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第八十八話 死神が駆ける銀の夜10

「グルルルルル……」

 ワルサーロを飲み込んだ黒い霧から生まれた黒い竜は、低い唸り声、荒々しい呼吸で、エカテリスとリバールを見ている。

「リバールは下がっていて。その体じゃもう無理でしょう、私がやりますわ」

 エカテリスは支えていたリバールをゆっくりと壁にもたれかかるように座らせてそう告げる。

「姫様……ですが……あれは……!」

「安心なさい。貴女に守られてばかりの私じゃありませんわ。今日は、私が守ってあげます」

 そう優しい笑顔を残し、エカテリスは黒い竜と対峙する。いつもはリバールにとって心ときめくその笑顔も、今日この時だけは心苦しさしか生まれない。

「私の名はエカテリス=ハインハウルス、ハインハウルス王国第一王女にして、飛竜騎士の名を持ちます。――この国の代表として、貴方をこれ以上好き勝手にはさせませんわ!」

 名乗りを挙げて、身構えるエカテリス。黒い竜もエカテリスとリバール二人を見ていたのを、エカテリス一人にターゲットを絞る。

「はあああああっ!」

 先に動いたのはエカテリス。風魔法の力を借り、圧倒的速度、威力での突貫。

「ガオオォォォ!」

 それを真正面から見据える竜。鋭いブレスをエカテリスに向かって吐く。――スパァン!

「ふっ!」

「!?」

 見越していたか、エカテリスはそのブレスに対し、風魔法を利用して直角に程近いフェイントを放つ。ブレスを回避し、再び突貫。――ズバッ!

「グウゥ……!」

「っ……!」

 見事に竜の元に辿り着き、攻撃を当てる事には成功したが、触れて直ぐにわかったこと。――竜の皮が硬い。

(成程……忍術による幻覚でもなく、本物の竜なのね……)

 あくまで術で生まれた竜、本物ではない可能性も吟味していたが、その可能性を直ぐに打ち消し、次なる行動に移る。

(浅い攻撃では倒せない……隙を作らせて、大技を決めないと……!)

 エカテリス、再び突貫。だが今度は相手の隙を伺い、作らせる為の攻撃に移る。

「ギャオオオオ!」

 竜はその動きに翻弄される。ダメージこそ浅いが、捉えられないエカテリスの動きに苛立ちを感じていた。

「姫……様……っ!」

 そして、その様子を見守る「だけ」のリバール。

(動け……動け、私の体……! 何の為の私、何の為のリバール=ファディス……! あの方の為に生きると決めたのでしょう……!? 今動かないで、いつ動くの……!?)

 心の焦りが全身に走るも、肝心の力が全く全身を走らない。

 当然だが、エカテリスを信じていないわけではない。だが、対峙している竜からは、何か嫌な予感が感じ取れていた。それを回避する為には誰かがサポートに入るのがベスト。ここには、自分しかいない。

 それなのに、体が動かないのだ。悔しくて歯がゆくて、泣きたくなる。

(少しだけでいい……ほんの少しだけでいい……! お願い、戻って、私の力……!)

 そのリバール葛藤の最中にも、勿論戦いは続いていく。

「貫くっ!」

 エカテリス、竜の懐に飛び込み、そこから真上に飛び跳ねるように突貫。竜の首の下を抉るように攻撃。

「ギャオォ!」

 竜、ダメージを喰らいつつもカウンターで翼の爪で素早い攻撃。エカテリスも避けきれず、ガードはするもダメージと共に吹き飛ばされ、後退。

「ふぅ……」

「グゥ……」

 正に一進一退、互角の攻防を繰り広げていた。

「ガオオォォ!」

 続いて動いたのは竜。エカテリスに向かって激しいブレスを吐く。

「はああっ!」

 エカテリスも勝負に出る。得意とする風魔法による跳躍で大きくジャンプすると、まるで空に見えない壁があるかの如く宙を蹴り、一気に急降下。そのまま槍を構え、突貫。竜はブレスを吐いたばかりで、次の行動に出るのにタイムラグが起きる。

 エカテリスの考えは間違っていなかった。――相手が、「ただの竜」だったならば。

「…………」

 竜、両翼を自分の胸の辺りで自分の体を包むように合わせる。エカテリスの攻撃に間に合わないからせめてもの防御か、と思ったが――

(!? 違う……あれは……印……!?)

