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第八十六話 死神が駆ける銀の夜8

 ヒソヒソ。――私は幼い頃からの訓練のお陰で、五感が一般人よりも鋭い。なので、向こうは気付かれない様にしているつもりでも、私にはある程度聞こえてくる。要は、陰口だ。

 まあでも、彼女達の気持ちもわかる。王女の専属となれば、ワンランク上、名誉ある立場。誰もが狙っていただろう。それを何処の馬の骨かもわからない、十四歳の少女――私が掻っ攫っていってしまったのだから。

 結局私はエカテリスの熱意に負けた。特に未来に目的がまだ無かったのもあり、何か問題が生じたらいつでも辞めるのを前提に、仮採用ということで彼女の専属の使用人となった。

「……ふぅ」

 使用人になって四日目。今日も朝から慣れない仕事に四苦八苦していた時だった。

「リバール、お早う」

「お早うございます、姫様」

 エカテリスだった。笑顔で挨拶をしてくる。

「お城には大分慣れたかしら?」

「いえ、まだわからないことだらけで。それに――」

「?」

「ああいえ、何でもありません」

 ヒソヒソ。――学ぼうと思っても、教えてくれそうな人がいないもので。……とは、口には出さないでおく。

「お早う、エカテリス、リバールちゃん」

「お早うございます、お母様」

「お早うございます」

 と、そこへヴァネッサが通りかかった。……丁度いい、話をしておくか。

「ヴァネッサ様、やはり私はこの仕事、向いていないと思います」

「あら、四日目でダウン?」

「いえ、私自身が大変なのは構わないのですが、恩義をくださった方に、悪評が届く事になるのは流石の私も気が引けます。その悪評を止めるには私が最高級の仕事をこなさなければならない、でも現状で無理。……私が抜けるのが、一番早いのです」

「ああ、そういうこと、ね」

「……?」

 遠回しに難しい言葉を選んだせいで、エカテリスには伝わらない様子。と、ヴァネッサがそんなエカテリスに優しく語り掛ける。

「リバールちゃんは、今までこういうお仕事したことないから、他の人と上手く仲良くなれないの。エカテリスには、心配をかけたくないって」

「そうでしたの! なら私が、仲良くしてくれる様にお願いして回りますわ!」

 年相応の、子供らしい正義の言葉。その笑顔が眩しくて、魅力的で――辛くなる。

「姫様、もういいのです」

「リバール?」

「姫様が私を選んで下さった事、とても嬉しかったです。そんな姫様に、余計な手間をかけさせたくないのです」

 自分で言って自分で驚く。――私は、嬉しかったのだ。何も知らない彼女が、太陽の様な彼女が、私を選んでくれたことが。私の可能性を示そうとしてくれたこの時間が、嬉しかったのだ。

「ありがとうございました、姫様。短い間でしたが、とてもよい体験をさせて頂きました」

 私は笑顔でそう告げる。ちゃんと、笑えているだろうか。――エカテリスはそんな私をじっと見て、口を開いた。

「リバール、聞いて。私は王女。お父様とお母様の子供として、立派な人になってみせます」

「はい」

 そう私に告げて来るその目は、子供とは思えない、力強いものだった。

「その為に、一生懸命勉強して、一生懸命訓練するつもりよ。リバールも、一生懸命頑張ってくれるなら、必ず私が守ってみせますわ。だって、私が貴女を選んだんですもの。貴女の頑張りに相応しい、貴女の主になります」

「……姫様」

「私の勘が言っているの、絶対貴女じゃないと駄目だって。だから、一緒に頑張りましょう? 駄目?」

「…………」

 もしかしたら、私は、ただ逃げようとしていただけなのかもしれない。主、か。――忍にとっての主。私にとっての主。私の覚悟、彼女の覚悟。

 ゆっくりと、気持ちを整える。――私なりの、答えを出す。

「畏まりました。――もしも、姫様が私の主として心底相応しくなくなった時は」

「リバールちゃん!?」

 スッ。――私は彼女に見えない速度で(ヴァネッサには見えていただろう)彼女の後ろに回り、彼女の背中に短剣を向ける。

「この手で、私の時間を無駄にした分だけ、貴女を刺します。……その覚悟は、ありますか?」

 これが最後の通告だった。――だが、彼女は笑って振り返る。

「勿論よ。だって私、ハインハウルス王国の王女ですもの。――あらためて、これから宜しくね、リバール」

 曇りのない笑顔。ああ、何て素敵な笑顔だろう。この笑顔と、いつまでも一緒にいれたら。傍を歩けたら。同じ輝きじゃなくていい、一緒に笑えたら。――私はゆっくりと、短剣を仕舞った。

「こんな私で良ければ、貴女のお傍で、精一杯務めさせて頂きます。貴女が立派になられたら、それに恥じない位、立派な側近になります。――こちらこそ、宜しくお願い致します」

 これが、始まり。私の、姫様の専属使用人としての、主に仕える人間としての――本当の、始まりだった。



「リバール! お前、俺達を裏切るのか!?」

「あら、心外ね。私は貴方に詳しい計画の話を聞かせて欲しいと言っただけで、仲間になるとは一言も言っていないわ。――私は最初からずっと、姫様――エカテリス王女に忠誠を誓う身」

 ワルサーロから見て、あの日カフェで見たリバールの目は、確かに忍者としての、昔の冷酷なリバールの目だった。――あれは俺に向けられてたってことか……!

