欲するものは手に入れる
18:00ぐらいに投稿した前話を読んでから読んでください。
「先ずはおめでとうという言葉でも贈っておこうか。Ms.ジェーン」
「あら、それくらいの建前は言えるのですね。感心しましたわ」
男達に案内された場所には一見すれば、荒くれ者達を束ねている長とは思えないほど紳士的な皮を被ったモノクルが特徴的な細身の男で、彼は対面のソファに座るミリアリアに対して本心を隠し賞賛を贈ったが、ミリアリアからすればその程度の腹芸飽きるほど見てきた為、あっさりと見抜かれ嫌味を返されていた。
「……なるほど。そういう態度なら此方も礼儀を払う意味はないな。テメェ、何が目的だ?賭場のルールがわかんねぇ訳じゃねぇだろ」
そんなミリアリアの態度に人当たりの良い笑みを浮かべていた男は、あっさりとその本性を剥き出しにし彼女を睨みつける。だが、そんなのはどこ吹く風か。ミリアリアはスラっとした綺麗な足を組み替え、堂々とした態度のままにっこりと微笑む。
「目的ですか?簡単な話ですわ、エリ・ミクラの力を実際に確かめに来たのです。噂では聞いていましたが、彼女の強さを体感してみたくて」
そう返すと男は一度目を瞑り、考えた後に口を開く。
「つまりなんだ、単なる腕試しって訳か?」
「いえいえ違います。そんな無駄な時間を過ごす訳ないじゃないですか」
男の返答の何が面白いのかミリアリアは、ケラケラと笑い出す。当然、彼女を取り囲んでいる男達は良い思いをする訳がなく、室内は殺気に満たされていくのだがそれでも笑いを止めることはない。男達の首領、グレム・ラングレーはその異質さにこの場の誰よりも気が付き、無意識に唾を飲み込んだ。
「──エリ・ミクラをわたくしに下さいな。それがわたくしの目的です」
「なっ──!?」
笑いを辞めたかと思えば自らが所有する駒の中で最も有用なエリ・ミクラを欲すると呆気からんに宣言したミリアリアにグレムは言葉を無くす。この女は状況が分かっているのか?と考えるが、直後にエリ・ミクラとの試合で神出鬼没の動きを見せていた事を思い出し、思い止まる。裏世界で一つの賭場を仕切るまでのし上がった男だこの程度の危機管理能力は有していて当然である。
だが、周りにいる男がソレとは限らない。
「テメェ、あんまし舐めたこと言ってんと!」
「やめろボブ!!」
「止めないでくだせぇ頭ァ!一度痛い目に合わせねぇとこの女、つけ上がりますよ!!」
グレムの静止虚しく、大きく振りかぶった拳がミリアリアへと迫っていくが次に聞こえたのは肉を殴る音ではなく、その腕があっさりと掴まれ、ボブの巨体が地面へと叩きつけられる音だった。だが、ミリアリアはソファに座った所から一歩も動いていない。いや、正確に言えば手すら動かしていない。
「全く、落ち着いた会話すら出来ないのか?」
さも当然の様にいつの間にか部屋に入り込んでいたファウストがミリアリアを庇ったのだ。しかも、肩にはエリ・ミクラが担がれており、ボブの巨体を片手で投げ飛ばした事が分かる。
「……どっから入ってきた?いや、そんな事はどうでも良い。何故、うちの商売道具を当たり前の様に担いでいる?」
グレムがそう問い掛ければファウストは鼻で笑い、担いできたエリ・ミクラをミリアリアへと預けその隣に偉そうに座った。
「手荒に運んで来ましたのね。まだ、起きてないじゃないですか」
「俺がやった訳じゃない。赤字がよほど、気に食わなかったんだろうなぁ?すぐに行ったが、随分とこの女を虐めていた様だぞ」
「あら、大事な稼ぎ頭にする扱いじゃありませんわねぇ」
ミリアリアはエリ・ミクラの頭をゆっくりと撫でていく。すると、苦痛で歪んでいた顔は少しずつ緩んでいき傷の手当ては出来ていないが、心地よいと思って貰えている事が分かる。
「……うちの若い衆の仕業だろうな。連中は、自分たちも賭博に参加している」
「なるほど。それで、わたくしの要望は聞いて貰えますこと?まぁ、こんな事実を知った以上譲る気もありませんが」
