6.幽霊 対 冒険者 と 召喚獣(前編)
次なる心霊スポットを求め、僕たち4人は昼間にとある廃墟へやってきた。
道中には”ひっかきタヌキ”、”もの投げサル”、”デカいアリ”などのモンスターがいて、それらを主に元基の剣の活躍で倒してきたのだが、特筆すべき内容がないので割愛する。
廃墟というのは森を切り開いたと思しき広場にある石造りの建物で、かなりの大きさがある。窓の多さからすると部屋の数がかなり多いと思われる。
長い間使用されていないようで、壁面にはツタが絡まっていた。
「現地に着いたらどういう廃墟なのか説明してくれるはずだったよな。そろそろいいんじゃないか」
元基が話し始める。話しかけられているのは二千華。ここは二千華が見つけてきた心霊スポットなのだ。
「結構広そうなので、とりあえず中を歩いてみながら話しましょうか。もちろん歩いているところに霊が出てくるかもしれませんし、戦いの準備はしておいてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
僕も杖を斜め前に突き出し、いつでも魔法を放てる体勢で歩くことにした。元基の顔にも真剣さが戻った。
木の扉を開けて中へ入る。明かりはなさそうなのでやはり昼に来てよかった。
二千華を先頭に、皆で部屋を見て回る。長い廊下にいくつもの扉があり、個室が連なっていると思われる。
蜘蛛の巣を避けるように手を振り振りしながら入っていく元基。その後ろに詠美と僕が続く。二千華は周囲をキョロキョロ見回しながら進んでいく。
外観を見た時にわかっていたが建物は2階建てで、二千華の発案でまずは1階を探索することになった。
詠美が水道を見つけ、蛇口をひねってみても何も出ないことを確認している。
入口付近の壁に何かが描かれている。元基と僕が近づいて見てみたところ、それはマルバツであった。縦の線が4本に横の線も4本。要はしっかり四角で囲まれているマルバツだ。
「誰が描いたんだろうな。子どもでもいたのか」
「子どもが描いたにしても、普通描いたら消すもんだという気もするね」
「しかもこのマルバツ、マルの方が負けてやがるな。どうしようもないな」
「マルの方が先行で、真ん中を取ったのに負けるってなかなかだね」
他愛もない話をしているうちに、全く興味なさげだった二千華と詠美が先に進んでいたので僕たちも追いかける。
「うわあっ」
ある部屋のドアを開いた元基が悲鳴を上げた。ドアを開けたら動物の死体が横たわっていたのだ。小さな犬のような姿をしたその姿は白骨化もしておらず、死んでからさほど日が経っていないのかもしれない。血が流れた跡がその死体の周辺にはあった。
「ちょっと、もうこの部屋はいいんじゃないの?」
詠美がうんざりした声を出す。僕も同感だ。元基が目をつぶりながらドアを閉める。
「ここはもともと病院として作られていたそうです。病気の人や、体の弱い人、あとはお金のない旅行者などを泊めてあげていたようですね。昔で言うプアハウスといったところでしょうか」
二千華が廃墟について話し始める。
「治療方法には霊的なものが含まれていたようで、患者に奉仕するための牧師がいる礼拝堂もあったそうです。ですがこの病院内で疫病が蔓延したことにより、患者も牧師もスタッフも大勢が亡くなってしまうという悲しい出来事がありました」
「なるほど」
徐々にどういった建物だったのか、僕にもわかってきた。
「大量死があったことにより、この病院から人が離れていきました。ですがまだ完全な廃墟にはなりませんでした。次に入ったのが宗教団体です」
「少しきな臭くなってきたな」
元基がうなずきながら口を挟む。
「ここはいわゆる宗教団体、教団と言いましょうか、そこが利用していました。信者を教育する場所としてや、修行を行う場所としての用途もありましたが、教団の収入のために老人ホームも経営していたようです。それがここです。つまり訓練施設でもあったし学校でもあったし老人ホームでもあったということになります」
「建物の沿革が無茶苦茶になっていそうね」
もっともな感想の詠美。
◇ ◇ ◇
ここまでで1階をずいぶん歩いたように思う。トイレらしきところを過ぎると近くにソファーが3つ置かれた部屋があった。休憩室だろうか。部屋の窓の向こうにちょうど木の枝が密集していて、外の様子が窺えない。
「二千華はよくそこまで詳しく調べたね。どうやって調べてきたの?」
2階への階段を上りながら僕は感心して言った。建物の構造が複雑で、現在地が把握できなくなってきている。広場のような部屋に入った。
「やっぱり職業が狂信者だからなのか、ある教団の信徒の人に教えてもらえたんですよ。この職業だといろんな宗教の教義とか用語とかがすーっと頭に入ってくる気がしたんです。貸してもらった本の内容も、すぐに覚えられました。そういう特技も身についたんでしょうかね」
二千華がそこまで言ったところで、ふいに“それ”は現れた。
”廃墟に巣くう老婆の亡霊”が、元基の横で今にも彼に噛みつかんとしていた。