9.心霊トンネルで消えた仲間(後編)
「元基がトンネルの中でいなくなってるのよ? 早く助けに行かないと」
「それは僕も理解している。でも、やみくもにトンネルの中を探すわけにも行かない。どうすれば元基を助けられるのか考えてから入るべきだ」
心霊スポットのこのトンネルに来ていて無事なのは僕と詠美だけだ。
二千華は同行していないから、僕たち2人で霊を撃退して元基を助けて帰らなければならない。なかなかの高いハードルに思えた。
「さっきのトンネルの中ではいくつか気になることがあった。挙げてみるので詠美も気になることがあったら言ってほしい」
「うん」
時間はあまりないが検証の始まりだ。
「まず、元基はどこに消えたのか。現れた霊らしきものの正体は何か。その霊のステータスを見ても名前が表示されなかったのはなぜか」
「わからないことだらけね……」
疑問点はまだある。
「また、集めた情報の中には女性の霊が出るというものがあったが、あれは女性なのだろうか。さっき見た感じでは性別まではわからなかったが」
「背丈は私より高かったように思ったわ。ちょうど泰二くんと同じぐらいじゃないかな」
僕と同じぐらいの背丈か。そうなると……
考えていることが徐々にまとまってくる。
「あと、元基が消える直前にウーって感じの何者かの声が聞こえた気がしたが、詠美にも聞こえた?」
「それ、泰二くんにも聞こえたのね。あのときは気のせいかなと思ったんだけど。でもあれがつまり霊の声なのよね?」
「そうかもしれないが、そうでないのかも」
このとき僕は街で聞いた怖い話を思い出していた。
仕事仲間同士でこのトンネルに入った男性2人。途中で1人の姿が消え、周りを探していたところでモンスターに襲われて逃げたという話だ。
逃げた方がこの話をしてくれて、消えた方はのちに遺体でトンネルの出口付近で発見された。体は痩せこけて衰弱した状態で亡くなっていたそうだ。
ここまでを思い返してみて、僕はある1つの考えに辿り着いていた。
「仮説だが、聞いてほしい」
「えっ」
「トンネルで見た霊らしきもの、あれは元基だ」
◇ ◇ ◇
僕と詠美は再びこのトンネルに入っていた。僕が仮説を話し、それに基づいて作戦を練った。準備もできているはずだ。
16番を過ぎ、次は15番だ。
初めて来たときとは異なり、激しい緊張感が漂っている。口から心臓が出そうだ。仮説が外れていた場合には元基を失う可能性まで含めて考えなければならず、嫌でも鼓動が早まる。
「そろそろ14番。準備はいいね?」
「ええ、いつでも出せるようになってるわ」
トンネルの壁に書かれていた2桁の数字である。先ほど霊らしきものに遭遇したのは14番の辺りだった。
仮説が正しければ14番付近で再び相まみえることになるはずだ。
壁の数字が14番のところへ到達した。
「ここだ……」
「現れるかしら……あっ!」
僕の背後へ視線を送っていた詠美が叫ぶ。
振り向くと黒ずくめの服を着たような霊らしきものが出現して、僕に手を伸ばそうとしていたのだ。やはり顔はモヤで見えないが、改めて見ると顔だけでなく全身が黒いモヤで覆われているように思えた。
「うわっ!出たぞ!詠美、頼む頼むっ!」
「任せて!」
詠美が素早い動きで霊らしきものの背後に回り込む。そして手に持っていた瓶のふたを開けて、霊らしきものの頭から一気に注いだ。
ブシューッ……
詠美が霊らしきものにかけたのは持ち込んでいた聖水だった。結果として、モヤが言葉通り霧消する。
そしてそこから姿を現したのは、僕の仮説通り元基だった。気を失っているが、呼吸はしている。外傷も見当たらない。
◇ ◇ ◇
しばらくして目を覚ました元基も加えて、3人で14番の壁付近を調べた結果、それを見つけた。
「遺体だ……白骨化している」
すでに白骨化しているが、着ていた服が風化せずに残っていた。どうやら女性の遺体のようだ。
「つまりどういうことだったんだ?」
起きて早々にトンネル内探索をする羽目になった元基が尋ねてくる。
「この白骨遺体の女性の霊が、お前に憑依して体を乗っ取っていたということなんだろう」
「俺は操られていたのか……?」
詠美に話した僕の仮説を元基にも話す。
「おそらく、この女性はたまたまこのトンネルで襲われたか、このトンネルまで連れてこられるかして、最終的にトンネル内で死んでしまったんだ。そして地縛霊となり、このトンネルにとどまり続けていた」
「マジかよ」
「遺体がトンネル内に放置されていたため白骨化してしまった。すでに利用されなくなって人も来ないトンネルだ。たまに僕たちのように訪れる者がいると、その霊が憑依してくるんだろう」
