第4章・5幕 宣戦布告
今回の登場人物
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・置田親子 (おきたおやこ)
置田村創設の一人で死して英雄となった置田蓮次の妻、藤香とその息子で、次期英雄として乙名から注目されている蓮太。同時に黛村からも悪い意味で注目される。
・書本 小夏 (かきもとこなつ)
彼女も生まれは現・黛村。一揆の際に父とは生き別れ、母と暮らす。事情を知った蓮太は時々家族で食事をする仲。蓮太への想いを改め、自身が得意とするくノ一への修得を志す。身体能力が高く、冷静で皮肉の利いた口調に変貌するも、本心は蓮太への恋心はどこか抑えられない。
・野崎 飛助 (のざきとびすけ)
置田蓮次の信望者で右腕だった男。蓮次の死後は妻・藤香にも劣らぬ村人を束ね、黛村への侵攻を常に画策している。古き仕来たりを重んじるが故、美咲とは特にウマが合わない。
・赤島 猛 (あかしまたける)
野崎飛助に従い、一揆以前から兵士として活躍した男。蓮次と飛助に指名され、乙名に成り上がった。主に飛助の為に募兵や同士を集めている。酒と女にだらしなく、不道徳な男。赤島会たる野蛮組織を束ねる会長の顔を持つ。
・豊倉 完以 (とよのくらかんい)
置田村南部・日輪の沙汰人で副統括。置田村でも指折りの豪商。出世欲が強く、またどこかケチで、小心者だが、知恵と金銭で権威を取り込んできた男。
・相島 権作 (そうじまごんさく)
置田村の沙汰人。置田村東地区・八俣の納税管理者。好みの女を襲い、嬲るという異常性癖を持つ。実は九狼党・幹部で❝尾❞の字で呼ばれる。攻勢派に副統括の話を持ち掛けられ、藤香抹殺に掛かる。
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藤香は事実上、赤島らに宣戦布告した。
10月までに赤島が赤島会を解体しなければ、藤香は自ら打倒する。
赤島が赤島組と黒川組を残したい以上、10月までに解体と言うのは、厳しい。
これは逆に、藤香に戦う準備期間をされ、日時も指定されたような展開となった。
「くそ!」
「赤島さん、何をやってるんだ。あのまま切り殺して隠ぺいすればことは済んだのに。」
「いや、あの女、寧ろこちらが手を出すのを待ってたんだ。切られれば切り返す。命を懸けても俺たちを殺していただろう。しかし、あの眼は…藤香って本当に相当な手練れみたいだな。」
「とりあえず、野崎さんに相談かの。」
「ああ。」
この経緯を説明すべく、赤島は南地区・日輪へ馬車を走らせた。
藤香は自分の邸宅に戻ると、香本の帰りを待つ。
「お帰りなさい。」
小夏の母が離れから出てくる。
「済まない。」
藤香が一言こぼし、離れに入る。
「今お茶を入れますね。」
「ああ、頼む。」
そういって藤香は栗の母の元に座る。
ー 宣戦布告した以上、ここを手すきにするのは更に危険かもしれないな。
「ただいま。」
暫くして蓮太が帰ってきた。
「蓮太か。」
「どうしたの?神妙な顔して。」
「お前、剣術と武術を習わないか?」
藤香の突拍子もない話に蓮太は目を丸くする。
「え?いきなりどうしたの?」
「お前にも戦士となっていずれは前線に立つときも来る。乙名だから指示をするだけとも限らないし、私は何より、男たるは戦えてナンボだと思っている。これは理屈じゃなく、私からのお願いだな。」
「え…」
呑み込めない蓮太。
「いいんじゃない?」
小夏が入ってきた。
「こ、小夏?」
「私もお義母さんに同意よ。蓮太が戦えないなら、守る者が必要。じゃ、彼方は?大切な人を誰に守らせるつもりでいるの?」
「…」
「余計な事を言ったかしら?じゃ私は自主練するから、またね。」
小夏は出て行く時、藤香にしっかり一礼する。
「蓮太、お前も虎太郎と駿一郎を頼り、直ぐに腕を磨け。」
蓮太は毎日の課題にも苦しんでいたが、何より東雲守役の妙な突っかかりに、男としても腕っぷしで一度は返してやろうと思っていた。
「寧ろ望むところです!強くなって、母上と稲穂を守ってみせますよ!」
蓮太もその時に覚悟は決めた。ここから蓮太は目覚ましく腕を磨いていく。
「頼むぞ、蓮太!」
藤香も蓮太の成長を強く祈るのだった。
和都歴450年 8月2日・夜 置田村・南地区・日輪 野崎邸
「そうか。藤香が本気を出してきたか。」
「すみません・・・」
赤島は珍しくシュンとしていた。
「まったく、いつもの態度はどこへ行ったんだか。女なんだ、ぶん殴って服従させる、いつもの行動はどうしたんだ?まさか、その女に肝も玉も抜かれちまったんじゃあるまい?」
豊倉がこの時かとばかり野次る。
「ちっ、豊倉もあの場に居たら漏らしてたに決まってるぜ。」
「その辺にしておけ。」
野崎が仲裁する。
「でも、野崎さん、赤島のせいで主導権は藤香に渡ったようなものですよ?10月まで黙って見てるとでも?」
「まぁ、大丈夫だ。まだ俺たちの方がアドバンテージは上。藤香が赤島会を戦うということは、6対1だが、俺たちは4対3。赤島組と黒川組、この二つは既にこちら側。更に相島の配下が居れば10月だろうと構わんだろう。」
「しかし…」
「戦争直後は、赤島に先陣を切ってもらう。それでいいんじゃないか?どうだ赤島?」
「無論、異論はありません。」
「そうですか。まぁそうであれば構いませんよ。」
「じゃ、今夜は解散だ。」
野崎は皆を見送ると、赤島は馬車で、豊倉も自分の馬車へ向かった。
「お疲れ様です。」
「おお、福本、石井、わざわざ済まないな。」
「いえ。」
福本 惣之助。 置田村の南地区・日輪の刀禰。日輪の刑務長。出世欲が強く、豊倉の力で刑務長になる。武道にも精通しているが、自分が出向くのは最後という考え。
「戦争になれば、赤島さんが先陣を切る。」
「おお、では無事では済まないかもと?」
石井 要平。置田村の南地区・日輪の刀禰。日輪の金庫番で、納税から出資まで手をかけている。他人を駒として使う為に、金で捨て駒を雇うことも厭わない。
「まだ大きな声では言えないが、この戦争で俺たちの村に一歩近づくだろうな。」
豊倉、福本、石井を乗せた馬車で、また一つの欲望を語っていた。
次回2025/1/30(木) 18:00~「第4章・6幕 和都歴450年 8月3日 夕方の対峙」を配信予定です。