮太は虎太郎、稲穂、小夏に帰宅後、夕飯を共にする約束をした。
夕方近くになり、蓮太は3人と藤香、美咲、小夏の母を家に迎え、夕食を囲んだ。
「…で、蓮太、改めて話ってなんだ?」
宴もたけなわになり、藤香が言葉を切る。
「実は、俺、学童会長の立候補を降りた。」
「え?」
皆が橋を置き、急いで茶の湯を流し込む。
「何かあったのですか?」
稲穂が心配そうに伺う。
「どこから話せばいいのか。」
蓮太は千毬との取引内容を伝え、それに応じたまでの経緯を話した。
「伊集院か…」
藤香は悩むもこれというわけではない。
「聞いた感じ、悪い話じゃなさそうだけど。」
虎太郎は乙名になれる確約をもらったように感じていた。
「私も、そう思う。千毬さんはああいう性格だけど、同期の私たちに謀を仕掛けるとも思えない。」
稲穂も真っ直ぐな気持ちで受け取る。
「美咲はどう思う?」
藤香が口を開く。
「どうでしょう?学童会長になることを目的にしてるなら、真意だと思います。」
「…目的にしてないなら、どうだ?」
「そもそも取引はしないのではないでしょうか?」
「ふむ。」
藤香と美咲はまた考え込んでしまう。
「小夏はどう思う?」
蓮太が話を振る。
「どうなんだろ?」
小夏はご飯を食べながら首を傾げる。
「あんた、ちゃんと答えなさいな。」
小夏の母が叱る。
「はーい。」
小夏はご飯を食べきると茶を飲んで言う。
「千毬は嘘は言ってないと思うけど、殆ど真意は伝えてないんじゃないかと思う。」
「え?」
皆が小夏に注目する。
「わからないけど、千毬の性格がそんな気がするってだけ。乙名になるとき応援してくれるのは念書もあるなら破りもしないだろうけどさ。蓮太に何で乙名になるかを聞いてきたのに、自分は何も言わないなんて、何でかなって。」
ー!
すっかり忘れていた。話の流れもあって、学童会長は乙名の中間地点みたいな話になり、まるで無視しても良いような、そんな印象になっていた。もし、千毬がこれをあえてすり替えるような話術で言ったなら、千毬は学童会長になる、本心を隠したことになる。
「でも、言っても学童会長が何を出来るかなんて、学童の意見をまとめて守役長に提示するとかだろ?」
蓮太は改めて確認する。
「千毬さんなら良い学童会長になると思うけどな。」
虎太郎も応援する。
「まぁ、話が本当なら、大方蓮太が乙名になる道は開けたということでいいのか。」
藤香も特に疑念もなく、美咲に顔を合わせる。
「と、思います。」
「よかったですね、蓮太君。」
「ああ、ありがとう、稲穂さん。」
「稲穂さん、ちょっと。」
藤香が玄関まで行くと稲穂に手招きする。
「なんでしょう?」
「この古い仕来たりを言うのも嫌なんだが…」
「構いません。」
「もし、稲穂さんには今許嫁がいるのか?」
「え、いえ…。」
稲穂はそういうと目線を蓮太に向けた。
次回2024/10/17(木) 18:00~「第1章・4幕 許嫁」を配信予定です。