第1章・1幕 懸念点
今回の登場人物
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・置田 籐香 (おきたふじか)
蓮次の妻。器量と度胸に優れ、夫亡き後は置田勢を率いてきた。若い世代を教育後、村を託そうと切に願う。
・置田 蓮太 (おきたれんた)
14歳。本編の主人公。置田村の創始者・置田蓮次と置田藤香の子。英雄の息子として、次期・乙名としての期待が高い。優しい性格で、純粋。
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和都歴450年・6月15日
藤香は亡くなった米の母親・稲を自宅の離れで療養させていた。様態が戻れば何か情報が聞けるというのもあったが、何より無残な亡くなり方をした米への手向けにとの想いからだった。
早朝、藤香は離れに入っていく。
「おはよう、起きてたか。すまないな、園。」
「おはようございます、藤香さん。お気になさらず。」
美咲 園。若くして蓮次と藤香の側近となり、一揆でも大きな活躍と信頼を得たことで、置田村の乙名として村設立に関わった一人。非常に平和的で、革新的。男尊女卑と古い掟から真っ向から異を唱える。
「園以外をうちの離れに護衛任務に就かせるのもと思ってな。とはいえ、お前も乙名なのだからこんな任務は御免であろうが。」
「大丈夫です。」
「園が目にかけていた武勇に秀でた娘がいたな?」
「紅ですか?」
「そうだ。彼女となら交代してくれても構わんぞ?私も香本さんには話して、時間を見つけて交代してくれると言っておられた。」
「では、遠慮なく。」
藤香が囲炉裏で茶の湯を温め始める。
「この後。相島に会ってくるよ。」
「・・・」
「ムダだと言いたいのだろう?」
「私はあの男に掟で裁く必要などないとも思ってます。暗殺してしまえばとも…」
「園、気持ちはわかるが、お前も乙名なのだ。野蛮な言葉は慎め。」
「…でしたね。」
とはいえ、藤香も黛村や攻勢派の乙名、相島の件など懸念の多さに美咲の気持ちも分からなくなかった。
ーガラ!
戸が開く。
「あ、おはようございます。美咲さん。母上、行ってまいります。」
「うむ、気をつけてな。」
藤香が蓮太の見送りをする。
「さて、私も行くとするか。園、後を頼むぞ。」
「お任せください。」
蓮太が寺院へ向かうと、すぐに藤香も支度をする。
間もなく馬車が到着した。
「田中、相島の元へ向かってくれ。」
「わかりました。」
藤香を乗せた馬車が八俣の地へ向かっていった。
一方、蓮太らは寺院へ集団往来をしていた。
「おはよう。」
虎太郎が横並びに歩き始める。
「おはよう、虎太郎。」
毛呂 虎太郎。蓮太と同じ14歳。本置田地区でも珍しい、貧民の生まれ。蓮太を兄のように慕い、両親の人柄もあり、道徳も高い。腕力は弱いものの、立場が弱い人を放っておけない。
「蓮太は、学童会長に立候補するんでしょ?」
「ああ。母上にも言われたしね。何よりこの村を変えるなら寺院の在り方をまず変えれないと。」
「さすが蓮太だよ。僕はそこまで高い志なんかない。」
虎太郎は俯く。
「虎太郎も応援してくれ。きっと立候補には周りに人も必要になる。」
「僕なんか何もできないけど、声をかけてくれたら何でもやるよ。」
虎太郎は笑顔で答える。
後ろから稲穂と小夏が二人を挟むように並んできた。
「蓮太さん、虎太郎くん、おはよう。」
「おふたり、おはよ。」
鈴谷 稲穂。黛村の旧名・鈴谷村の元乙名・鈴谷与志夫の娘。両村で高い地位があり、一揆の際に蓮次が置田村に取り立てた以降、次期乙名としての地位も噂される。稲穂自体は乙名に興味はなく、蓮太の許嫁となり、蓮太に乙名になることを望んでいる。
書本 小夏。彼女も生まれは現・黛村。一揆の際に父とは生き別れ、母と暮らす。事情を知った蓮太は時々家族で食事をする仲。身体能力が高く、女性らしくないと本人は気にしている。
「私たちも選挙の時はお手伝いするからね。」
「ありがとう、稲穂さん。」
「寺院にお団子屋作るの条件で!」
「小夏は食べるのホントに好きだな。」
徐々に協力する者も集まってきて、蓮太も少し胸を撫で下ろす気分だった。
寺院に着くと、蓮太は一人、用を足して広場へ戻ろうとする。
「置田君、学童長に立候補するのよね?」
「え?」
角から人影が出てくる。
「ち、千毬さん?」
千毬がゆっくり近づき蓮太を横目に見る。
「どうかしら?私と取引しない?」
千毬が蓮太の顔を大きな瞳で捕らえると、不敵に微笑んだ。
次回2024/10/10(木) 18:00~「第1章・2幕 取引」を配信予定です。