5.初めての心霊スポット潰し(後編)
廃墟となった一軒家。そのクローゼットから”事故物件に潜む男の地縛霊”が姿を現す。
「よし、泰二は下がれっ」
「OK、頼んだぞ」
僕は二千華と場所を入れ替える格好で後ろに下がり、元基と両手にナイフを構えた二千華が前で霊と相対する。
”事故物件に潜む男の地縛霊”は片手に剣を持っており、元基の方へにじり寄ってくる。その顔は痩せており顎にヒゲをたくわえている。鎧姿で霊でありながらも腕の筋肉が力強い。
霊が剣を振ってきて元基とつばぜり合いになる。
「ぐっ、霊なのに力が強いな」
そのまま霊に押される格好で元基が足のバランスを崩して倒れ込む。さらに一撃を加えようとする霊に対して、身を地面に伏すぐらいに低く構えた二千華が突進する。
彼女は相手のすねを払う要領で横に切りつけるが、意図に気づいた霊が剣を地面に突き立てる。二千華のナイフは霊ではなく剣に当たり、金属音が響く。
攻防がまだ続きそうな状況だったが、元基が声を張り上げる。
「泰二、さっき言ってたことは確認できたか!?」
「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ」
元基と二千華が確認の時間を稼いでくれたおかげで、わかったことがある。
「カイアートさん、ここで僕の話を聞いてもらえませんか」
「……!」
”事故物件に潜む男の地縛霊”の動きが止まる。その間に二千華は霊から距離を取って僕の隣へ。倒れ込んでいた元基も立ち上がり少し後ろへ下がる。
「そう、あなたの生前の名前はカイアート。所属していたパーティーを追放され、この一軒家に住んでいる間に酒浸りとなり、ある日死んでしまった戦士だ」
「えっ!?」
二千華が驚いた声を上げる。
「この空き家で死んだ戦士って、空き家に出没する霊に殺されたんでしょ? なのにどうしてその人の霊が今、私たちを襲ってくるんですか?」
「実はそこに誤解があるんだよ。順序が逆なんだ」
皆が固まる。
「つまり、謎の霊が出て怪奇現象を起こして、その結果ここに新しく住んだ戦士が死んでしまったわけではない。戦士がここで死んで、その霊が後から住む人に対して怪奇現象を起こしていたんだ」
「戦士の死は怪奇現象の結果ではなく、怪奇現象が始まるきっかけだったということなのね……」
詠美が納得した様子でうなずく。
「そう。時系列についてはギルドでこの家に泊まった人を探して、怪奇現象が起きた日と戦士が死んだという日を比べることで把握できた。亡くなった戦士の名前がカイアートであることもわかったよ。もっとも、実際に現れる霊がそのカイアートさんの特徴と合致するか確かめる必要があったので、さっきは皆に少し時間を稼いでもらったんだ」
カイアートさんの霊までが、その場で動かずに僕の言うことに耳を傾けている。
「しかしその話が事実だとしても、そもそもこの家で起きるという怪奇現象は水道の水が勝手に出るとか、食事が勝手に食われるとかじゃなかったか? 今こうして襲われているのは、同じ怪奇現象のくくりにしても凶悪さが違いすぎると思うんだが」
「それについて、調査した中で興味深いことがわかった。実はカイアートさんを追放したパーティーの構成は、戦士と魔術師と僧侶だったんだ。もとは戦士2人体制のパーティーだったわけだね」
「あれ、その構成って私たちに似てるわね」
詠美が僕の言いたいことをすぐに察知してくれた。
「ウ、ウウ……」
カイアートさんの霊が苦悶の声を上げる。これまで僕の言ってきたことが図星なのだろうか。ただ、彼から感じる殺気のようなものが強くなってきているようにも思える。
「そうなんだ。だからこう仮説を立てた。カイアートさん、あなたはパーティーを追放されたことを死んで霊になってからも恨んで地縛霊となった。そしてここにやってきた同じ職業構成の一団、つまり僕たちを自分を捨てたパーティーと同一視した。そのため、命を奪おうとする勢いで襲ってきたんだ」
殺気に構わず続ける。
「しかし自分を追放したパーティーの特徴と一致しない人へは、特に何もしていなかった。しかし彼は地縛霊となって、ここで生活していたんだ。だからたまに音は立てるし水も出すし、食事も摂る」
「ウガアアア!!」
カイアートさんの霊が叫んで突然僕に襲いかかってきた。危ないところで元基が間に入ってくれて、霊とにらみ合いになる。
「カイアートさん、あなたは知らないんだ!」
僕が大声を上げ、再び霊の動きが止まった。
「あなたを追放したパーティーは、それを悔やみ続けていたんだ。いつも率先して強敵に向かってくれていたあなたを酒癖の悪さを理由に追放したことを。そしてあなたが酒を飲み過ぎて病気になり、この家で亡くなったことを」
「ウウ……」
「それに、あなたはそこの窓から外を見たことがないのか!あなたの元パーティーメンバーが、この街に来るたびにここを訪れて、花を供えてくれているんだ!カイアートさんが安らかに眠れるようにと祈ってくれているんだぞ!」
僕が指し示したのは、2階の窓から見える、入口の脇にあった花束である。
「ア、アア……」
それを見て何かを思い出したようにカイアートさんの顔が穏やかになる。
彼の体が光を発し、そのまま上半身から粒子状に消えていく。
そしてあとには、何も残されていなかった。
「やった……のか? 倒した、というべきか」
「彼を地縛霊としてこの世にとどめていたのはパーティーメンバーへの恨みだったが、それを許す気になり、成仏したということなんだろう」
これで一件落着といえそうだ。
”事故物件に潜む男の地縛霊”を成仏させたことで全員に経験値が入り、僕と元基と詠美はレベルが8に、二千華はレベルが14になった。
「あれ? 二千華は1体の霊を倒しただけでレベル8になったんだよな? 俺たちは4人でやったけどそんなに経験値が入ったのか」
「いや、戦闘で得られた経験値は、勝利した側で参加していた全員に同じだけ入るみたいだよ。貢献度とかの係数もなさそうだ」
「あー、つまり全員に膨大な経験値が入ったってことか」
僕が元基に説明する。
1回の戦闘で1以上レベルが上がるというのはなかなか効率がいい。しかしこの先僕たちのレベルの上昇と、戦う霊の強さのバランスはどうなっていくのだろうか。無茶苦茶強い霊と遭遇した場合に、今回のように話し合いが通じるとは限らない。今後について一抹の不安を覚えた。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻り、隣接する食事処で今回の慰労を兼ねて食事する。元基と詠美は2人で早々に帰っていったので、僕と二千華の2人で向かい合ってパエリアのようなものを食べている。
「泰二先輩が5日であそこまでいろいろ調べていたのには驚きました。カイアートさんが所属していたパーティーの人が花を供えに来てたことまで調べるなんて」
「ああ、あの花の話は作り話だ」
「えっ!?」
「花は前日に僕が買って置いておいたんだ」
そう、彼の霊が成仏する決め手となったあの花の件は、僕が描いたシナリオ通りだった。
ギルドを通じて、カイアートさんを追放したパーティーのリーダーに連絡を取ることはできた。しかし彼はカイアートさんの追放については後ろめたさを感じていなかった上に、彼が亡くなったことも知らなかった。
しかし、追放された側に救いがあってもいいじゃないか。そう思って彼にとって優しい筋書きを考えたのだ。聞き入れてくれたのが幸いだった。
「霊を倒すより、成仏させてあげるのも方法の1つかなと思ったんだ」
僕はそう言い、それを聞いた二千華が微笑んだ。