ありがとう。お前を好きになってよかった。
ゴンドラはもう天辺に近づいていた。ふと後ろのゴンドラを見ると、高校生のカップルが僕たちを見て、笑っていた。それでも僕はよかった。この瞬間を誰にも邪魔されたくなかった。笑いたきゃ笑えばいい。お前はずっとまだ手を握っていてくれた。そのことが僕を傷つけないでいてくれた。そう。お前は優しい奴なんだ。だから、僕はお前を好きになった。
僕は言った。
「ありがとう」
昭夫は何も言わなかった。ただ、外を眺めながら、視線は遠くを見つめていた。僕には見えない何かを見ていた。
「ありがとう。お前が好きだ」
僕が言うと、お前は頷いた。でも僕はそれが告白の返事ではないとわかっていた。お前は優しいんだ。
ただ、僕の気持ちをわかってくれた。ただそれだけで、僕の心は満たされた。
ゴンドラは天辺になった。空は赤く、そして雲は白かった。ただ、ただ。それだけだった。僕たちはただ浮遊した物体になった気がした。僕たちは大気に溶けている気がする。大気は優しく僕たちを包み込む。
ありがとう。昭夫。
僕は心の中で言った。そしてこの瞬間、僕の恋は終わった。僕は手を離した。
ゴンドラはゆっくりと落ちていく。僕の心は静かに収まっていく。昭夫の姿はすこしずつ実体化していく。そして、昭夫は実体となり、僕の記憶に残るだろう。
そして、僕はこのことを手紙に書く。ただ、ただ。書く。お前に渡す気はない。ただ僕の恋の終わりとして。この恋の結末として。
もう一度言う。ありがとう。昭夫。お前を好きになってよかった。