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黒の雷剣、赤き灼刃

作者: 道化者

 その世界には三柱の神が在る。

 超越的な力を誇り、永遠の命を灯し、完全なる存在として君臨した神。

 神の一柱、名を軍神。天上の雷さえも自在に繰り、全てを滅さんとする麗しきモノ。

 神の一柱、名を戦神。絶対へ達す零度さえ意のままに、魂さえも凍て付かさんとす雄々しいモノ。

 神の一柱、名を闘神。爆熱に至る獄炎を従え、あらゆるを飲み込まんと欲せし勇ましきモノ。

 三柱の神、互いを忌み、恐れ、憎み、疎み、妬み、己以外と倒すべく争い合った。

 神は強大な魔力持つ従順な僕を生み、自らを信奉する人間と共に率い、三勢力を築いて三つ巴の戦いを始める。

 大地を荒し、天空を焼き、大海を裂いた争いは壮絶を極め、何時終わるとも知れぬ永き時間を続けられた。

 その戦いは後に、世界を滅ぼす終末の災厄と呼ばれる。


 朱く染まった空には、灰色の厚い雲が立ち込める。

 その下に伸びるのは、地平の彼方まで広がる果てしない原野。

 大地に突き立つ数限りない武器と、夥しい数の異形と、重厚な武装纏う戦士達の亡骸が、何処までも何処までも、広大な世界を埋め尽くしている。

 ごく近い過去、異なる神を頭と頂く三つの軍勢が、膨大な犠牲を払いながら激闘を繰り広げた戦場跡。

 荒廃した風が吹き、血と肉と金属、そして死の臭いを運ぶ。

 一陣が抜けると共に、砂塵が原野に薄く逆巻く。その中を進む、一つの人影が在った。

 荒砂を越えて現る姿は、黒いコートで身を包む。連なるフードは目深に被られ、その顔を外には知らさない。

 黒革の手袋と、黒塗りのブーツ、全身を黒一色で固めた奇異な者。

 唯一、首から提げたペンダントのみが、不確かな陽光に銀の輝きを返していた。

 黒いコートの井出達で、彼の者は屍山と化した平地を踏む。

 早くもなく遅くもなく、変わり映えのしない同じ歩調で、死臭の漂い満ちる原野を真っ直ぐに。

 幾分強さを増した風が、進むコートの裾を揺らした。立ち昇る異臭が、その濃度を増す。

 死した者達幾千幾万の怒り、嘆き、恨み、呪い、それらが風に融け、己等の対極に在る生者へと襲い掛かっているかのよう。

 それでも、黒コートの歩は緩まない。僅かにも、微かにも。

 コートの者はただ黙して、前だけを見詰め進み続けた。纏わり付く、怨念呪情を意に介さず。

 足を踏み出す度に靴底が大地に擦れ、乾いた土からささやかな砂利音が響く。

 それ以外では、風に靡くコートの端々より零れた微細な音のみが、無音に近しい世界を走っていた。


 いったいどれ程の距離を歩んだだろうか。

 黒いコートを着た者のフードに隠れた視界の先、揺らめく陽炎の彼方へ別なる影が映り込む。

 その影は動かず、同じ場所に佇んでいるようだった。

 黒コートは変化に縁遠い歩を維持したまま、陽炎を目指して踏み込んでいく。

 前へ前へと押し出される足に合わせ、遠くあった景色は傍へ寄り、先の情景は背後に流れた。

 それを更に暫く続けると、面前の陽炎はたゆたうヴェールを静かに晴らす。

 解かれた揺らぎの狭間より、露に浮き出た一つ影。

 風受けるフードの前に晒し出されたのは、全身を真紅の甲冑で覆う騎士だった。

 紅の具足は爪先から腰までを護り、同色の鎧は上半身を完全に隠す。空の色に近しい篭手が指の先より肩までを閉ざし、血を連想させる緋の兜は頭部の全てを包んだまま喉下へと伸びた。

