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祈る神は誰か

 剣戟が、火花が、金属が激しくぶつかり合う音が上がる度に歓声のボルテージが上がっていく。側から見れば、異様な空気、少なくともこの場でヒリつく様な熱に浮かされずただ冷静に冷めた瞳で戦いを眺めている悪魔はそう判断している。同種である人間の殺し合いだと言うのに、盛り上がるその姿は人という種が自然の摂理から外れた種である証だろう。


 同族を殺し、同族の悲しみを己の享楽へと変える。それがどれだけ異質な事か彼らは理解しているのだろうか?

 群れを為す社会性動物であれば、確かに同族を群れから排斥したりなどはあるだろう。だが、それはその種にとっての生存に繋がるからだ。弱い雄を外に放り出し、群れを強い雄の遺伝子でより上の個体へ。弱い個体を捕食者への餌にする事で群れ全体の生存に繋げるなど。少なくとも、何かしら種全体に対して恩恵があるのが自然界だ。


 では、限られた空間で武器を手に持ち、殺し合いを演じる彼女らが一体全体、人という種全体に何の意味があるのだろうか?


「無かろうよ。どちらが勝とうが、この場にいる僅かな人間の懐が潤うだけの話。だが、同族にすら牙を向ける残酷さがお前達を霊長の座へと押し上げたのは、皮肉だが見事だろう」


 悪魔は嘲笑い、その欲望を褒め称える。そして、視線の先で戦う一人の女を見ながら言った。


「ミリアリアよ。不遜な欲望をその内に宿す女、お前の欲望をもって超えてみせろ」


 ミリアリアが近くに居ればその名で呼ぶなと忠告しただろう。だが、悪魔がファウストが、零したその言葉は畝りを上げる熱気の中では一際小さく、誰の耳にも入る事なく掻き消えていくのだった。









 いつかは、救われる日が来るって信じていた。今までの生活に戻れる日が来るって。でも、目が覚めても目が覚めても景色が変わることはなく、時間だけが過ぎていき変化があったのは身体に出来る傷と洗っても落ちない血の匂いの濃さだけだった。考えるのは辛いだけだから辞めていたけれど、ふとした瞬間にどうしてこうなったんだろう?って考えてしまう。今日は偶々、そんな日だった。


 歓声が響き渡る。いや、正確には怒号かもしれないけど。そんなのはどうでも良い。類い稀なる戦士だった父と同じ血が流れるボクが、此処に立つのはある意味では不思議ではない。誇りも、理由も矜持も何もない場所だけど奴隷として、見せ物として戦う低俗なものに成り果ててしまったけど。


「今日もお前に賭けてるぞー!!奴隷戦士ー!!」


「相手は初参加の娘だー!手を抜いてやれー!」


「いや!!残酷に此処がどんな場所か教えてやれ!!」


 観客達の声を聞いて漸くボクは、考えるのを一旦辞めて今日の対戦相手を見た。瞬間、彼女が纏う独特な雰囲気に呑まれそうになった。容姿だけ見れば、なんでこんな所に?と言いたくなるほど綺麗で傷一つない整ったもので、お金に困っているのなら娼館で働けそうだと思ったぐらいだ。身に纏う黒いドレスも、この場所には似つかわしく無い。


 だと云うのに冷や汗が止まらない。


「こんにちわ、或いはこんばんわでしょうか?地下施設は時間の経過が分からなくて困りますわね。一つ聞きたいのですけれど、貴女が此処で一番の奴隷戦士、エリ・ミクラでしょうか?」


「……そうだけど」


 ボクがそう答えると彼女は満足そうに笑みを浮かべた。まさか、ボクを殺して名声でも稼ごうと思っているのだろうか?だとすれば、随分と舐められたものだ。此処で一番である事に誇りなどないが、この刀だけは父から譲り受けた唯一の誇りなのだから。