 リバールはいち早く察した。あの仕草、まるで人間が胸の辺りで手指を合わせる様な。まるで――忍者が、印を組む様な。

「ワルサーロっ!……姫様、駄目です!」

 竜は、ワルサーロを飲み込んで生まれたのではなく、ワルサーロそのものだったのだ。理性を無くし目の前の生き物をただ倒すだけの怪物となった今も、忍者としての技術が、全て消えたわけではなかったのだ。

「!?」

 流石のエカテリスも反応が遅れた。竜が吐いたブレスが、回避したはずのブレスが、地面に留まっていたかと思うと、まるで生き物の様に空中に浮かび上がり、一気に襲い掛かってきた。――ワルサーロの、忍術だった。

(回避……!? いえ、間に合わない……!)

 エカテリスは回避よりも、そのまま突貫、先に竜に辿り着く可能性に賭ける。

「グォォォ!」

 だが、そのエカテリスの前に、無惨にも浮かび上がるブレスが立ち塞がる。――回避もガードも間に合わない。

「姫様ぁぁぁぁぁぁ!」

 そしてリバールは地を蹴った。エカテリスを守る為に、無いはずの余力を作り上げ、宙を舞う。

「リバール!?」

 エカテリスの体を掴み、軌道をずらし、完璧ではないものの回避をさせる。

「姫様……後は……」

 そして、自らは竜の浮かび上がるブレスに、勢いよく包まれていくのであった。



万華鏡光音斬まんげきょうこうおんざん!」

 お互い、身構えたまま数秒後。死神は全ての想いを込めて、ありったけの力でアルファスにその技を放つ。――普通の光音斬よりも威力も速度も上だが、消耗も激しく、最後の最後、隠し技である。

 この技を当てられたら自分の勝ち、防がれたらもう自分の負け。完全に、そういう技だった。

「…………」

 その覚悟を全て飲み込んだ上で、アルファスは地を蹴り、真正面から剣を振るう。剣に対応出来る魔力を込め、刹那の瞬間を見切り、「技」を放つ。

 ほんの一瞬、ほんの一瞬の時間のはずなのに、死神の目には、そのアルファスの動きが、ゆっくりと、ハッキリと見えた。――自分が負ける瞬間が、ハッキリとわかった。

 パキィン!――万華鏡光音斬を打ち破ったアルファスの剣は、死神の太刀を捉え、ぶつかり合い、綺麗に真ん中で折った。

「チェックメイト、って奴か。――だから言ったじゃねえか、ちゃんとメンテしないと限界だってな」

 アルファスはそのまま、膝をついて折れた自分の太刀を見つめる死神の首に、自分の剣を向ける。

「店主程の腕の持ち主と戦うのは想定外さ。この太刀が万全だった所で、だ。……一つ、聞かせてくれ」

「何だ?」

「最初から本気を出していれば、一時期私の光音斬に苦戦する事は無かっただろう。あれは何だったんだ?」

「あー」

 アルファスは苦笑。――まあ、そうなるわな。

「勘違いすんな、手を抜いてたわけでもお前を馬鹿にしてたわけでもねえ。――お前レベルの人間とガチで戦うのなんて結構久々でな。勘を取り戻すのに時間かかった。実際あの技は大したもんだったしな」