 素肌を一部とて覗かせぬ完全な全身鎧。余分な装飾を経ず、着用者の体に密着したようなそれは、重厚さよりも不思議な身軽さを感じさせる。

 見事なまでの全鎧を纏う騎士の右手には、一振りの剣が見えた。

 刃渡りにして100cm、灼色の刀身は片刃。中程で湾曲し、40度角でしなり側に反り返る刃は肉厚。

 柄は大凡片手分。一手で握れば幾許かの余裕はあるも、両手で掴める程にはない。

 柄頭まで伸びた金細工の護拳、同材で設えられた鍔が弱い輝きを返す。

 真紅の騎士をフードの下より正面に見据え、10m程の距離を保った所で黒コートは歩を止めた。

 その存在に気付いている騎士も、開けられた距離を埋めるでなく佇んだまま、相手へと顔を向ける。

 死が満ちる原野の只中に、両名は視線を交え立ち会っていた。


「血塗られた騎士……闘神の信徒だな」

 暫しの睨み合いを経、黒コートが口を開く。

「……」

 感情の段丘を感じさせない平静とした問いに、騎士はゆっくりと一度だけ頷いた。

 傾けられる兜の動きをフード下より捉え、黒コートは右手を空へ向けて掲げる。

「言わなくとも知れているだろう、我が主は軍神」

 そう口にした瞬間、天に雷が走り、掲げられた黒コートの手に一本の落雷が落ちた。

 雷は掌で眩い輝きを灯し、しかし直撃者の全身を襲う事無く、手の中に留まっている。

 時間にして1秒あるかないか。次には落ちた雷が形を作り、全長120cm程の幅広刃を備えた直剣となっていた。

 その刃は白亜。中央より二股に別れ、握りは片手用。鍔と護拳は白い鳥類の翼を模した形である。

 剣は誕生と共に切っ先より小さな雷を放ち、それが左手へと吸い寄せられた。掌に小さな雷火が触れた直後、其処にもまた剣が形作られる。

 長さは右手側と同じ。全体は漆黒で、刃の片面が櫛型の凹凸をした独特の形状。柄の長さは同じく片手へ限り、鍔と護拳の形状が黒い蝙蝠の羽根へ似ていた。

 両手に剣を掴んだ黒コートは、左腕を肩の高さ、右腕を胸前に構え、僅かに腰を落とす。

 左右の足を前後に開き、フードの下に照る瞳へ、騎士への明確な戦意を宿した。

 それが合図であるように、騎士が動く。

 具足に覆われた両脚で大地を蹴り、鎧に身を包んでいるとは思えぬほど軽快に、素早く、黒コートへと迫った。

 僅かな土煙のみを先の立ち位置へ残し、相手側へ肉薄した真紅の騎士が、灼剣を掴む右腕を斬り下す。

「ふッ!」

 黒コートは小さな呼気と共に、その斬撃を左手の黒剣で受け止めた。

 二つの刃がぶつかり、一瞬の内へ火花が散る。

 腕に掛かる予想以上の圧力に黒コートは口許を結び、すかさず右腕を振るった。

 白い双刃が風を割り、騎士の胸部を切り裂こうと走る。

 だが騎士は切っ先が鎧へ触れる直前、振り下ろした腕を引いて一足跳びに後退した。

 これによって白剣は獲物を得ず、何も無い空間を駆けたのみ。

「逃がしはしない」

 黒コートは飛び退いた相手の動きを捉えるや、目的を終えぬ右剣に制動を掛け、腕動の停止と共に走り出した。

 こちらも騎士に負けず劣らずの高速。交互に繰り出される足は、踏み固まった土を踵後へと蹴り去り、騎士への間合いを短秒で詰める。

 刃の有効範囲に相手を収めるた時、黒コートは左の黒剣を逆袈裟に斬り上げた。

 騎士は灼剣を縦に構え、放たれた初撃を防ぎ、いなす。

 走った衝撃を足に力込める事で殺し、騎士は己が身の反り返りを許さない。

 一方で黒コートは右の白剣を逆手に持ち変え、相手の腹部目掛けて振るい抜く。

 タイミングは確定。剣速も申し分ない。

 だが騎士はそれを予期していたように灼剣を自身の前面で落とし込み、間直まで迫った白刃へ切っ先を叩き込んだ。

 騎士の剣端が黒コートの剣腹を押さえ下方へと突き込んだ事で、黒コートの白剣は動きを止められる。

