番狂わせ
初めて剣を握った時はとても重く、こんなものを自由自在に自分が振り回せる姿を想像できませんでした。今に思えば、情けない話ですけど、仕方ないじゃありませんか。だって、わたくしはただの令嬢だったのですから。
「はぁ……はぁ……お、重いですわ……騎士の皆さんは、こんなのを振り回していまして?」
「だろうな。それが連中の役目だ。つか、本気か?幾ら、希望が見えないからって戦う術をお前が身に付ける必要はないんだぞ?」
あの時はまだらしくなくわたくしを心配している様な素振りを見せていたファウスト。実際はわたくしを試していただけなのでしょうけどね。そんなファウストを見ながら、腰も入ってない切っ先は僅かに地面から離れただけという姿のまま、わたくしは宣言しました。
「どうするかは決めかねていますが……何にしても……変わる努力をわたくしはしなければならないのです。その先にきっと……わたくしが求めるものがある筈です!!ですから、悪魔。わたくしを鍛えてくださいまし!」
彼はその不恰好でなんとも言えない姿を見て、呆れるでもなく馬鹿にするでもなくただ愉しげに笑みを浮かべて了承したのです。そこからはもう、時間を作っては戦い方を彼から学び時間がくれば何も変わらない事実に絶望しながら次の機会へと引き継ぎ、再び鍛えて……数えるのが億劫になる程わたくしは鍛えました。
ですから、その経験が警鐘を鳴らし散々繰り返した動作をなぞり剣を動かした。
瞬間、瞳が黒から赤へと変わり瞳孔がまるで『蛇』の如く、縦に割れたエリ・ミクラの持つ刀とわたくしの持つ剣がぶつかりあっていました。あぁ……期待通りですわ!エリ・ミクラ!!
「今度は見えたよ……その剣を抜く瞬間が!!」
「えぇ、そうでしょうね。何故なら、異能を使う余裕がありませんでしたから!」
彼女に押される形で距離を取らされる。明らかに力が変化する前より大きくなっており、わたくしでは鍔迫り合いをするのが無理そうですねと考えながら改めてよく彼女を観察してみれば、傷だらけの身体は鱗の様なもので覆われており、チロチロと先端が二つに分かれた舌が顔を覗かせている。なるほど、これが彼女の契約した力ですか。恐らく、わたくしと違って事象に介入する様な力は無いのでしょう。
「とは言え、もし出力に変化がないのなら……末恐ろしいですわね」
時間を停止させるほどの力が全て身体強化に使われているとしたら?
そう考えると冷や汗が背中を伝う。
「初めて、警戒してくれたね?」
ほぼ反射に近しい形で時間停止させると、距離を詰めてきておりあと数秒止めるのが遅ければ間違いなくわたくしの首が胴体とさようならをしていたでしょう。やはり、先ほどの推論は正しく今までの彼女と同じと思っていれば、力を試すどころかわたくしが死ぬ事になりますわね。であるなら──
「またしても!」
──今度は一切の手抜きなしに、背後を取らさせて貰います。
時を止めて背後を取り、ガラ空きの背中に向けて剣を突き出す。例え異能を使う事がバレていたとしても、動き出しを見ることも出来ず、予測することも出来ないこの攻撃を、彼女は下半身の力だけで身を翻す様に跳躍し避けると驚くべき事に空中でそのまま刀を振るってきたのです。
「身体能力お化けですか全く!」
「あっさりと受け流しておいてよく言うよ。ボクも遠慮なく行くからね!」
着地と同時に振り抜かれた刀を時間停止で屈みながら避け、彼女の臍の辺りから右肩まで一気に剣を振るう。加減をした訳でもなく、全力で振り抜いた剣は、ギャリ!という音共に彼女の鱗に阻まれ、手傷を負わせる事が出来ませんでした。随分と硬い鱗ですわね全く!
「攻守逆転かな?」
「舐めないでくださいまし」
「舐めてないさ。その逆、最大限警戒しているとも!」
時間停止を織り混ぜ、彼女の四方から剣を振るうが全て見切られ、刀で去なされてしまい隙だらけになった所に剣が突き出される。彼女は時間が停止しない事に勝ちを確信した様で、自信満々な表情を浮かべています。ですが、えぇ、舐めないでくださいと言いましたわよ!
剣を放り投げ自由になった両手で彼女の刀を白刃取りした。もちろん、力で競い合っていては勝てないのでそのまま軸をズラし刀身がわたくしの左肩を掠めていきました。そのまま、彼女の懐に入り込み刀が引き戻され再びの振るわれるより早く、わたくしは彼女の顎を真下から掌底で叩き上げました。
「ッッ!?そっちの心得も……」
「勿論でしてよ。と言っても、非力ですので不意打ち大前提ですけれど」
脳を大きく揺らされ、エリ・ミクラはふらふらとした足取りになり完全に平衡感覚を失っているのが見て取れます。綺麗に入りましたからねぇ。身体能力を向上させていても、人の形である以上脳を揺らされるのは耐えられなかった様ですわね。
「ふ、ふふっ……君で非力なら……全ての女性はなんなんだろうね?」
その言葉を最後に彼女は満足そうに背中から、地面に向かってバタッと倒れ全身を覆っていた鱗が消えていき、元の可愛らしい姿に戻りました。瞬間、空間が沸き立つほどの歓声が上がり、思わずビクッとしてしまいました。そうでしたわね……此処、闘技場でしたわ。
『誰がこの結果を予想したか!!!!!少なくとも、私は予想できなかった!というか、出来るわけがない。どの様な手品を用いたかは分かりませんが、人の動きを超えた戦い今この瞬間に決着いたしました!!
これは大赤字をした観客が暴動を起こさないか心配ですが、勝者は無敗の戦士を破り電光石火の如く、現れたニューチャレンジャー!!その名は、ジェーン・ドゥ!!!!!皆様、惜しみのない拍手をお送りください!』
盛り上げ上手ですわねこの司会者。
その場で優雅に礼をし、折角だからパフォーマンスに乗っかっておく。すると、更に歓声が上がり会場が盛り上がる。優雅に手を振ったまま退場すると、まぁ予想通り。
「ちょっとツラを貸して貰おうか?お嬢ちゃん」
「えぇ。構いませんよ、わたくしも其方のボスに用事がありますから」
イカつい顔をした男性二名に逃げられない様に左右を固められ、わたくしはこの地下闘技場の更に地下に案内されるのでした。予想通りに動いてくれて助かりますね、ファウストを使った暴動作戦は使わなくて済みそうです。