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7.幽霊 対 冒険者 と 召喚獣(後編)

 突然広場に現れた”廃墟に巣くう老婆の亡霊”は、意外なほどに強敵だった。


「うわああっ」


 いきなり真横に迫られて、悲鳴を上げながら振り回した元基の剣が空を切る。攻撃が当たらない。

 元基の首筋から血が流れ出る。この霊の攻撃方法は爪と牙のようで、元基は一方的にダメージを受けている。


 長期にわたって手入れしていないと思しき頭には白髪の中に黒髪が残っており、体型は痩せ型。服装は寝間着であることからこの老婆の霊は病院の患者、あるいは老人ホームの住人だったのかもしれないが、今は判断する材料も時間もない。目には黒目がなく、半開きの口には歯が残っている。


「<<レイ>>!!」


 僕も老婆の霊を狙って魔法を詠唱するが、光線が届く前にすでに霊が避けている。2発外した。攻撃が直線的だと頭のよい相手には読まれやすいのか。


 老婆の霊は眼前に出てくるとのっそりとしているのに、予想を遙かに超えた俊敏さでこちらの攻撃を回避している。


「<<全体の回復ホール・ヒール>>!」


 僧侶の詠美が回復魔法を詠唱してくれたため、元基の傷が少し癒える。しかし攻撃が当たらなければどうしようもない。

 二千華がナイフを構えて老婆に突撃するが、寸前でかわされた。勢いを殺せなかった二千華が壁にぶつかる寸前で転ぶ。


「このままではまずい…廊下へ!」


 広場から慌てて出る。僕が先導する形で皆が廊下へ出てくる。


「こっちへ!振り返らずに付いてきてくれ!」


 病室に使われていたと思しき部屋が連なる廊下を、脱兎のごとく走る4人。

 突き当たりがT字路になっており、そこに到達したところで元基たち3人を脇道へ入らせる。老婆の霊が当然追いかけてきているが、これも計算通りだ。


「廊下の直線ならば外さないぞ! <<レイ>>!!」


 僕の持つ杖の先から光がきらめき、こちらへ突進してくる老婆の霊の眉間を貫いた、はずだった。


 ここで老婆の霊が採った行動は、跳躍だった。走り幅跳びの要領か、勢いを付けた老婆の霊のジャンプは天井にぶち当たるほどの高さをほこり、僕の杖が放った光線がその下を無情にも通り抜けていった。


 こいつ、老婆相応の足の細さしかないはずなのに、なんで健脚なんだ…?

 考える間もなく老婆がそのまま僕の上に着地。肩に強い衝撃が走り、杖を手放してしまう。


 マウントを取られた格好になり、老婆の霊が僕の首筋に噛みつこうとする。


「泰二、顔を上げるなよっ!!」


 元基が老婆の背後に立っていた。剣を両手で持って、バットを地面と平行に振るいわゆるレベルスイングで薙ぎにかかる。僕が顔を上げたら、スイングの軌道に入ってしまうのだ。

 うまくいけば老婆の霊がアジの開きのようになるはずだったが、これもあと少しのところでジャンプされてかわされた。もっともそのおかげで僕の体は自由になったが。


「こうなれば…みんな入口まで戻ろう!」


 再び立って走り出す。今日はよく走る日だ。


「そうですね、もう逃げた方が良さそうです!」


 すぐ後ろを二千華が走り、詠美が続く。元基は追ってこようとする老婆の霊を床の物を投げて牽制しつつ最後尾でやってくる。


 階段を急いで降りて、記憶を頼りに入口方向へ向かう。さっきは複雑な建物だと思っていてあまりルートを覚えていなかったが、火事場になると思い出せるものだ。


 入口の扉を通り過ぎる。


「泰二先輩、ここから出るんですよ!」


 二千華が呼び止める。


「いや、そうじゃないんだ。目的はこれだ!」


 僕は二千華に対して、あるものを指さした。


「これは教団が儀式に使った痕跡だと思うんだ。二千華なら何かわからないか?」


 二千華の視線が導かれたのは、マルバツだった。


「…私、これわかります!」


 言うが早いか、二千華はすぐさま床に指で同じようなマルバツを描き始める。なんと二千華が描いた先から線が光を放ち始めた。


「これは教団が魔物を呼び出す儀式に使う、魔方陣です」


 遊びの跡かと思っていたマルバツは実は魔方陣だったのだ。

 狂信者である二千華は教団から借りた本の内容もすぐに覚えたと言っていた。しかし儀式まで資料を基に自分で行えるとは僕の予想を超えている。


「そして呼び出していた魔物とは──両性具有の半神半人の悪魔、バフォメットです!!」


 二千華が叫び、魔方陣から羽の生えた山羊のような悪魔があぐらをかいて登場する。場所が場所なら中ボスをやっていそうな貫禄だが、二千華の召喚獣として出てきたならば味方になってくれるのではないか。