 それにより生じる僅かな硬直。騎士はこれを逃さない。

 右脚を振り上げ、剣と剣の合間を縫って蹴撃を繰り出した。

 真っ直ぐに伸ばされた脚部が黒コートの鳩尾を捉え、これに強烈な衝撃を加える。

「くッ」

 僅かな苦悶を口端より零し、黒コートは幾許か後方へと押され滑った。

 足下からは土煙が噴き、土を捲り上げながら、自己の意思に反して後退させられる。

 半瞬後、再び攻め手に転じた騎士が駆け込み、灼剣を横薙ぎに打ち出した。

 目では捉えきれない。黒コートは感覚と反射によって右腕を伸ばし、握る白剣でこれを受ける。

 片手を伝い抜ける衝撃が先刻の蹴箇所を刺激したが、その痛みを押して左腕は反撃へ挑んだ。

 正面部からの突き込み。

 最短距離を抜け、黒剣が騎士の肩を狙う。

 しかし騎士はしなやかな動作で上体を横合いへ逸らし、刃の軌道より身を逃がした。

 空を貫く左腕。だが黒コートは右腕の剣にて斬り上げを行い、二度目の反撃を相手に行わせない。

 走る刃を目前にして、騎士はまた数歩後ずさる。回避直後に反攻へ至れなかったのは、黒コートの狙い通り。

「まだだ」

 そこへ来て、黒コートは踏み込んだ右足を基点に、左脚で地を蹴り全身を捻った。

 それはそのまま回転に繋がり、避けられた左腕を再び攻撃軌道へ乗せて繰り出す。

 頭部を狙った斬り薙ぎ。

 騎士は首を限界まで引き、眼前に切っ先をやり過ごす。

 其処へ即座に見舞われる右腕。伸ばし走った白剣は騎士の胸部を狙った。

 相手の反応が決まる瞬拍の間。僅差で剣は予定進路を横切り、騎士の鎧が胸板部分を真横に裂く。

 黒コートの手へ確かな手応え。鋼が硬質な物体を傷付ける異音が響いた。

 鎧に明確なダメージを負った騎士は、よろけるように一歩下がり、その場で踏み止まる。

 連撃を終えた黒コートは左脚を踏み込み、振り抜いた剣を腕と共に止めた。

 フード下の見えざる瞳が、直視してきた兜の奥瞳と三度ぶつかる。

 空中で交じり合う双者の視線。その瞬間、大気が震え、場違いな熱気が両勢の間を過ぎった。


「滾る炎、爆熱は我が許にあり、共に吼えたてん」

 真紅の騎士が、兜の中で静かに詠う。

 その声に合わせ、腰溜めに構えられた騎士の左手へ、赤熱の火球が出現した。

 最初は小さな炎。それは直ぐに膨張、拡大し、篭手に閉ざされた掌全体に広がる。

 火球の周囲では赤色の炎が油膜のように流れ、その中心で高熱の昂ぶりが燃え盛っていた。

 これを捉えた刹那、黒コートは全身を使い転がるように横へ逃れる。

 ほぼ同時、騎士は左手を突き出し、一声を放った。

「燃えろ!」

 騎士の左手に生まれていた火球が、声と共に飛び出す。

 空気を焼き、風を穿ち、拳程の火球は虚空へと躍り出、遥かな彼方へと瞬きの間で吸い込まれていった。

 間一髪の所で黒コートは火球の軌道より我が身を外し、幾らか横方で体勢を立て直す。

 だが反撃行動に移る事は許されない。

 騎士の左手には再び同様の火球が生み出されており、その狙いが黒コートへと定められているからだ。

「……共に吼えたてん。燃えろ!」

 腕を突き出し騎士が叫ぶ。

 二発目の火球が掌より放たれ、黒コート目掛けて一直線に向かい飛んだ。

 狙われた側は相手の声とタイミングを同じくして、現在位置の外側へと肩より横転する。

 僅かの差を以ち、黒コートを捕え損ねた火球が宙空を横切った。

 繰り出された炎球は極短時間で遠方へ去り、その先で地面に触れて爆発する。

 一瞬だけ周囲を赤く照らした後、火球との接触面に半円形の炎膜が広がった。熱波が波紋の如く空間を走り、散乱する魔獣や戦士の遺骸を灰と化す。

 離れた後方で起こる灼熱の破壊行を背中越しに感じながら、黒コートは地面に片膝を付いた状態で騎士を見た。

 真紅の鎧に身を包む彼の者は、何も持たない左手にまたしても大きな力を集め始めている。

