第2章・7幕 美咲の疑惑
今回の登場人物
■ ▢ ■ ▢
置田 籐香 (おきたふじか)
蓮次の妻。器量と度胸に優れ、夫亡き後は置田勢を率いてきた。若い世代を教育後、村を託そうと切に願う。
美咲 園 (みさきその)
若くして蓮次と藤香の側近となり、一揆でも大きな活躍と信頼を得たことで、置田村の乙名として村設立に関わった一人。非常に平和的で、革新的。男尊女卑と古い掟から真っ向から異を唱える。
神無月 紅 (かんなづきくれない)
美咲の目指す平和思想に共鳴し、護衛と助言を担当する。秘八上・顧問の三葉には無い、武勇面を主に担当するが、文武両道の才女。22歳という若さで側近。
水無月 縹 (みなづきはなだ)
美咲のお抱え忍者。紅と同期の22歳で、密偵・諜報・陽動・暗殺をやってのける優秀なくのいち。紅と共に、素手で生き残るサバイバル訓練も受けてきた手練れ。
野崎 飛助 (のざきとびすけ)
置田蓮次の信望者で右腕だった男。蓮次の死後は妻・藤香にも劣らぬ村人を束ね、黛村への侵攻を常に画策している。古き仕来たりを重んじるが故、美咲とは特に馬が合わない。
赤島 猛 (あかしまたける)
飛助に従い、一揆以前から兵士として活躍した男。蓮次と飛助に指名され、乙名に成り上がった。主に飛助の為に募兵や同士を集めている。酒と女にだらしなく、不道徳な男
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乙名の寄合を解散すると、藤香の離れから乙名4人がゾロゾロと出てくる。
庭を出た通りに、それぞれの迎えの馬車が待機している。
「藤香さんは本当に砦に行きたい希望者を募るつもりですか?」
美咲がやや不満そうに話す。
「表立って対立しても仕方ない。それに鈴谷に乙名の枠を譲ってもらった借りはこういう時に返しておく方がいい。」
藤香は自分の算段を話す。
「私はどうも攻勢派の言うことは野蛮過ぎると思います。同じ村の統括者として、許せません。」
美咲の横を歩く神無月紅と水無月縹も、美咲に反応して頷く。
「野崎の言葉を真に受けなくていい。私たちはやるべきことをやるだけだ。野崎を敵に回してはこの村を内政から立て直すどころではなくなる。」
「わかりました。ここは藤香さんの顔を立てましょう。」
「私のことはいい。春浪氏と話し合って決めると良いだろう。」
美咲の馬車まで見送りに来ると、藤香は一礼し、美咲と神無月、水無月も一礼する。
「では、また。」
藤香らより先に離れを出た野崎と赤島は、反対の通りに馬車が待機していた。二人を豊倉が迎えに来ていた。
「お疲れ様です。」
「おう、わざわざ出迎えてもらって済まないな。」
「いえいえ、で、私の乙名への推薦はどうなりました?」
挨拶を済ませて3人が足を止める。
「その話な。まあ、立ち話も難だ。一杯付き合え。」
野崎が言うと赤島も豊倉も頷いて野崎の後を歩く。
野崎らの馬車が料亭・伊佐に到着すると、いつものお得意席へと案内される。
乾杯を済まし、3杯ほど日本酒を進めると、野崎がポツリと話す。
「今回は内政派に乙名枠を譲った。」
「え?」
「豊倉には済まないと思っているが、ここで美咲は兎も角、藤香と正面から争うのも得策ではない。」
「そんな。何かと皆さん藤香には頭があがらないのですね。蓮次さんの嫁だってだけで、同じ乙名でしょう。」
豊倉 完以。置田村南部・日輪の沙汰人で副統括。置田村でも指折りの豪商。出世欲が強く、またどこかケチで、小心者だが、知恵と金銭で権威を取り込んできた男。
「とはいっても、5区に分割される置田村は、未だに藤香の支持者は多い。民政家として支持されてる以上、敵対したら、民も俺たちから離れていくだろう。美咲もああ見えて平和思想を語るから、西側の民は美咲を女神のように敬うしな。」
野崎が現実を受け止めながら話す。
「それなら美咲だって若くして急に乙名になり、ただ平和思想を語るだけで現実は変わらないじゃないですか。」
豊倉は興奮する。
「まぁ、藤香は村の政策を蓮次さんと携わってきたが、美咲は元は村娘だ。コンプレックスばかり主張して、平和思想に染まっちまった哀れな女だよ。」
「でも俺は女としては結構好きだぜ。」
赤島が茶々を入れる。
「好きモンが。」
野崎が揶揄うように返す。
「30過ぎてああいう気の強い女もあまりいないですよ。夜の顔を見てみたくなりますぜ。」
「夜の顔か…。」
「どうかしたんですか?」
呟く野崎に、豊倉が反応する。
「美咲が乙名になったのは何でか知ってるか?」
「え?先の一揆で貴重な情報提供と実践成績だって聞いてますが。」
豊倉が疑問を抱く。
「噂じゃ、密かに蓮次さんの夜の慰みも担当してたらしい。」
ーえ?
「シッ!」
二人が大声を出すと野崎が沈黙を強いる。
「で、でも蓮次さんには藤香がいるし、愛妻家だったはずですぜ?」
「そうですよ、それこそ手柄を挙げたからだろ。」
「バカだな。手柄挙げた奴が乙名になれるか?参謀だった相島も、沙汰人だし、基本、蓮次さんの配下だぞ?なんであの女だけ乙名になれるんだ?おかしいだろ。」
「それが本当なら、藤香はその話知っているのか?」
「さぁな。でも飽くまで噂だ。お前らもここだけの話にしとけよ。」
「はい。」
野崎の美咲に関する噂話は衝撃だった。これに呼応するかのように男の欲情が抑えきれないケダモノがここにいたことを、まだ誰も知らない。
次回2024/12/15(日) 18:00~「第2章・8幕 九狼党・寄合」を配信予定です。