グレムは顎に手を置き、現状を考える。ミリアリアの強さは言うまでもなく、新しく現れたファウストもかなりの強さだろうと、最も彼の正体が人ではなく悪魔だという真実には辿り着けるわけもないが。
そして、この場で揉めても自分達が悪戯に駒を減らすだけでエリ・ミクラを取り返せる訳がないと結論を出すのは早く、グレムにとって大切なのは金ではなく、自らの地位である事が伺える。
「分かった。その奴隷の権利はお前に引き渡そう」
「随分と素直ですわね」
もう少し拗れるだろうと思っていたミリアリアはあっさりと引き渡した事に拍子抜けした様だ。少しばかり間抜けな表情を浮かべるミリアリアに苦笑しながらグレムは続ける。
「金は後で幾らでも取り返しが効くが、人員はそうじゃねぇ。此処でテメェらが大人しく帰ってくれるのなら、俺としても有難いんだよ。失ったもんは大きいが、詰んだ訳じゃねぇ」
グレムはそう返すと片手で周囲の男達に退出する様に指示を出す。躾けられている彼の部下達は、気絶したボブを回収し素直に部屋を出て行った。グレムは一度立ち上がると、後ろにある自分の机から書類を取り出しミリアリア達の前に並べる。
「所有権の引き継ぎだ。サインしろ」
ミリアリアは渡された書類に素早く、目を通して不備や此方に不利益が無いか確認しサインを書く。偽りの名ではなく、ミリアリアと。当然、それに気が付いたグレムは目を丸くする。
「わたくしからの通すべき礼儀ですわ。貴方がもっと示すべき態度も分からない輩であれば、手荒く行きましたけどその辺の分別がしっかりとある様ですので、此方もそれ相応の礼儀を示さねば失礼でしょう?」
横でファウストが若干呆れているが、ミリアリアは自分の価値観に従って本名をバラすというリスクを容認した。それもグレムの様な裏家業の人間に。それは渡る必要のない危険な橋だったのだろう。事実、立場を隠し人の目から離れた暮らしをしている人間が取るべき行動ではない。
だが、それでもミリアリアは筋を通した。その事実にグレムはいよいよ笑いを堪えきれず、笑い出した。
「フッ、フハハハハハ!馬鹿だろうテメェ?この名は、裏でも有名だ。俺が憲兵にでも情報を渡せば危険な目に遭うのはそっちだぞ?それを容認するってのか。たかが、奴隷如きの取引で」
まさか笑われるとは思っていなかったミリアリアは少しばかりムッとした表情を浮かべる。
「悪い悪い。この世界にいると、テメェみたいな輩はそうそう会えるもんじゃなくてな。報奨金が欲しくない訳ではないが、それをするのは筋が通らなぇな。良いぜ、黙っててやるよミリアリア嬢?」
「えぇ、そうしてくれると助かりますわ。Mr.グレム」
何か通じ合うところがあったのかミリアリアとグレムは互いに笑みを浮かべながら握手を交わす。それをファウストは興味深そうに見ていると、先ほどの高笑いで目を覚ましたのだろう。エリ・ミクラが起き上がる。
「……えっと……これはどういう状況?」
彼女からすれば意識を覚ましたら戦った相手と自分の主が、仲良さそうに握手をしているのだから理解出来なくて当然だ。
「目を覚ましたか。今日からお前は、ミリアリア嬢の奴隷だ」
「……へ?」
「よろしくお願いしますわね、エリ」
部屋にエリの驚きの声が響き渡った。そして、暫く書類等の手続きやらエリに対しての説明が行われ、それらが終わると彼らは満足そうに部屋を、闘技場を出て行った。
「良かったんですかい?」
「ん?あぁ、構わんさ。闘技場はコストも悪いから、そろそろ辞め時かと思っていたところだしなそれに」
自身の右腕とも言える部下とグレムは話をしながら思い出す。ミリアリアの野心に満ちたあの瞳を。
「──ああいう輩はデカい事をするぞ。そこが次の稼ぎ時だ」
「全く、貴方も食えないお人だ。密偵、何人か見繕っておきますよ」
「あぁ、頼む」
グレム・ラングレー、その名が一躍裏社会を中心に大きく広まる事になるのだが、それは少しばかり未来のお話。
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