 己が身に内在する魔力を操り、それを変換して様々な事象を体現する業、魔法。

 騎士が用いたのは、魔力を爆熱のエネルギーに昇華して操る炎の魔法だった。

「熱獄の顎、開く先にて我が身を介し、新たな秩序に終わりを導く」

 騎士は黒フードを視界に収めたまま、魔力の変換作業である詠唱を行う。

 左手には先刻よりも熱く、激しい、強大な熱気が留まり、目に見えて判るほど渦巻いていた。

 黒コートは騎士へ生じる魔力の運びを危険と見なすや、両脚で地を踏み拉き、一気に後方部へと飛び退る。

 黒き裾をはためかせコートの者が退がったと同時、騎士の手にも新たな魔法が完成した。

「果てて消えるが其の定め、受け入れ断たれよ!」

 詠唱の結びを以って、騎士は魔力集う左手を足元に叩き付ける。

 緋色の光が弾け、それまで滾っていた魔力が大気中より消えた。かと思えば、騎士の直ぐ前の地盤を砕き、吹き飛ばして、巨大な火柱が天へと伸び立つ。

 まるで溶岩が噴き上がったかのような圧倒的熱量と破壊の力を伴う火柱は、地面から迫り上がった一本だけではない。

 最初の火柱が後ろの地面からも、その後ろからも、更に後ろからも、次々と地面を砕いて伸び上がった。

 巨大な火柱は止まる事無く隆起を続け、黒コートを目指し驚異的な速度で連なり進む。


「チィッ」

 忌々しげに舌打ちを零し、黒コートは迫り来る火柱から逃れるべく、横合いへ飛び退いた。

 しかしその動きに合わせて噴き上がる火柱は進路を変え、地面を焦がし焚きながら黒コートに追い縋る。

 治まる気配の無い火柱を見詰めたまま、黒コートは大きく跳躍して後ろへ逃れた。それでも騎士の放った魔法は諦めず、執拗に距離を縮めんとす。

 どれだけ距離を取っても火柱からは逃れられない。

 互いの距離は着実に縮まり、爆炎の大噴は進路上にある全てを飲み込み、焼き尽くし、無慈悲且つ無感動に走り続けた。

 獲物の動きに従じて変幻自在に軌道を変える炎の、果てしない熱量が原野の空気を乾かす。

 無数に突き立つ武器達は火柱が接近すると融解し、複雑な色合いをした液状に変じて幾つもの溜まり場を設けた。

 それらをフード下より捉え、炎柱から逃れんと苦心する黒コート。

 その意識が、不意に頭上へと向けられる。

 フードが微かに上向いた時だった。上空から真紅の騎士が、黒コート目掛けて落下して来る。

 咄嗟に左右の腕を動かし、白と黒の双剣を頭の上で交差させた。直後、二つの刃が重なり合う接点へ、騎士の振り下ろす灼剣が激突する。

 盛大に散る火花。落下速度を加味された強力な斬撃に、黒コートの両脚が僅かばかり地面へ減り込んだ。

「おのれ……」

 鬩ぎ合う刃の合間より、黒コートが騎士を睨みつける。

 兜に遮られ、その表情は判らない。しかし顔半分を保護するバイザーのような面具部の奥で、相手も己を見ているのを感じられた。

 交差させた剣と、その狭間に打ち込まれた剣。黒コートはこれを押し返し、騎士は先を目指して押し込む。

 三つの刃が凌ぎを削り、両者は膠着状態へ陥っていた。

 だがそれは直ぐに破られる。

 騎士の開かれた左手に、またも火球が作り出されていたからだ。

「滾る炎、爆熱は我が許にあり、共に吼えたてん。燃えろ!」

 剣を繰り出したまま、騎士は左手に生じた火球を、黒コートの顔面へ撃ち込む。

 対する黒コートは動く事が出来なかった。

 面前で爆ぜた爆熱が衝撃となって全身を襲い、絶大な破壊力を叩き付けられ、黒コートは盛大に吹き飛ぶ。

 己が意思に反して空へ投げ出された体は風の中を滑り、そのまま飛ばされた先で、大地を突き破る巨大な火柱に飲み込まれた。

 噴き上がる激熱の放流が黒コートを捕え、内側にて炎獄の洗礼を浴びせ掛ける。常人なら一瞬で灰塵と帰す熱焦に晒され、耐え難い業火へ押し付けられた体が絶叫と共に燃え立った。

