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第八十七話 死神が駆ける銀の夜9

 バン!

「ライト! リバールを見かけなかったかしら!?」

 勢いよくライトの部屋に入って来たのはエカテリス。一方ライトの部屋では護衛という名の酒盛りが行われている真っ最中。

「エカテリス!? どうしたの!?」

「リバールの姿が見えませんの! 何か嫌な予感がして」

「あー、リバールの奴、姫様には言わないルートを選んだのかー」

 ふむ、と言った感じのレナの感想。勿論エカテリスは聞き逃さない。

「レナ、どういう事ですの!?」

「まあ、隠してももう仕方ないんで説明しますと」

 レナとマークで大よその説明をエカテリスにする。

「というわけで、我々は勇者君の護衛で待機中です。姫様にはリバールも言い辛かったんでしょうねえ。厳しい事言っちゃえば今回勇者君狙われるのはリバールがこの城にいることが相手に知られたから、ってのがあるから」

「っ……!」

 悔しさと怒りが入り混じった表情を見せるエカテリス。細かい事を言えば、もっと色々な感情が入り混じっているのだろう。リバールに対してだけではなく、自分に対しても。

「姫様。多分、リバールは第二訓練場ですよ」

「! そう言っていたの!?」

「いやまあ私の勘ですけど。でも一人でバレずにどうにかするならあそこ位しか思いつきませんし」

「レナの勘は当てになります、行ってみますわ、ありがとう!」

 エカテリスはそのまま翻す様にライトの部屋を後に――

「待ってエカテリス!」

 ――しようとした所でライトに一旦止められる。

「もしもの為に、これを持って行って」

 ライトはエカテリスに「勇者の痛み止め」と「勇者の傷薬」――以前、地方都市ウガムの騒動でソフィに使わせた品と同じ物を手渡す。先日サラフォンから補充品を貰ったばかりだった。

「本当はここでレナも一緒に行って貰うのがいいのはわかってる。でも、今回ばかりは俺の護衛を甘くするわけにはいかない。だからエカテリス一人に行って貰わないといけない。俺が単純に弱いせいでもある。……ごめん」

「……ライト」

「そんな俺がこんな事言うのはあれだけど……仲間は、失いたくない。リバールだって、エカテリスだってそうだ。――リバールを助けて、無事に戻ってきて欲しい。頼む」

 その言葉で、エカテリスはこれは騎士団皆の戦いなのだと再確認させられ、気持ちを落ち着かせる。

「任せなさい、ライト。私は天騎士ヴァネッサの娘、飛竜騎士エカテリスですわ。貴方の事も、リバールの事も、必ず守ってみせます」

 その力強い笑顔に、ライトも安心する。――大丈夫、エカテリスとリバールなら、きっと。

「ありがとう。――気を付けて!」

「ええ!」

 こうして改めて、エカテリスは駆け足でライトの部屋を後にしたのだった。



「姫様……何故……」

 バレたくなかった。自分の過去のせいで大切な仲間が狙われてしまっているなどと。見せたくなかった。自分の過去の力を開放した、冷徹な姿など。

「ライトの部屋にいたレナが全て教えてくれましたわよ。それから恐らくリバールが単独で戦うならここを選ぶって予測まで」

「…………」

 でも、心の何処かで想っていた。何も言わなくても――自分の為に、来てしまうのではないかと。

「話は後、まずは「お客様」をおもてなしし直しましょう。――さ、これを飲みなさい」

「これは」

「ライトからの預かり物よ。自分は参加出来ない、レナも応援に寄こせないから、せめて、って言って。――心配してましたわよ」

「…………」

 エカテリスはそのままライトから預かっていた薬二瓶をリバールに手渡す。リバールも素直に飲み干す。――ソフィの時同様、痛みが随分とマシな状態になる。左手も、右足も動く様になる。短時間なら、また本気を出せる。

