婚約破棄された令嬢、「急所は外れてた」「胸ポケットにコインを入れてて助かった」となかなか婚約破棄を受け入れない
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
パーティー会場にて、伯爵家の令息であるマーカス・リンツァーが高らかに宣言した。
この王国では序列が上の貴族が一方的に婚約を破棄することは珍しくなく、この婚約破棄も成立してしまうだろうと誰もが思った。
しかしこれに対し、子爵の娘であり、赤髪で赤いドレスを着たカリーナは不敵に笑う。
「ふふふ……」
「何がおかしい?」
「今の婚約破棄は……無効よ」
「なぜだ!?」
マーカスの疑問に、カリーナが答える。
「わずかに急所を外れていたからよ」
「くっ……! 急所を外れてたなら仕方ない……!」
マーカスは婚約破棄が無効だったことを認める。
「だったら、もう一度だ!」
マーカスはカリーナに指を突きつける。
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
「うぐあっ!」
婚約破棄のショックからか、よろめくカリーナ。
マーカスは破棄できたことを確信する。
だが――
「危なかったわ……」
「え!?」
「胸ポケットにコインを入れていたおかげで助かったわ」
「なにい!?」
得意げにコインを取り出すカリーナ。彼女の笑みと呼応するかのように、コインがキラリと光った。
「くそっ、運がいい女だ!」
「昔から、巷じゃ“ラッキーレディ”と呼ばれていたものでね」
「しかし、もうコインはない……次の婚約破棄は逃れられんぞ! カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
三度目の婚約破棄。
カリーナは大きく後ろに吹っ飛んだ。周囲からも彼女を心配するような声が飛ぶ。
「やった! 破棄できた! ざまあみろ!」
「甘いわね」
カリーナが笑う。
「なにい!?」
「婚約破棄された瞬間わざと後ろに飛んで、衝撃を受け流したのよ」
「吹っ飛んだわけではなかったのか! なんて女だ……!」
またしても婚約破棄は失敗した。
しかし、マーカスも諦めない。四度目の婚約破棄に挑む。
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
威厳のある声と態度で、眼前のカリーナに婚約破棄を申し渡す。
しかし、反応がない。
「……?」
しばらくすると、後ろから声が聞こえた。
「残像よ」
「!?」
後ろにカリーナがおり、前にいたはずのカリーナは消えている。
つまり、マーカスは残像に婚約破棄をしてしまったのだ。当然、婚約破棄は無効である。
「なんてスピードだ……!」
「私をよく知る者は、みんな私を“疾風のカリーナ”と呼んでいたわ」
得意げに異名を披露するカリーナ。
マーカスは奥歯を噛み締めつつ、またしても婚約破棄しようとする。
「今度は残像など出させんぞ! カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
しかし、婚約破棄が成立する寸前、すかさずカリーナは近くにいた令嬢を盾にした。
「きゃあっ!」
「ふふふ、この子を盾にさせてもらったわ」
ちなみに盾にされた令嬢はアロメダ・ブリガといい、茶髪で可愛らしい男爵家の令嬢だった。
マーカスはアロメダと婚約などしていないが、アロメダとの婚約を破棄してしまった。
「すまない、大丈夫か……!」アロメダを心配し、謝るマーカス。
「はい……」アロメダも命に別状はないようだ。
マーカスはアロメダを安全な場所へと避難させる。
そして、カリーナに抗議の視線を向ける。
「カリーナ、近くにいた令嬢を盾にするなど……お前には血も涙もないのか!」
「『盾になりそうなものは、令嬢でも使え』……これがフェルシュ家の家訓よ」
「おのれ! カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
六度目の婚約破棄。
残像ではなく、近くに盾にできる令嬢もいない。今度こそ決まった――と思われたが。
「甘いわね」
「!?」
「この人形に婚約破棄によるダメージを移したわ」
カリーナは自身の持っていた人形を身代わりにしたようだ。
「またしても婚約破棄は無効か!」
「そういうことね」
ここから二人の攻防はさらに加速する。
「ならばもう一度! カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
「このドレスは防弾性、防刃性、さらには防破棄性なの」
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
「バリアを張ったわ」
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
「惜しいわね」
「え!?」
「今、ラインを踏み越えてたわ」
「くっそ~、今のはいい婚約破棄だったのに……無効か!」
婚約破棄には『婚約破棄をした瞬間は一定のラインを越えてはならない』というルールもあったらしい。
こんな具合にカリーナは粘り続け、マーカスは婚約破棄を決めることができない。
そして、ついに――
「カリーナ……俺の体力ももう残り少ない……。次の一撃が最後の婚約破棄となるだろう……」
「ええ、私ももう限界よ……」
「この一撃に全てを込める! 全てを賭けるッ!」
「来なさい!」
いつの間にか、周囲の貴族たちも二人の戦いに見入っている。
「二人ともすごいぞ……!」
「どちらが勝つのか分からないわ!」
「こんな攻防を見られるなんて……今日パーティーに来てよかった……!」
マーカスは呼吸を整えると、全身全霊を込めてカリーナに言い放つ。
「カリーナ・フェルシュ! お前との婚約を破棄する!」
渾身の一撃は――
「ふ、ふふふ……」
カリーナが笑う。やはり届いていなかったのか。
否、そうではなかった。
「マーカス様……見事……!」
カリーナの意識が薄れ、ぐらりと倒れる。
さすがの彼女も、マーカスが全力を費やした婚約破棄は無効化できなかった。
ようやく婚約破棄が成立したのだ。
しかし、マーカスは――
「カリーナッ!」
カリーナの体を抱き止める。すでに意識はない。このままでは息絶えるのも時間の問題だろう。
「カリーナ、死ぬな! 死なないでくれえ!!!」
マーカスの涙が一粒、カリーナの肉体に落ちた。
すると、その涙はカリーナの全身を優しく包み込んだ。
「マーカス……様……?」
「カリーナ! 目を覚ましたか!」
奇跡が起きた。カリーナは一命を取り留めた。
「私……婚約破棄、されてしまいましたね……」
「いいや、それは違う!」
首を振るマーカス。
「え……」
「カリーナ……。お前……いや、君の驚異的な粘りに、いつしか俺は惚れ込んでいた。これほど粘り強い令嬢に、俺は出会ったことがない……!」
「マーカス様、それでは……」
「ああ……結婚しよう!」
「はい……!」
周囲からも歓声が上がる。
一度は婚約破棄されてしまったカリーナだったが、その凄まじい粘りで、見事マーカスのハートを射抜いてみせたのだった。
***
数年後、二人は結婚し、リサリーという娘をもうけていた。
マーカスは領民のためによく働き、カリーナはそんな夫を健気に支え、貴族として充実した日々を送っている。
そんなある日、母譲りの赤毛を持つリサリーが、両親に尋ねる。
「パパ、ママ。二人はどんな恋をしたの?」
娘の問いに二人は考え込む。
「どんな恋か……」
「そうねえ……」
マーカスとカリーナは見つめ合い――
「俺たちの恋は……“しつこい”だったかな」
「ホントよね。“しつこい”だったわ」
当時のことを思い出し、夫婦で笑った。
「しつこい? 失恋じゃなくって?」
意味が分からず、リサリーはきょとんとしていた。
完
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