 しかし黒コートの体は尽き果てない。

 必焼の猛火と直面しながら、情け容赦なく紅蓮の絶舌に舐め取られながら、それでもこの超熱量に耐え切った。

 致死の炎に命を溶かさぬ黒コートは、天へ向かい伸び立つ火柱の流れに乗って、頂上部から外界へと放擲される。

 全身から黒煙を噴き、けれども原形を留めたまま、黒コートの者は大地へと、うつ伏せに叩き付けられた。

 着込むコートは随所が焦げ、幾多の煤を付けてはいたが、何処も焼けてはいない。最初の形状を保ったまま。

 騎士は自身の放った魔法に直撃しながらも生きている相手を見て、剣を握る手に力を込める。

 倒れ伏したまま動かない黒コートを真っ直ぐに捉え、騎士は走り始めた。数歩目で脚力の限りを尽くし、大地を渾身の力で蹴って高らかく跳躍する。

 それは先刻、火柱の魔法を撃った後に試みたものと同じ高さに達し、最高点に至ってより一気に落ち行った。

 狙いは無論、今は動かぬ黒コートである。

「我が手に集いて、荒れ狂い給え、雷鳴よ」

 伏したまま、黒コートが呟いた。

 次の瞬間、彼の者はフードに隠れた顔を上げ、右手を騎士へと翳す。

「轟け!」

 その声と共に、掲げられた黒コートの手より紫電の雷が吐き出された。

 雷撃は電速で宙を駆け、向かい来る騎士へと襲い掛かる。

 だが騎士はこれを、右手の剣で受けると同時に斬り裂き、打ち消した。

「明滅せよ、噛み砕けよ、叩き潰せよ、それが我が意、汝の意、我等が願い、成す術し。果て!」

 黒コートは続け様に詠唱を経て、右手を握り込んでは拳を作り、それを振り下す。

 と、同時。空が一度瞬き、轟音を伴って巨大な落雷が降り注いだ。鮮烈な破壊の雷動が天を裂き、遥か上空の彼方から騎士へと直撃する。

 雷轟はそのまま大地へと誘われ、撃たれた騎士諸共地上へと一瞬で落ちた。衝撃と震動が原野を揺すり、落下地点に大きなクレーターを穿つ。

 それを見ながら上体を起こす黒コートは、黒々とした噴煙の中に、よろめきながらも剣を支えとして立つ騎士の姿を認めた。

 その後は、フードの下で最初の呟きを繰り返し、右手を騎士へと再び向ける。

「轟け!」

 発言は雷を黒コートの手より放たせ、直進する雷光が、今度は確実に騎士を撃った。

 鎧の上から全体を駆け巡り、飛び跳ねて暴れ回る雷を受け、騎士は遂に膝を折る。

 これを捉えた黒コートは素早く起き上がり、両手の剣を握り込んで駆け出した。

 些か軽快さを欠いてはいるものの、それでも迅速に、騎士を目指し前傾姿勢で一直線に走る。

 騎士は相手の接近に気付いていながら、二度に渡る雷撃のダメージによって上手く動けない。

 何とか剣を構えようとするが、腕が笑って力が入らず、これを持ち上げる事が出来ないでいた。

 その間にも黒コートは騎士へと近付き、双方の距離が目測で大凡が割り出せる程迫る。

 見る間に距離を詰めた黒コートは、自身の行動可能範囲に騎士を収めた時、最後の一歩を踏んだ。

 それが両者の最接近を成す。


「これで最後だ」

 黒コートは両腕の剣をクロスさせ、これを振り抜き、騎士の脇を越えた。

 大地に膝を付く騎士。その背方に立つ黒コート。

 背中を向け合ったまま、両者は動きを止める。

 暫しの後、騎士の兜に亀裂が走り、これが割れた。

 剣戟の形に傷を得て、寸断された兜。その破片が騎士の足元へと落ちる。

 この時、強い一風が原野に吹いた。

 その風を受け、兜の下にあった騎士の碧髪が靡く。

 緋色の髪留めを使い、後ろで結わった髪。それは項下まで伸び、風に晒され静かに揺れた。

 流れる風を頬に受ける顔。露になったそれは、少女のもの。

 年の頃は17、8歳だろうか。蒼い瞳、細く通った鼻梁、桜色の小さな唇。整った顔貌は清廉にして可憐。

 その顔を見る限りでは、とても剣を手に走り回っていたとは思えない。

 そんな少女が、真紅の鎧を纏った騎士の正体。

 神秘的な雰囲気を帯びるその少女が、ゆっくりと立ち上がる。

 黒コートは相対者の動きに気付いて、振り返った。

「女?」

 少女の姿を見、黒コートはフードの下で目を細める。

「血塗られた騎士が女だったら、どうだと言うの? 黒の死翼」

 敵対者の言葉に芯の通る声で問いを返し、少女は顔を相手側へと向けた。

「お前は……」

 少女の顔を前にして、黒コートはその名を口にする。

 先刻から吹き続ける風を挟み、二人は見詰め合った。互いに叛意と敵意を、双眸に宿させて。

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