「貴女の知り合いは、あの男一人だけ?」

「はい。残りの人間は、私が姫様にお仕えしてから独自に集めた人間です」

「そう。なら、リバールは彼との戦いに専念してくれればいいわ。残りは私が受け持ちます。一対一なら、勝てるのでしょう?」

「はい。姫様に見守られて、負ける私ではありません」

 若干戻るいつもの軽口に、エカテリスも安心する。お互い武器を持ち直し、リバールはワルサーロ、エカテリスは残り二名と対峙する。

「あれがお前が仕えるお姫様か。確かに多少戦いの心得がある様だが、所詮箱入り娘だろう? 忍者二人相手に出来るのか? 綺麗な顔に傷がついてからじゃ遅いぜ?」

 そのワルサーロの言葉に、リバールは溜め息。

「ハインハウルス城に忍び込もうとしていたのに、何の下調べもしていないのね。――本当に、名を挙げる事だけ考えて、周りが見えなくなったのかしら」

「何?」

「確かに私はあの方の人柄に惚れて仕えているわ。でも――姫様は、強いのよ。貴方の仲間よりも、きっと貴方よりも」

「ふーっ……」

「……!?」

 大きく息を吹いた身構えたエカテリスの周囲に、再び風が吹く。彼女が力を溜めている証拠である。

「私の事をどうこう言うのは構いませんわ。でも、私はリバールを苦しめた貴方達を、許すつもりはありません」

 ビリビリ、とエカテリスから放たれる威圧感。

(天騎士……ヴァネッサ……!? いや違う、奴は娘のはずだ……だが……!?)

 今のエカテリスでは、まだまだヴァネッサの実力には届かない。それでもリバールへの想いで、力を増幅させる彼女は、ワルサーロの目にはかつてファディス一味が壊滅した時に対峙した天騎士ヴァネッサを彷彿させるものだった。

「そして単純に、私は姫様への暴言を許すつもりはないわ」

「っ!」

 そして同じく膨れ上がるリバールの威圧感。今までは過去のリバール、そして彼女の父親、ファディス一味の頭を彷彿とさせる物だったのが、今はそれとは違う、新たな姿――前述二つの姿よりも感じる物は上――となって見えた。

 そのまま睨み合う事数秒後。リバールとワルサーロは同時に地を蹴り、高速の接近戦へ。

(これが……今の、リバールなのか……! くそっ……!)

 先程までも押され気味だったのに、エカテリスの声援を受け、一時的にダメージも回復させたリバールに、ワルサーロは確実に押されていく。

「はあああああっ!」

「ぐあっ……!」

「くそっ!」

 チラリ、と残り二人の方を見れば、エカテリス一人相手に二人掛りで苦戦していた。こちらへの援護は期待出来そうにない。

(チッ、あいつら、相手の実力に翻弄されて、自分の――)

「得意ジャンルに持ち込むことを忘れてやがる、それでも忍者か。――仲間を気に掛ける余裕はまだあるのね」

「!?」

 リバールに、自分の考えている事を読まれ、更に先の言葉まで出された。

「いい加減認めなさい。姫様の強さを。彼らではどうにも出来ないわ。――さっさと私を倒して、助けにいくべきよ」

「お前……っ!」

 リバールの挑発に、怒りが籠るワルサーロ。だが彼も一流、ギリギリの所で理性をキープする。

(落ち着け……こいつのペースに乗せられたら駄目だ……突破口を見出せ……ここで終わるわけにはいかねえ……!)

 激しい接近戦の中、隙を突いてワルサーロは握り拳位の大きさの黒い玉を地面に叩き付ける。――ボファン!

「――!」

 すると、辺りを一気に黒い煙が包み、視界を奪う。お互い接近戦なので、気配だけを探す戦い。勿論お互い忍者という特性もあり、気配だけを感じ取って動く事は慣れていた。

 だが、それでも、視界が奪われているというのは、少しだけ、ほんの少しだけ、その行動を確実に鈍らせる。

「ふっ!」

 ワルサーロ、素早くリバールに体術で攻撃。丁度、リバールが「左腕でガード」する様に。

「っ……!」

 ガシィッ!――それ以外の選択肢が見つからないリバールは、ワルサーロの鋭い蹴りを左腕でガード。ライトから託された薬で一時的に回復しているとはいえ、ワルサーロの攻撃を真っ直ぐ受け止めるのは体に響いた。

(卑怯とかつまらないことは言うなよ……俺達は、勝たなきゃ意味がない世界の生き物だぜ……!)

