序章・5幕 九狼党
今回の登場人物
■ ▢ ■ ▢
・相島 権作 (そうじまごんさく)
置田村の沙汰人。村東部・八俣の納税管理者。好みの女を襲い、嬲るという異常性癖を持つ。
・綿貫 仁兵衛 (わたぬきにへえ)
置田村の刀禰。八俣の刑務主を担当 物静かで従順。しかし欲望にはそれ以上に忠実。
■ ▢ ■ ▢
馬車で連れてきた男を引き渡す話をすると、暗闇から背の高い女が出てきた。
黙って男を軽々しく担ぎ上げると、金銭らしい袋を投げて、また奥に戻っていく。
「若い男ですので、使いどころは色々とありますよ。」
相島が話す内容で、隠れている綿貫は人身売買と察した。
「貴方の様な汚らわしい男は、どうせ直ぐに足がついて殺処分されると思っていましたが。想像以上のようです。訂正しましょう。」
冷たい声で淡々と話す着物を着た美少女。言葉以上にその冷淡さを示すかのようだ。
「ありがとうございます。樒様」
上田 樒。黛村・乙名の一人である、紫御前と呼ばれる非道なる女王の側近の一人。樒自身も非常に冷酷で異常なサディスト。
「我々のことはまだ察しもついていない、と思ってよいのですね?」
「勿論、樒様はおろか、九狼党に辿り着く者も御座いませ…」
樒は陰に立っている女性から傘をとり瞬間、相島の前に刺さるように投げた。
「その名は口にしてはならないと言いましたよね?不思議です、言葉が通じないのでしょうか?」
「いえ、申し訳ありません。肝に銘じます。」
「信用して良いのでしょうかね?今ここで本当に肝に刻んで差し上げるべきなのかと感じてしまいましたが?」
「・・・」
茂みの綿貫も、とても少女の言葉と思えない、その雰囲気に唾を飲む。
樒が片手をあげると奥から女が出てきて相島の前に刺さった傘を取る。
ーカシャ
女は傘に仕込まれたを刃を出すと、槍のようになった。
相島は下げた頭を上げない。
「御許しを。樒様、どうか。」
「約束を守れない、言葉の通じない下品な豚さんは、わたくし個人としては殺処分したいのですが。貴方の仕事の結果には、御前様は満足されています。手をついて土下座して謝るならば、わたくしも思い留まるやもしれませんね。」
相島は迷うことなく跪き、必死に土下座して謝る。
「申し訳ありませんでした。」
そして頭を上げない。
「情けないですね。わたくしの中では更に愚図に感じますが。」
樒は相島の前までゆっくり歩み寄ると、一礼する女から傘を取る。
少し沈黙を味わうと鼻で「うん」と言い、樒は続ける。
「…許して差し上げましょう。」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます。」
相島は満面の笑みで顔を上げる。
「はい、わたくしは約束は守ります。」
ーブス…
樒は傘の槍で相島の左掌を串刺しにした。
「い…痛い…@/^@:/」
相島が声にならない声で叫ぶ。
茂みの綿貫も瞳孔が開く。
「肝は許して差し上げましょう。貴方の左手など、どうせ少女を襲う時ぐらいしか使わないのでしょう?」
樒は表情一つ変えず、少し傘をクルクル回す。
「痛っ…いやでもそれが、儂の愉しみ…」
「わたくしの愉しみは豚さんを甚振ることでしてね。嫌ですが、気が合うみたいですね。」
「お、お許しください。」
視線も表情も変わらないまま、樒は傘を抜く。
「痛ぇぇ…」
「今回は免じますが、もし次に何か情報が漏れることがあれば、容赦はしません。」
「き、肝に銘じます。」
「本当に情けない人ですね。」
樒は両手をあげると女性が6人出てきて、そのまま森の闇に消えていった。
しばらく同じ姿勢で相島は動かずにいたが、ようやく自我に戻り馬車に向かう。
「くそ、あの女、いつか襲ってやる!儂をコケにしやがって。」
馬車が吊り橋を渡っていくと綿貫はこの出来事をどうするか考えた。
「九狼党って言ってたのか?」
九狼党は祖柄樫山に混乱をもたらすための一派。その真偽は噂でしかなかったが…。
「俺も、一儲けできるかもしれないな。」
綿貫の顔はケダモノになっていた。
次回2024/10/8(火) 18:00~「序章・6幕 紫御前」を配信予定です。