 実際、死神は圧倒的実力者であり、ハインハウルスが誇る精鋭・ライト騎士団の面々でも互角か、シチュエーション次第ではそれ以上の戦いが出来る人間であった。

「それでも、私は負けた」

「まあ、仕方ねえだろ。勝負なんて時の運だ。負ける時だってあるさ」

「いや、私は悔しいわけじゃない。ずっとずっと、待っていたんだ、負ける日を。私より強い相手に、納得いく負け方をする日を」

「……は?」

「さあ店主、戦いは終わりだ。勝者が敗者に終止符を打ってくれ。私はもう何の悔いもない。――私を、殺してくれ」

 死神が、穏やかな目でアルファスを見る。

「お前、これ以上戦闘続行は不可能だろ。別に俺はお前を止めたくて来たわけであって、お前を殺したいわけじゃない。勘違いすんな」

 アルファスはゆっくりと自分の剣を仕舞う。さて、これからどうすっか、と思っていると。

「な――駄目だ、それじゃ意味がないだろう! 私は負けたんだ、貴方に負けたんだ! 死んで当然だろう!」

 今度は焦るような眼で死神がアルファスを見る。――ああ、こいつ。

「お前の世界観どうなってんだ。負ける度に死んでたらこの世界の人口はとんでもない事になってるわ。どうしても死にたいならこっそり一人で死ねばいいだろ」

「私が自殺したら、私が今まで斬って来た人間はどうなる」

「……お前」

「実力で戦場で下してきた相手が、自殺で終わらせたら、下された人間が納得出来ないだろう。だから私は、ずっと私よりも強い相手と戦えるのを待っていたんだ。負ける日を待っていたんだ。――戦死する時を、待っていたんだ」

 その言葉で、アルファスの予測は、確信へと変わる。

「……疲れたのか、死神って呼ばれる事に」

「…………」

 戦場で負けず、周囲がどれだけ散っても一人だけ生き残り続けた彼女は、死神と呼ばれる様になった。ある人はその偉業の慄き、ある人はその功績に見惚れ、ある人はその履歴に軽蔑し、ある人はその全てに好奇の眼差しを向け。

 彼女が強いのは事実。死ななかったのも事実。だが、それ以上に独り歩きした物語に、彼女は疲れ――終止符を打つ方法を、いつしか求めて彷徨っていたのだ。

 はぁ。――アルファスは溜め息をつく。そして、

「痛っ」

 ペチン。――死神のおでこに、軽くデコピンをした。

「人物像の独り歩きが嫌な癖に、律儀に格好良い終わり方探してるんじゃねえよ」

「でも……」

「格好悪くたっていい、お前の人生なんだ、お前の好きに生きればいいだろ。強くて何が悪い。強いからって背負う義務なんてねえ。捨てられるなら――捨てられるに、越したことはないだろ」

 自分で言っておいて、アルファスは苦笑する。――俺自身が最後の一欠けらを捨てきれない癖に、何言ってるんだろうな。

 だが、そんなアルファスの心情を他所に――死神の目に、涙が溜まる。

「無理……なんだ……! ずっとずっと、嫌だったのに……! 皆、私の名前も知らない癖に、死神っていう呼称だけは知っている! 私の事なんて何も知らない癖に、私が死なない事だけは知っている! この先、何処へ行ったって……!」

「んじゃ、俺がとりあえずお前の名前を呼んでやる。――お前、名前は?」

「……呼んで、くれるのか? 私の名前を」

「当たり前だろ。お前が自分の名前嫌いってんなら話は別だが」

 一呼吸置いて、ゆっくりと死神は口を開く。

「……フロウ」

「そうか、いい名前だ。――俺はアルファス。そして」

 そのままアルファスは、死神――フロウの耳元に近付き、

「俺は――だ」

「!」

 フロウに、衝撃の事実を告げる。

「あんまり言いたかなかったんだが、でもこれでお前も納得出来るだろ。――言い触らすなよ? 俺の中ではもう引退してんだ。知ってる人間も限られてる」

 ふぅ、と言った感じでそう告げるアルファス。ゆっくりと、気持ちが整っていく。

「まだまだだったんだな、私は。未熟者だ」

「んなことはねえさ。お前は頑張って来たよ。これ以上縛られる必要はねえ」

「ふふっ……今思えば私が勝てないのも納得いくし、貴方の言葉の意味も説得力がある。――羨ましい」

「羨む必要はねえ。やりたきゃお前もやればいい、そうだろ?」

「そう……か。そうだな……」

 フロウは、晴れやかな表情で立ち上がる。そして――

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