「そう殺気を向けないでくださいな。……でも、そっちの方が好みなのですね」


「ッッ!!」


 放たれた殺気は彼女が初心者ではない証だった。思わず、合図を待たずに鞘から刀を引き抜き彼女に斬りかかっていた。狙いはその白磁の様な白い首筋、そこに向けて一切の妥協なしに振り抜いた刀はボクの目にも捉える事が出来ず、いつ引き抜かれたのか分からない剣に受け止められていた。驚愕と共に彼女から距離を離す。


「つれないですわねぇ」


 明らかに今まで戦ってきた者達は違う。雰囲気も、その力も。ボクの太刀筋を完全に見切るだけの力量と、ボクにすら抜剣の瞬間が見えない早業……何者なんだこの女は。得体の知れない恐怖心がボクの胸中を蝕み始めるのを感じ、急ぎ呼吸を整える。ここは戦場だ、迷えば敗れるのは自明の理。であれば、ボクも加減はしない。


「名を聞いてもよろしいか」


「んー……ではこの場はジェーンと」


「……偽名などと謗るつもりはありませぬ。此処は訳ありばかりなので。ボクは、エリ・ミクラ、いざ尋常に勝負!」


 ボクが身に付けた技術は抜刀術に特化しているもの、であれば例え防がれるものだとしても最速で振るう以外の道は無し!挑戦させて貰う異国の女剣士よ!!


 神速とも言える抜刀は再び、止められる。けれど、そんなのは分かっている。足を止めず、納刀し、距離を取り身を可能な限り低くし何もない戦場を走りながら、走り回る。彼女は目を動かしているが、相変わらずその場から不動のままだ。故に背を取るのは容易かった。綺麗な頸目がけて刀を振り下ろす。


 瞬間、彼女が視界から消え失せ、攻撃は空振りに終わる。馬鹿な……完全に背を取ったはずです……何故──


「──何をした!?」


「ふふっ、秘密ですわ」


 真横から振り下ろされる剣を返す刀で受け流す。──一瞬のうちにジェーンと名乗った彼女はボクの横を取っていた。理解出来ないが、理解するしかなかった。彼女は異能を扱える者であると。


「異能使い……」


 ボクがそう呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。自分の力がバレたと云うのに随分な余裕を見せてくれると思っていたのだが、彼女が次に発した言葉にボクは驚いた。


「見込んだ通りですわね。ふふっ、わたくしは貴女が言った通り異能を扱えますわ。でも、それは貴女もですよね?」


「なっ!?何処で、それを知った!!ボクは、一度たりともその力を使っていないぞ!」


「さぁ?未来からだとでも言いましょうか」


 惚けるなと吠えたかったが、このジェーンとか云う女から発せられる異質な雰囲気を考えればこの世迷言とすら思える発言ですら、真実かもしれないという可能性を生み出される。最早、何がなんだがよく分からない。ジェーンを名乗る者の正体、その力の根源、何一つとして分からないが、間違いなく言える事はただ一つ。


 ボクは高揚していた。目の前の敵の強さに。そして、ボク自身の本気が漸く出せるという事実に。


「なるほど。事の真実は後回しにしよう、どうせ今考えても答えなど出ない。だが、ボクはこの出会いを嬉しく思う。ボクも、隠すのは辞めて本気を出そう。だから、すぐに終わらないで欲しい」


 殺気と剣気を隠す事なく真っ直ぐとジェーンに向けて放つ。それを彼女は涼しい顔で受け止めてこう返した。


「どうぞ来て下さいまし。わたくしは最初から、終わる気など毛頭ありませんので」


「は、はは!!そうか、では存分に死合おう。それが我らの喜びとならん!」


 納刀し、構える。ジェーンも武器を構えてボクを真っ直ぐに見る。そこに憐みも、侮辱も何一つない。ただ、目の前の敵と戦おうとする純然な戦士の目だ。ブルリと身体をボクは震わせる。武者震い……父以外に初めて感じたぞ。


「……我が神よ、その御力をお借りします」


 祈りを捧げると共に全身に力が満ちるのを感じ、視界が切り替わると同時にボクは再び、駆け出した。

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