序章・3幕 逃亡
今回の登場人物
■ ▢ ■ ▢
・桑井 政介 (くわいせいすけ)
相島の部下。貧民だったが、相島に官人として将来を約束されたが…
・大須賀 栃春 (おおすがとちはる)
置田村の刀禰。八俣の刑務長を担当 相島の息がかかっている。
・相島 権作 (そうじまごんさく)
置田村の沙汰人。村東部・八俣の納税管理者。好みの女を襲い、嬲るという異常性癖を持つ。
■ ▢ ■ ▢
「じゃ、今すぐ逃げて、隠し財産のところに…」
「いやいや、待て。最初に財産の場所だ。」
「え?そんなの渡したらまたこのままだろ。」
桑井と大須賀がお金が先かで揉める。
「じゃわかった。1日くれ。俺もお前が投獄中なのに、留守にも出来ない。一緒には無理だ。代わりを用意しなきゃならん。藤香が見に来ると面倒なんでな。」
「そうか、わかった。それなら。」
「じゃ今日は内緒で一杯やるか。」
「わりぃな。」
「その代わり、金は貰うぜ?」
「わかってる、俺も黛村に行けば何とかなる、ほら乾杯…と。」
翌朝、大須賀は来ないまま、一人の官人が来た。
「大須賀さんはまだなのか?」
官人はいきなり独房を開け始めた。
「出るぞ、隠し財産のところへ案内しろ。」
官人が短刀を桑井の腹に当てる。
「妙な真似したら殺して良いと言われてる。」
ゴロツキみたいな顔つきで、とても官人とは思えなかった。桑井自身がそうであるように、同じ匂いを感じた。
八俣まで馬車でくると、ボロボロの納屋に着いた。
「ここにあるんだ。」
「じゃさっさと持ってこい。」
桑井は言う通りにボロ布で包んだ銀貨やらを持ってきた。
「よし、じゃ目立つから行くぞ。」
そのまま桑井らは本置田の牢屋まで戻った。
「おお、無事だったか。」
大須賀が桑井を迎える。
「これで逃がしてくれるのか?」
「まぁ待て、おい。」
大須賀は官人二人を所払いする。
「このまま逃げても危険だろ、夜に俺の馬車で禁足地の吊り橋までは送迎するよ。悪いが俺もそこまでしか出来ない。」
「いいのか?助かる、それなら相島に見つかることはない。」
「ただし、内緒にしてくれ。俺は金を貰ってるからお前さんに付き添うんだ。」
「村を出ちまえばそんな心配もないぜ。」
「まぁそうか。向こうでも直ぐ言うなよ、俺からの最後の助言だ。」
そう決めごとを交わすと、夜になるのを待った。
まもなく日も落ちるという頃。
「大変だ。」
大須賀が、桑井の牢に血相を変えてきた。
「相島さんが来るらしい。馬車もここからは出せねぇ。」
「てめぇ。約束が…」
「わかってる、俺も漢だ、約束は破らん。」
大須賀は牢を開けた。
「悪いが、逃げたことにしかできねぇ、アンタが隠した財産の納屋、その先に馬車を用意した。それでうまく逃げてくれ。」
「いいのか?」
「安心しろ、こっちは巧くやっておくさ。」
「恩は忘れねぇ。」
桑井は礼を言うと全速力で飛び出していく。
納屋に着く頃には辺りは暗く、逃げるには丁度良かった。
桑井は納屋に入るも先程とは別の袋を持ち、馬車まで走る。
「頼むぜ。」
桑井は馬車に乗るなりお願いするとそこには今朝方一緒に納屋に行った官人がいた。見れば桑井の身代わりを演じていた男が馬車を引いている。
「アンタたちか。助かるよ。」
「聞いています、吊り橋までですが。」
「あぁ。俺は桑井。」
「…藤江だ。」
そういって藤江は酒を出した。
「お、ありがてぇ。祝杯ってか。」
「鱈腹あります。直ぐに着いちゃいますので、残りはお持ちいただいて…」
有頂天の桑井は飲む速さを加減しなかった。馬車での揺れも相まって少し足にきた。
「到着です。」
「お、わりぃね。おっとと。」
「大丈夫ですか?」
二人が支えに来る。
「おお、ホントやりすぎちまった。俺も落ち目だな。」
「その通りです。」
藤江らは桑井を持ち上げると、サッと銀貨の袋を抜いた。
「やっぱ、あったよ。」
藤江が悪そうな顔で半笑いする。
「何だお前ら?やめろ。」
桑井は二人に担がれ身動きできない。
「大須賀さんが宜しくってよ。」
「何?」
桑井はゾッとした。
「落ち目なんだろ?桑井さん。吊り橋から落としてやるよ。」
「やめろ、降ろせ。降ろしてくれ!」
藤江らは顔を合わせてケダモノのような顔になる。
「わかったよ、そーれ!」
断末魔と共に桑井は谷川へ落ちていった。
藤江は谷の下を見るなり石を蹴飛ばすと、馬車の方へ歩いて行った。
次回2024/10/6((日)) 18:00~「序章・4幕 相島という男」を配信予定です。