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幼馴染が僕の知らないところで女になっていた

作者: 井村吉定

「あのね……(ゆたか)、私、あなたのことが好き。幼馴染としてとか、友達としてとか、そういう意味じゃなくて、愛してるって意味で」


 幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染の池坂(いけさか)千裕(ちひろ)に想いを告げられたのは、中学卒業間近の春だった。


 何月何日の出来事かは忘れてしまった。ただ、その時の千裕は過去に見たことがないくらい神妙な面持ちだったことを鮮明に覚えている。


 相当緊張していたのだと思う。千裕の身体はすぐにでも爆発するんじゃないかと錯覚するくらい小刻みに震えていた。


「ごめん……。僕……、千裕のことをそういう目で見れない」


 だけど僕は幼馴染の好意を拒絶してしまった。せっかく勇気を振り絞って告白してくれたのに。


 千裕の想いを受け止める自信がなかった。幼馴染という心地のいい関係から抜け出すのが怖かった。


 それに僕には、千裕とどうしても付き合えない理由があった。幼馴染の好意と比べるとほんの些細なものではあるけれど。


 1つ言っておくと、照れ隠しとか、強がりだとか、そんな思春期にありふれたものじゃない。形容し難い――ある種男の本能的な部分で、千裕を拒絶せざるを得なかった。


「そっか、そうだよね……。私なんかじゃダメだよね……」


 自分のことを卑下する幼馴染を見て、胸が苦しくなった。ただそれでも僕は、首を縦に振ることはできなかった。


 それ以降、千裕と疎遠になってしまった。そしてそのまま中学を卒業し、高校に入学した。


 幼馴染とは同じ高校に通っていたけれど、クラスは違っていた。千裕が高校でどんな人と出会って、誰と友達になったのか僕は知らない。


 とは言え、同じ学年ということもあり、教室も近くにあるので、廊下ですれ違うことも珍しくない。だけど僕は、幼馴染と目を合わせることができなかった。


 顔を見ると、どうしても告白されたことを意識してしまう。だから僕は幼馴染の視界に入らないよう、無意識に千裕のことを避けるようになった。


 当然と言えば当然の成り行きではある。本当の気持ちを知ってしまった以上、無邪気に2人で遊んでいた頃のように付き合うなんて俄然無理な話だ。


 スマホでのやり取りも減った。以前は毎日のように文字で会話していたが、次第に2、3日に、1、2週間に1回になっていき、気が付いたら友達との会話履歴の中でも1番後ろの方になっていた。


 たまに『元気?』だとか、『調子はどう?』だとか、そんな社交辞令的なメッセージしか送られてくることがあるくらいで、『元気だよ』と返して会話が終わる。


 そして高校に入学して1年くらい経った頃、千裕から唐突にこんなメッセージが送られてきた。




『恋人ができました。もう私には話しかけないでください』




 自分の目を疑った。僕のことを好きだと言っていたのに、幼馴染が僕以外の人と付き合うなんて信じられなかった。


 フッておいて烏滸(おこ)がましいのは分かっている。だけど頭で理解していても、ジェラシーを感じてしまっていた。


 何よりショックだったのが、話しかけるなと言われたことだ。


 そもそもここ数ヶ月、僕から千裕に話しかけたことなんかない。話しかけようとしたことすらない。だからそんなことをいちいち文字にして僕に伝える必要はない。


 だが、敢えて記録に残る形で伝えてきたということは、幼馴染は僕に対して、自分の人生に関わってほしくないと思っている。希薄になっていたその関係を、完全に断ち切りたいということだろう。


「…………」


 僕は千裕の決断を受け入れざるを得なかった。結局のところ自業自得、元を正せば幼馴染と距離を置こうとしたのは僕なのだから。


 縁の切れ目と言うべきなのだろうか。メッセージが送られてきてから、僕は千裕とスマホを介してもコミュニケーションを取る機会がなくなった。




「フフフフ」


 ある日学校で見かけた。幼馴染が恋人と思われる男の子と手を繋いでいる姿を。


 不思議な光景だった。僕も千裕と手を繋くことはあったけれど、それとは全く別の雰囲気を醸し出していた。


 千裕はそれ――男性と手を繋ぐこと――が当たり前であるかのように笑顔を浮かべている。だけど、なんと言うべきか、僕の中では違和感しかない。


 そこには、僕の知らない千裕がいた。


 幼馴染が遠い世界へ行ってしまった。今さら手を伸ばしても、決して千裕に届くことはない。


 高校生活で幼馴染の姿を見たのは、それが最後になった。




 それから5年経った。僕は今大学生だ。あと数ヵ月したら、就職活動をしないといけない。


 あれ以来、僕は千裕以外の誰かと真剣に付き合うことができなかった。あれからずっと、なんとなく誰かと付き合って、なんとなく別れてを繰り返すばかりの無意味な日々を過ごしていた。


 この5年、僕は僕なりに前に進もうとした。


 僕にも彼女がいた時期があった、だけど、あまり長くは続かなかった。


 続かない理由は単純。彼女と話している時でも、千裕は今何してるんだろう?――そんなことがふと頭をよぎって、目の前の恋人との会話に集中できないのだ。


 幼馴染のことなんて忘れた方がいいのは理解している。もう過去のことなんだと割り切った方がいいことも。


 それでも未だに考えてしまう。記憶の中の幼馴染の顔が朧気になりかけているというのに、あの時どうしたらよかったかと。




『大事な話があるの』




 そんな中で幼馴染からまた突然メッセージが届く。


 千裕は僕に会って話をしたいらしい。幼馴染は僕のことをブロックしたのだと思っていたけれど、どうやら違ったようだ。


 自分から話しかけるなと言っておいて虫がいい。そんな千裕への苛立ちもありつつも、僕は自分の気持ちの整理を付けるため、幼馴染に会いに行くことにした。


「えっ!?」


 待ち合わせ場所には、今まで1度も会った覚えのない綺麗な女性がいた。


 一体誰だろう……? 僕は幼馴染に会いに来たはずなのに……。千裕の妹? いや、そんな訳ない。彼の妹なら僕が知らない訳がない。

 

「びっくりした? 私ね、女になったの」


「は?」


 僕が彼――千裕を異性と認識できなかったのはれっきとした理由があった。幼馴染は生物学上、僕と同じホモサピエンスのオスに分類されるのだ。


 意味が分からなかった。僕の知っている幼馴染は紛れもなく男だった。なのに目の前にいる人間は女性にしか見えない。


「私ね、今までいろんな男の子と付き合ったの。私のことを受け入れてくれる人なら誰でもいいと思ったけど、やっぱり豊じゃないとダメみたい……。だから私、豊に受け入れてもらうために自分の身体を変えることにしたの」


「それって……」


「この間手術したんだ。他の女の人と全く同じって訳じゃないけど、あれもできるようになったの。だからもう1回言うね。私、豊のことが好き。幼馴染としてとか、友達としてとか、そういう意味じゃなくて、愛してるって意味で」


 千裕――彼女はそう言うと、僕に手を差し伸べた。


 僕は迷わず、その手をしっかりと掴む。彼女が遠くへ行ってしまわないように。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そっちか〜!! ジャンル的には中々悩ましいところだけど。個人的にはいいと思う
[一言] そっち!? 騙された~
[一言] LGBTってただの性癖でしょ?ロリコンとかと一緒。 理解しろって言われてもね…。受け付けない物を受け付けないって言う権利はあるだろ
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