兆し
目を開けると、星空が広がっていた。
(あれ?僕…確か刺されて…)
曖昧な記憶を辿る、そのまま夜まで気を失っていたのだろうか。
「こっちで目が覚めたってことは、向こう側ももうすぐだね。」
何度か聞いたことがある澄んだ声が、ここはまだ夢なのだと自覚させてくれる。
そう、最近よく見る夢の中。
いつもと違うのは夜になっているということ。
ゆっくりと身体を起こすと、真っ白な少女はごく自然と真横に座る。
相変わらず顔はよく見えない…。
「手、出して?」
言われるがまま、そっと右手を差し出す。
「少しずつ…そして大きく。」
そう言いながら少女は手の上に着けていた懐中時計を乗せた。
途端に懐中時計は白い炎に包まれる。
「大丈夫。」
驚いていると、少女はその上に両手を乗せる。
それは、とても温かく…。
「いや、燃えてるじゃん!?」
「きゃっ」
そんな第一声を上げながら身体を起こすと、ミィナさんが驚いた様子でこちらを見ていた。
どうやらここは病院らしい。
「あ、ミィナさ…んんん?!」
そして抱きしめられた。
「ミィナさん?どうかされました?」
急な展開で混乱していると、ティアナさんが病室に入ってきた。
瞬時に離れるミィナさん。
「あっ、あの…!セイさんが」
「セイさん!良かった…本当に良かったですわ…。」
ティアナさんが目元に涙を浮かべながら駆け寄ってきた。
それから少し落ち着いて、事の顛末を二人に話してもらう。
ティアナさんとミィナさんが暴漢に襲われたこと。
僕が何とか撃退したものの、最後の一人に刺されてしまったこと。
怪我は大したこと無かったけど、毒が塗られていたらしいこと。
すぐに病院に運ばれて治療を施したものの、三日間も目を覚まさなかったこと。
「って、三日!?…学園は!?」
「セイさん落ち着いてください、ちゃんと学園にはお話ししてますから。」
「他の皆さんには先に戻って頂いて、私達二人は交代で看病しようってことになったんですの。」
「皆さん凄く残りたがってましたけど、巻き込んだのは私達だからって何とか納得してもらったんですよ。」
「そう…なんだ、二人ともありがとう」
「そんな、お礼を言うのは私達の方です!」
「そうですわ、私達の所為でこんな」
「私…騎士になる為に学園に入ったのに…。」
「格好つけて最後に油断した僕の自業自得だよ、だから気にしないで?むしろ、助けてくれてありがとう。」
そうは言っても悔しそうな表情のまま納得のいってない様子の二人。
「そう言えば!僕ってすぐ学園に戻れるのかな?もう体はなんとも無いんだけど。」
「ど、どうでしょう?とりあえず明日また、診てもらいませんと」
「そ、そうですね!ひとまず今日はもう寝ましょう?私たちも一度宿に戻って、また朝来ますから」
「ほらほら、もうお休みになって下さいな。眠るまで見張っててあげますわ。」
どうしたんだろう?話題を変えようとしたんだけど、二人ともちょっと動揺してるような…。
「えっ、今起きたのに」
「何ですか?子守唄でも歌いましょうか?」
「いや、大丈夫です!おやすみなさい!」
取り敢えずまた明日にして、今は大人しく寝ることにした。
それから少し経ち、二人は安心した表情で寝息を立てるセイの顔を眺めながら小声で話をしていた。
「ふふっ、よく眠ってますね。」
「こうして見ると本当に幼く見えますわね、同い年とは思えませんわ。」
「こんな小さな体で私たちを助けてくれて、それにあんな…。」
「あの事は、しばらくは私たちだけの秘密にしておきましょう?セイさん自身も分かってないみたいですし、今はまだ、余計な心配を掛けたくありませんわ。」
「そう…ですね…。」
二人は敢えて伝えなかった事が二つあった。
一つは刃に塗られていたのが、かなり強力な致死性の毒だった事。
もう一つはセイが意識を失ってすぐに、刺された傷がひとりでに治癒した事だ、それも傷口が白い炎に覆われながら時間を巻き戻すかのような光景だったのだ。
明らかに普通ではない状況に、この三日間意識を失っていたことが関係しているのは明白。
二人はこの事実をしばらく秘密にすることに決めたのだった。