第3章・5幕 置田北部・神奈備
今回の登場人物
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・置田親子 (おきたおやこ)
置田村創設の一人で死して英雄となった置田蓮次の妻、藤香とその息子で、次期英雄として乙名から注目されている蓮太。同時に黛村からも悪い意味で注目される。
・鈴谷 稲穂 (すずたにいなほ)
黛村の旧名・鈴谷村の元乙名・鈴谷与志夫の娘。両村で高い地位があり、一揆の際に蓮次が置田村に取り立てた以降、次期乙名としての地位も噂される。稲穂自体は乙名に興味はなく、蓮太の許嫁となり、蓮太に乙名になることを望んでいる。
・三ツ谷 華 (みつたに はな)
置田村の三大領主の一つでその娘。乙名になる男か、沙汰人に嫁ぐがせるつもりで親の英才教育は厳しい。本人は好きな人と一緒になれればそれでいいと考えている。自分が村を変えれるなら、それも考えてはいるようだが…村でも1番を争う美少女。
・伊集院 千毬 (いじゅういんちまり)
伊集院家の令嬢。他の学童とは一線を画す貴族のような出立と、大きな瞳ながらどこか冷たい表情をもつ。常に腹に一物を置くような一筋縄ではいかない性格。九狼党の❝耳❞である。
・香本 有 (こうもとあり)
沙汰人・置田村中央部・本置田 顧問。藤香のブレーン的存在。若い時は都に住んでいた経験もあり、考え方は至って現代的。しかし、残すべき古い文化は守るべきという側面も併せ持つ。
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和都歴450年 8月1日 昼休み 裏庭
千毬と幸兵衛の話し合いは結果、決裂していた。幸兵衛は丸く収めた風を装ったが、千毬もそんのまま静かにしている幸兵衛ではないこともある程度予想はしていた。
千毬は幸兵衛の様な欲望に駆り立てられると予想外の行動に出るであろう危険因子を、どう収めるかを考えていた。というより、いつ実行するか、だけで、既に考えはあったと言った方が正しい。
千毬は非常に計算高く、また多少のアクシデントも修正と帳尻を合わせ、計画を崩さない。
まず、学童会長となり、九狼党のメンバーになる。その目標の為にも、多少の犠牲も已まない。彼女の次の目的に、幸兵衛が邪魔であれば、いつ❝消す❞かを早めるか、遅くするか、だけである。彼女もまた、手段は政治的であれ、自身の欲望に忠実である点は、ケダモノとそう変わらないともいえるのだ。
「千毬さんどこ行っていたの?」
華が疑問を問う。
「ちょっと学童会のことで。大した話じゃないのに昼休みの時間取らないでほしいわ。」
千毬は愚痴をこぼすふりをして誤魔化した。
「でも千毬さんは凄いよ。目標に真っ直ぐというか、俺も見習わないといけない。」
蓮太が真っ直ぐな目で千毬に言う。
「あ、でも千毬みたいな人は何処か目標の為には手段問わないところ、ケダモノともいえるかもよ?」
稲穂が冗談交じりに揶揄う。
「まさか。俺は千毬さんの鉄の意志は素敵だと思うよ。ホントに。」
「ありがとう、と言っておくわ。」
ー 強ちケダモノともいうのも間違っていない。私は九狼党なのだから。
昼休みが終わる頃、皆がそれぞれの部屋へ戻る。
歩く蓮太を、教室から東雲が眺める。
並ぶ稲穂を、屋上から剛堂が眺める。
続く華を、面談の間から幸兵衛が眺める。
最後に歩く千毬は、羽芝菖蒲・守役とすれ違う。
「伊集院さん?今日の課題終了後、二人でお話しできるかしら?」
「…わかりました。」
「本置田にある茶屋・蓬。そこで待ってるわ。あそこなら伊集院さんも帰宅はすぐ近くでしょ?」
「お気遣い感謝いたします。」
そう言って二人は別れた。
時を同じくして、一方その頃、藤香は栗の母親のいる別宅に、香本とお抱え忍者・霞を呼んで、ある案件について話し合っていた。
羽芝 霞。守役・羽芝菖蒲の妹。姉に負けない忍術と諜報活動能力を持つ。やや近代的・女の子的一面もあるが、忍者としての才は非常に高い。藤香のお抱え忍者。白装束をベースに桃色と青色の花柄が体に巻き付く斬新なデザインの忍び装束を纏う。
「鈴谷殿が置田北部を統括するとなるも、元はあの赤島が治めていた地。予想通り、荒れ放題のようで。」
藤香が香本に愚痴をこぼす。
「まぁ、現状がそうであれば、一つずつ改善していくしかありません。そこは鈴谷殿が中心になってやっていただきたい。無論、我々もお手伝いはしますが、飽くまで鈴谷殿が統治しているのですから。」
香本が現実的なことをいう。
「そうですね。で、霞、実際問題、北部・神奈備の詳細はどうだ?」
「経済的な問題と、治安は鈴谷殿の手腕で僅かながら一定量回復の目途は立つも、厳しい状況です。そこには2つの大きな問題があります。」
「2つか。」
藤香の顔がまた険悪になる。
「1つは官人汚職。ここの官人も八俣の相島たちのように腐りきってます。」
「また官人か。赤島が金で好き放題していたか。」
「というより、官人は赤島会という野蛮組織から金を受け取り、頭があがらないようです。」
「赤島会…笑わせるわね。」
流石の香本も嘲笑した。
「更に面倒なことに、赤島会は、赤島が八俣に異動したことから、5つの大きな組は個々が主張し始め、まとまりはありません。今や赤島会の内乱に神奈備は荒れ狂っています。」
「副統括の神籬は?何をしているのだ。」
「それが、2つ目の問題でして、ここ数か月、姿を見ないという噂。祖柄樫山の山腹近い神社の神主でもあるので、そこへ探しに行くなり、頼りに行く者も姿を消すという、いわば神隠しの様な状態でして。」
「霞は神社までいったのか?」
「いえ、神社へ行くまでに神奈備の街を抜けますので、そこで赤島会と交戦しかけてしまい…」
申し訳なさそうに霞が話す。
「なるほど、でも無事で何よりです。」
香本が即フォローする。
「神奈備は、置田村発足後も山頂に近いから、ほぼ未知の土地だった。無理もない。基礎情報をもっと固めるとするか。」
内政派の新たな問題。それは攻勢派でも粗野で知られる赤島の広げた悪巣を浄化すること。相島の件とはまた別に、問題点が増えていった。
次回2024/12/31(火) 18:00~「第3章・6幕 千毬と菖蒲」を配信予定です。