元基が姿を消す直前に聞こえたウーという声は、元基が憑依されたときの苦悶の声だったと解釈した。
また、黒い霊らしきものの名前が表示されなかったのは、僕がステータスを見る対象を元基にしていたからだろう。モンスター名はわかるが、対象の人間の名前まで知ることができるわけではない。
そして霊らしきものを覆っていた黒いモヤのようなものが、霊そのものだったと僕は考えた。黒いモヤが体全体を覆うことで、憑依の際にトンネル内で一時的に姿を隠す効果を生じさせていたのではないだろうか。
「憑依か……しかし何のために?」
「複数人で来ていた場合にその中の1人に憑依して操ることで、自分の遺体のある場所を指し示したりしたかったんじゃないかな。探してほしかったんだろう。しかし霊のもくろみ通りにはいかなかった」
「と言うと?」
「1人が憑依されてさっきの元基のようにゆっくり同行者に迫ってくるやり方だと、同行者は怯えて逃げてしまうからだ。周りを探すどころではないんだ」
街で聞いた、トンネルに入った仕事仲間男性2人の話も一応説明が付く。
1人が霊に憑依され、黒づくめの姿で迫ってきた結果もう1人が逃げた。憑依された方は憑依されたままの状態が解除されることも無く、トンネルの中で衰弱していったのだろう。そして最後には、憑依が解けたのか憑依されたままだったのかはわからないがトンネルの出口付近で力尽きた。
「ともかく、この遺体は埋葬してあげるべきじゃないかしら」
「同感」
僕たちはその場で手を合わせ、亡くなった女性やトンネル出口付近で力尽きた男性が安らかに眠れるように祈った。
◇ ◇ ◇
「これ、二千華が気に入ってくれればと思って」
「あっ、これセレスティアル・ストーンじゃないですか」
二千華にセレスティアル・ストーンでできたイヤーカフを手渡す。イヤーカフとはイヤーカフスとも言われ、耳たぶの上の方に引っかける形で付けるアクセサリだ。
実は先頃のトンネルの近くで、僕はセレスティアル・ストーンの原石らしきものを拾っていた。本当はこれを加工して二千華に渡すことも考えていた。
「心霊スポットで拾った石を渡すのは、やめとけよ」と元基に反対されたので、原石は街の宝石商に売り、得たお金であらためてアクセサリを買ったのだった。
「ありがとうございます! うわー、似合うかな」
二千華がニコニコしながらさっそく耳に付けてくれる。
「その後はどうなったんですか?」
僕は食事しながら、二千華に今回の顛末を話していたのだった。
「街の埋葬業者に頼んで女性の遺体を運んでもらい、共同墓地に埋葬したよ。ギルド経由で行方不明者などから身元を探してもらっている」
「解決するといいですね」
「全くだね。そして、僕たちに『トンネルに女の霊が出る』という話をしてくれた男を探す依頼を出している」
「えっ!?」
二千華が食べていたパスタを吹きそうになる。
「今回の霊は地縛霊だったが、黒いモヤの形で出現していた。女の姿かどうかは判別できないはずなんだ。となるとあの男はなぜ僕に、女性の霊が出るなんて言ってきたのか」
「実はその男が女性を殺した犯人……?」
「そうかもしれない。戻ってから街でその男を探してみたが、すでに姿を消していたんだ。いずれにしろ彼が何らかの事情を知っている可能性がある」
結果的に女性の霊が出てきたことは間違いではないが、出現の経緯を知る者以外には、あれが女性の霊であることはわからない。
「彼が僕に霊の話をしたのも、僕たちをトンネルに近づけたくなかったからかもしれない。何かやったときの証拠を見つけてほしくなかったとか。遺体が丸々残っているとまでは考えてなかっただろうが」
「男が遺体を隠滅してたら、トンネルも心霊スポットになりませんでしたね」
「確かに」
そうだ、肝心なことを言っていなかった。
「そもそもトンネルには霊を倒してのレベル上げ目的で行ったんだが、結局霊とは戦闘にならなかった」
「うーん、先輩達はいいことはしたんだと思いますが、結果的にはくたびれ損でしたか」
「いや、なぜか3人ともレベルは上がっていたよ」
「おおっ? よかったですね」
あのとき詠美が聖水をかけたことで霊らしき黒いモヤは消えた。もしかしたらそれにより霊を倒したことになって経験値が入ったのかもしれない。
しかし僕としては、遺体を発見して埋葬したことで、地縛霊を解放できたためにレベルが入ったのだと思いたい。そんな気持ちになった今回の一件だった。
僕と元基と詠美はそれぞれレベル14となった。