祖母から相続したお店がとんでもなかった件について
初投稿です。
まだまだ右も左もわからないひよっこです。
ぜひとも優しくしてください……。
今日からここが、小さいながらも自分の城だ。
結珠は店の中を見渡して微笑んだ。
今、結珠がいるのは、先日亡くなった祖母がやっていた店の中だ。
祖母の遺言書にこの店を、結珠が相続するようにと記載されていた。
親戚一同が集まった遺言書の公開に、両親とともに参加していた結珠は驚くと同時にとても光栄に思った。
祖母は資産家で、様々な不動産や資産を所持していて、相続した店もそのうちのひとつだったのだが、この店は完全に祖母の道楽で、建物も古いし、土地も不人気の場所にあったため、親戚一同の間では、誰も引き継ぎたくない物件第一位だったのだ。
それを体よく結珠に引き取らせることに成功した親戚たちは、満面の笑みだったという。
あまり仲良くもない従兄弟たちも、不良物件を相続することになった結珠を笑っていたが、当の本人である結珠は全く気にしていなかった。
結珠は、祖母のこの店が好きだったのだ。
そもそも店は結珠の家から近く、祖母は晩年、ほぼこの店に住み込み店を経営していた。
祖母の店はご近所からは『魔女の店』と呼ばれ、よくわからないガラクタが売られていたが、そんな品々を結珠はとても好ましく思っていた。
イヤリングやネックレス、ブローチなどのアクセサリー類や、古めかしいランプ。杖のようなものや、観葉植物。祖母が自家栽培していたハーブ類。
どれも結珠の心をときめかせるようなものばかりだった。
そんな祖母の影響か、結珠もハンドメイド雑貨に興味を持ち、色々作るようになったのだ。
今では粘土細工やシルバークラフト、レジンにプラ板など、扱う材料は多岐にわたっていた。
そんなこんなで、不良物件に近かった祖母の店は、土地と建物と中身の家具と店の品ひっくるめて結珠のものになった。
実際は、土地以外ほぼ資産価値はなしと判断され、社会人として数年働いた結珠でも払える金額の相続税で、結珠の城になったわけである。
心優しい両親は、不良物件を本当に相続するのかと心配していたが、結珠は喜んで引き受けた。
そもそも結珠のハンドメイド作品はネットで販売していたのだが、なかなか好評で、これを機に退職してもいいかなと思っていたくらいだったのだ。
多分こういうきっかけでもないと踏み切れなかっただろうからと一念発起して、仕事を辞め、居住可能なこの店へと引っ越してきた。
いざとなったら実家も近いし、何とかなるだろうと楽観的に物事を進めてしまったが、まあ頑張るしかない。
「こんな感じでいいかなー?」
元々祖母が置いていた品と、結珠が新しく作った品を並べて終えると、結珠はお気に入りのステンドグラス風の扉にかかっていたクローズの札をオープンへとひっくり返した。
いよいよ店のオープンである。
最初は客も来ないだろうと踏んでいる。
SNSでは実店舗のオープンはお知らせして、反響もあったので、週末には誰か遊びにきてくれるかもしれない。
そうのんきに思いながら、結珠は店の片隅にあるミニキッチンで紅茶を淹れはじめた。
ポットにお湯を入れるとふわりと良い香りが鼻をくすぐる。
時間通りに蒸らしたお茶をカップに注いで、お茶を飲んだ。
仕事にハンドメイド趣味にと明け暮れていたので、こんなゆったりとした時間は久しぶりだ。
さて、客の第一号はいつ来るだろうか。もしかしたら、今日は誰も来ないかもしれないなんて思っていると、扉が開く音がし、続いてベルの音がした。扉の上には古めかしいベルがついていて、開閉でベルが揺れて鳴るのだ。
(……ついに来た! 第一号のお客さん!)
結珠はカップをカウンターに置くと、店内に顔を向けて、にこやかに挨拶をした。
「いらっしゃいませ! ごゆっくり御覧ください!」
笑顔で客に声をかけたが、結珠は固まった。
店内に入ってきた客が金髪碧眼の美少女だったのだ。
(うっそ! 外国人!? え、私の英語力皆無なんだけど!)
