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終章 この味 知るべからず

羆は日本最大の肉食動物である。縄文時代までは本州においてもその生息が確認されるが、寒冷な気候を好む羆は氷河期の終わりとともに北上し、現在ではその生息域は北海道に限定されている。しかし時折見世物にするためなどの理由で京に連れてこられることもあった。そしてそれが逃げ出し、野生化するということも。ある日羆は地面から甘い香りがするのに気がついた。舐めてみると土が混ざって苦かったがそれを遥かに上回る甘味の快感が野性の味覚を刺激した。

(もっと欲しい!)

羆は同じ匂いが道の向こうから風に乗って漂ってくるのに気がついた。ただし人間の匂いと一緒に――。羆とて人間は苦手である、しかしこの甘味の魅力には抗い難い。羆は人間の活動が鈍る夜に水飴を狙うことにした。

深夜、義満邸に近づいた熊はひときわ強い匂いを発する建物、水飴殿に狙いを定めた。この時義満は和尚との会談を終えたばかりであった。厠へ行こうと扉を開けたその瞬間、義満は羆に鉢合わせた。羆は腕の一振りで義満を引き裂くと匂いの元を探して部屋を荒らし回り、ついに婆娑羅の壺を見つけ出した。しかしここは人間縄張り、羆が長居していいところではない。羆は壺を咥えるとそそくさと森へ帰って行った。

続いて水飴殿に義満暗殺を実行すべく坂士仏が現れた。遅効性の毒を数回に分けて飲ませるつもりだったのだ。しかしそこには無惨に殺された義満の死体があった。自分の標的が既に誰かに殺されている。事態を飲み込めずに当たりを見渡すと荒らされた部屋の中に憎き建文帝の国書が見えた。よりによってこれが無傷であることが許せない坂はそれを粉々に破ってしまった。その時床の軋む音に気がつき、坂は急いで扉に閂を掛けた。焦る坂はかつて自分が治療した者がこんな話をしていたのを思い出した。

「義満様の部屋には隠し通路がある」

その者は水飴殿の工事が終わった帰り道、背後から矢を射られたのを命からがら逃げ出したという。坂は、その話のかすかな記憶を頼りに隠し通路を見つけ出した。それは山中の茂みの中に通じていた。


翌日、婆娑羅の壺を舐め尽くした羆は、満足するどころか更に水飴への執着を強めていた。同じ水飴が同じ場所にあるはず――。羆は人間を恐れることも忘れてまだ昼にも関わらず再び義満の屋敷に向かった。

その頃一休らは水飴殿の中で坂の処分を終えたところだった。

「何はともあれ一件落着ですね」

「一休よ、儂はやはり婆娑羅のことが気になるんじゃが」

「どうでもよいではないか、たかが水飴のことなど。――おや、廊下が軋んでおるな」

水飴殿のたった一つの入口の前に、水飴の香りに引き寄せられた羆が立っていた。



京都のある地方では今でもこんな童歌がひっそりと子どもたちに歌い継がれているという。


熊に喰われて一休さん

頓智も熊には歯が立たぬ

熊に喰われて和尚さん

水飴仲間が増えにけり

熊に喰われて将軍さん

京の獣の下剋上

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