 僕が期待したとおり、バフォメットは老婆の霊を敵として認めたのか、前傾姿勢に変わってそのまま霊に突進する。老婆の霊も腰を落として構える。


 手に持った槌でバフォメットは老婆の霊と激しい攻防を見せている。打ち合いで劣勢となった老婆の霊が後ろへジャンプして逃れるが、バフォメットが指先から火球を放って追撃する。しかしすんでの所で老婆がかわしきり決め手とならない。


 ふと二千華の方を見ると顔が青ざめ呼吸も激しくなっている。どうやら召喚によって体力か魔力を使い果たしたらしい。


「バフォメットを呼んでいられるのもあとわずかのようです、皆さんで霊にとどめを…」


 タックルで老婆の霊を壁に叩きつけたバフォメット。崩れ落ちた老婆が再び立ち上がろうとするところを僕たちも狙う。


「食らえっ! <<レイ>>!!」


 光線が老婆の胸元を貫き、その顔が苦痛に歪む。


「<<神聖な投げディヴァイン・ジャベリン>>!」


 詠美の魔法により虚空から白く輝く槍上の光が複数出現。そのまま老婆の霊の背中を襲う。転がって逃れるがすでに先ほどまでの俊敏さはない。床の障害物に当たって動きを止めたところを元基が逃さなかった。


「ようやく当たるぞっ!」


 元基の剣が一閃し、老婆の霊を横に両断した。


 弛緩した雰囲気になりかけるが、上半身だけになってもまだ霊が動こうとするのを僕は視界にとらえた。


「これで打ち止めだ! <<レイ>>!!」


 眉間を光線が貫く。黒い無数の粒子となって老婆の霊が飛散する。ついにこの戦いが終わったようだ。


 二千華がぐったりとその場に座り込む。バフォメットは敵がいなくなったことを確認したのか、と二千華の描いた魔方陣の方へ吸い込まれるように消えていった。


「やった、倒したよな!?倒したぞ」

「よかった、本当に……」


 二千華はレベル17になり、僕と元基と詠美はそれぞれレベル11となった。


 元基と詠美は抱き合って喜んでいる。正直言って羨ましい。僕も強敵を倒した喜びを分かち合いたいな。そう考えていると座ったままの二千華と目が合った。


 こちらを向いてニコッと笑いかけてくれる二千華。その笑顔だけでもいっぱい走ったりした甲斐があったが、もうちょっと踏み込みたい気もした。立ち上がれるようにと二千華の方へ手を伸ばし、そのまま彼女と握手する形になる。このまま幸せな気分に浸っていたいと思った。


 ◇ ◇ ◇


「ところでよくバフォメットとか知ってたね。僕は名前を聞いたことがあるような、ないようなって感じなんだけど」


 帰りの道中、二千華に話しかける。


「元の世界での知識になりますが、バフォメットはテンプル騎士団が信仰していた魔物だという説があります。テンプル騎士団というのは12世紀頃のキリスト教巡礼者を守るための騎士団ですね」

「なるほど」

「それとバフォメットがどう結びつくのかという疑問も当然出るところで、バフォメット信仰自体がテンプル騎士団を貶めるためのデマだという説もあるんですよ。しかしこの世界にテンプル騎士団があったのかは不明ですから、あれはバフォメットに似た魔神だったと考えた方が自然ですね。私はわかりやすいのでバフォメットと呼びますけどね」


 二千華は博識でいろいろと教えてくれる。

 まさにこの戦いが狂信者としての二千華の能力、<<沢山の託宣メニー・プロクラメイション>>の発現だったようだ。


 あとから聞いたが、<<沢山の託宣メニー・プロクラメイション>>は、宗教の信者が多ければ多いほど、その教義の習得度が上がるという特性があり、宗教儀式もレベルを飛び越えて行えるようになるらしい。


 しかし信者が少ない宗教の場合は、その教義を聞いても特に覚えが早かったりはしないようだ。つまり僕がタイジ教というのを作って、教祖には絶対服従みたいな教義を設定したとしても、信者が僕しかいないので二千華には特に影響がないと言うことだ。


 とにかく初めて激しいバトルらしいバトルを経験し、疲労しているが皆で最寄りの街へ帰り着いた。

 今夜はぐっすり寝よう。

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