焦るのも仕方がない。ネットショップでも顧客は日本人ばかりだったのだ。外国人とやり取りなんてしたことがない。
もしかしたら、喫茶店と間違えて入ってきてしまったのかもしれないと結珠は慌てた。
「あ、あの!」
「あら? リーナじゃないの?」
「ふぁ!?」
金髪碧眼の美少女はいきなり日本語で話しかけてきた。
リーナ? リーナって誰!? と思ったが、祖母の名前っぽいことに気づく。最も祖母の名前は璃奈で、リーナではないが、外国人が発音するとそうなってしまうのだろう。
「リーナはどこ?」
美少女に再度問われ、結珠は慌てて口を開く。
「あ、あの……祖母のことですか?」
「祖母? あなた、リーナのお孫さんなの?」
「は、はい……。あの、祖母は先日亡くなりまして……私が遺言でこの店を継いだんです」
「え? リーナ、亡くなったの? いつ?」
結珠の言葉に、美少女は目を見開いて驚いた。
「えっと……半年くらい前です。病気だったのを隠していて……突然……」
「そう……。最後に会ったときに、顔色が悪い気がしていたんだけど、やっぱり病気だったのね……」
美少女は祖母が患っていたことを何となく察していたらしい。
「それで、あなたがこの店を引き継いだのね」
「あ、はい。諸々の相続と新しい商品を揃えたりして、今日改めてオープンしました」
「なるほど。あなたが言うリーナが亡くなった時期のちょっと前から、ずっとこの店が閉まっていて、今日久しぶりに来てみたらお店が開いているじゃない? ようやく再開したんだと思って入ってみたのよ。そうしたら店主が変わっているなんて……」
どうやらこの美少女は、祖母の店の常連だったようだ。
結珠はぺこりと頭を下げた。
「あの……祖母の店を愛してくださって、ありがとうございます。祖母と同じようにはいかないかもしれませんが、私も祖母の店が大好きで、なるべく同じような雰囲気を保てるように頑張りますので、ぜひこれからもご贔屓に!」
「そう……。じゃあ少し店内を見させていただきますね」
「はい! どうぞごゆっくり!」
そういうと美少女は、店内を見回り始めた。
結珠はカウンター内へと戻る。
置いたカップを再び手にして、ノートを開いた。
そのノートは、結珠のデザイン帳だ。
ここに思いついたハンドメイド作品の大まかなデザインなどを描いている。
美少女を見て、インスピレーションを刺激されたのだ。彼女にならこんなシルバーアクセサリーが似合いそうというのを思いついたのである。
シャーペンを手に取り、ぼんやりとデザイン画を描いていく。
しばらくデザインに没頭していたが、ふと何かに気づいて顔を上げた。
すると美少女は信じられないような顔でこちらを見ていた。
「あの……どうかしましたか?」
結珠に声をかけられて、美少女が反応する。
「ちょっと! あなた!」
「は、はい!」
美少女の真顔は怖い。いきなり声をかけられて、結珠はびくっと肩を揺らす。
「こちらのアクセサリー! どこからの出土品なの!?」
「出土品? そんなのあったかな?」
アクセサリーは元々祖母が店に並べていたのと、結珠が作ったものと二種類ある。
祖母が並べていたものだと、どこから仕入れたのかはいまいちわからない。
美少女が手にしていたアクセサリーをのぞき込むと、それは結珠が作ったペンダントだった。
「あ、それ。出土品? じゃなくて、私が作ったやつですね」
「作った!? あなたが!? え!?」
今度は美少女がびっくりしている番である。
あまりの驚きっぷりに結珠もびっくりする。
「ちょっと! あなた、お名前は!?」
「名前? えっと……結珠ですけど……」
いきなり名前を問われ、結珠は戸惑いながらも名前を告げる。
「ユズ! あなた、大魔女なの!?」
「はぁ!? 魔女!?」
いきなり突拍子もないことを言われて、結珠はさらに驚く。
「リーナも力のある魔女だったけれど、あなたそれ以上じゃない! さすが、リーナの孫ってところなのかしら?」
「へ? おばあちゃんが魔女?」
確かに祖母の店は『魔女の店』なんて呼ばれていたっぽいが、まさか第三者から本当に魔女と言われるのはさすがに驚く。
「ちょ、ちょっと待ってください! おばあちゃんが魔女?」
「リーナは魔女でしょう? この店だって『魔女リーナの店』じゃない」
「え? 魔女の店ってマジな話だったの? てっきり誰かがからかっているんだと……」
結珠の答えに美少女は頭を抱えた。
「リーナも何だか色々疎かったけれど、ユズはリーナに輪をかけて酷そうね……」
「どういう意味?」
「本当のところを言うと、リーナも魔女としての自覚が薄かったのよ。すごいって褒めても本人は道楽でやっていることだからって」
「あー、それおばあちゃん、よく言ってました。道楽だから、自分が好きなものを店に並べるんだって。それで気にいってくれた人がいるんなら、それが道具と人の縁だからって」
「……あなたにも同じことを言っていたのね。だから自覚がないのか……」
美少女は深いため息をつく。
「とにかく! 今のままだと、そのうちあなたが危険にさらされる可能性があるわ! 大魔女だって自覚を持ちなさい!」
「は!? いきなりそんなこと言われても……何がなんだか……」
結珠は美少女の剣幕にたじろぎつつも戸惑いを隠せない。
祖母の店を継いだら、名前も知らない初対面の金髪碧眼美少女に「あなたは大魔女だ」なんと言われても、どうしたらいいのかわからない。
あまりにも結珠の常識とかけ離れている。
しかし結珠はまだ知らない。
この美少女は外国人などではなく、異世界の凄腕魔法師であること。
祖母から継いだ店は、異世界と繋がっていて、主要な客層は異世界人ばかりだということ。
そして結珠が作るハンドメイド作品が、異世界ではとんでもなく貴重な魔法道具に値すること。
不良物件だと思っていた店は、祖母の評判と結珠の作品も相まって、とんでもない富を生む金の卵であること。
自分の城をオープンさせた初日の結珠は、これから毎日が驚きの連続となるのである……。