 そこからワルサーロの連続攻撃、ピンポイントで左腕を狙う。先程まで優勢だったリバールが、逆に追い詰められる形になる。

(安心して、卑怯だなんて言うつもりはないわ……私も、貴方を倒さなきゃ、今の自分を証明出来ないから、負けるわけにはいかない……!)

 防戦一方になりつつも、勝機を探す事を諦めないリバール。

「ここだ!」

 ワルサーロ、渾身の蹴り。再びリバールは左腕でガード。だがガードの反応が弱い。――腕が、限界に近付いているのだ。

(もらった!)

 ワルサーロがそのまま足を振り抜こうとした、その時。

「っああああ!」

 リバールのカウンター。右足での上段蹴り。――要は、負傷した左腕、右足、両方を犠牲にしての覚悟のカウンター攻撃である。

「がはぁ!」

 ドガッ!――ギリギリの勝負、勝敗はリバールに上がる。決めの攻撃に出ていたワルサーロに防御力はなく、顔面に蹴りを喰らい、思いっきり吹き飛ばされる。

「っ……はあっ、はあっ……」

 視界が晴れる。リバールは立ってこそいたが、ボロボロの状態だった。酷使した左腕、右足もギリギリの状態。

「情けをかけるつもりはないわ。――全てを込めて、終わりにする」

 そして残った最後の力を全て込め、リバールは印を組む。今までにない位複雑な印を、今までにない速度で組む。

せん

 そして、その一言の後、圧倒的な風の忍術が、ワルサーロに襲いかかった。

(馬鹿な……一文字の忍術だと……それは、親方すら到達しなかった、最高峰の技……リバール……そこまで……!)

 一文字の忍術は、忍者の中では使用不可と呼ばれる、伝説級の技であった。込める魔力、組む印、その組み合わせ、全てが段違いに難しく、実践投入は勿論、時間をかけて放つのも出来る人間はそういない。

 それを今、リバールはやってのけたのだ。――ズバガガガガァン!

「が……はっ……」

 ドサッ。――ワルサーロに、抗う術はなかった。ボロボロの体と共に、倒れ込む。

「……っ……」

「っと!」

 そして、その忍術を放った反動で、倒れ掛かるリバールを、エカテリスが寸での所で支える。――リバールとて限界の所で放った。元々が難易度が高く消耗が激しい技、既にリバールに動く力は残っていなかった。

「姫……様……申し訳……ありません……」

「大丈夫よ、私なら余裕でしたわ」

 エカテリスは既に対峙した忍者二人を倒した後。言葉の通り、圧倒的勝利を見せていた。

「違います……私のせいで……皆様を……ライト様を……姫様を」

「その点に関しては私からも言いたいことがありますわ。まあでも、まずは体を休めて――」

「くくっ……実力は突破しても……逆に、心は随分と丸くなっちまったんだな……」

 その声にハッとする。正に虫の息と言った所だが、ワルサーロだった。倒れたまま口を開く。

「ワルサーロ……」

「俺が即死しなかったのも……お前のその心の丸みが原因だろ……普通、あの忍術なら……俺は即死しててもおかしくねえ……」

「リバールは貴方とは違いますわ。昔が何であれ、もう貴方の知っているリバールではありません」

「だろうなあ……でも、俺にだって少し位、そういう心、あるんだぜ……」

「……何ですって?」

「仲間犠牲にしてまで戦ったのに、負けなんて……示しが、つかねえんだよ!」

 その言葉の直後、倒れたままワルサーロが印を組む。

「ぐおおおおお!」

「ワルサーロっ! それは……!」

 そして、更にその直後、ワルサーロを黒い霧が包み込む。

「リバール、あれは!?」

「禁術です! 自らの体を命を犠牲にして……!」

「ガオオオオオォォォォ!」

 それ以上の説明は不要だった。――霧が晴れたその先に、黒い竜が立ちはだかっていたのだった。

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