「でも貴方には昔のよしみもあるわ。だからここへ案内した」

「ここに何があるってんだ?」

「何もないわ。――そう、邪魔する物も、何も」

 その言葉で、ワルサーロも覚悟を決める。

「お前一人で、俺達全員を相手にするつもりか……! 舐められたもんだぜ……! 戦う事も辞め、お気楽にメイドとして生きてるお前に、今の俺を、俺達を止められるとでも思うなよ!」

「別に舐めてるつもりはないわ、私なりのケジメだったのだけれど……寧ろ、舐めているのは貴方達の方じゃないかしら」

「何……!?」

 カッ!――迸るフラッシュ、ほんの一瞬。その一瞬の後に、

「私は、忍としての覚悟も、技術も、何一つとして忘れていない」

 先程までメイド服だったリバールの格好が、戦闘用の装束に変わっていた。――張り詰める空気、高まる緊張感。

 そして、動き出したのはほぼ同時だった。ワルサーロ側の内、三人がそれぞれ別方向からリバールに襲い掛かると、

地烈龍撃昇ちれつりゅうげきしょう

 対するリバールは印を組み、忍術を放つ。地面に亀裂が走り、三人の目前で地面から土の竜が勢いよく顔を出し、襲い掛かる。

 その間に、残るワルサーロともう一人は印を組み、忍術で遠距離攻撃を仕掛けようとするが――スパァン!

「くっ!」

 残る一人の元に、既に忍術を放つ前に時間差で投げていた、魔力の籠った強力な手裏剣が襲い掛かり、攻撃を中止せざるを得なくなる。

 更には残ったワルサーロの元には、リバールが突貫。愛用の短剣二刀流で直接接近戦を仕掛ける。

(! こいつ……!)

 繰り広げられる激しいワルサーロ対リバールの接近戦。そのレベルの違いに、迂闊に残りの四人は加勢が出来ない。

火炎連弾かえんれんだん!」

雷撃佩らいげきはく

 ズバァン!――更に両者接近戦からの忍術のぶつけ合い(後者がリバール)で一旦間合いが開く。

「悪かったなリバール、訂正する。――戦う事、辞めちゃいなかったか。まるで昔のお前……いや、お頭と対峙してるみたいだ。流石だ」

「貴方に褒められても別に嬉しくはないけど、父さんの様、と言われるのは悪い気はしないわ。あの人は、私が目指した忍の最高峰だもの」

 ワルサーロとしても油断をしていたつもりはないが、改めて気を引き締める。リバールの才能は昔から認める所であった。――しっかり開花させやがったか。

「だからこそ、勿体ねえ!」

 再び先に動き出したのはワルサーロ。魔力を込め手裏剣を二個投げ、それを援護にリバールに接近。

「忍者を辞めたお前が、忍者を語るんじゃねえ! 俺達がもう忍者じゃないってんなら、新しい忍者の時代を俺達が作る!」

「なら私に気付かれなければ、少しは達成出来たかもね。――私は忍者でも使用人でもいい、大切な人を守り抜く」

 ズバババババ!――再び始まる激しい接近戦。両者一歩も引かない高レベルな一対一。……と、思われていた。

「!?」

 ガシッ!――不意にリバールの左腕に、状況を見守っていた残り四人の内一人がしがみ付く。無理矢理だったのでリバールの斬撃は勿論ワルサーロの打撃も喰らうが、それでもリバールの腕を離さない。

極炎風牙ごくえんふうが!」

 その一瞬気を取られたリバールの隙を突いて、ワルサーロは間合いを取り、攻撃忍術。激しい炎を喰らわせた。――「リバールの腕にしがみ付いた味方」に。

「ぐあああああ!」

「くっ……!」

 激しく燃えつつも、リバールの腕を離さない。――結果、そのまま戦闘不能となり、

「……っ」

 リバールの左腕は、ほぼ使用不可となるレベルのダメージを負う。

「こいつらだって覚悟はある。俺とお前の戦いについていけない時点で、命を捨てる覚悟がな」

 チラリ、と残り三人を見ると、確かに怯えている様には見えない。

(命を捨てる覚悟……ね)

 自分だって命を捨てる覚悟はある。人の価値はそれぞれ。その覚悟を止めるつもりも止められるとも思わないが……

「認めるつもりは……ない!」

 認めたら、相手とは分かり合えない自分の覚悟を捨てる事になる。一ミリの同情もしない。

氷柳烈破ひょうりゅうれっぱ

 リバールは印を組む。生まれる大小無数の氷の塊。

(こいつ……片手だけの印で……この威力の忍術を……!)

 忍術の印は基本両手で行う。片手でも出来ない事はないが、複雑さに欠ける為、威力も精度も落ちる。リバールは片腕を先程でやられ、上手く動かせない為片手で印を組んだ。それなのに、自分が放つ両手の印の忍術と変わらないレベルの忍術。――ワルサーロは、リバールの方が格上だと、認めざるを得ない。

「ぐっ……!」

 ドガドガドガッ!――降り注ぐ氷の塊。数的にも速度的にも回避し切れず、ダメージが重なる。

「!?」

 そしてワルサーロの意識が氷に向きがちな中、リバールは再び接近戦へ。愛用の短剣二刀流の内、一本を右手、もう一本を動かない左腕の代わりに口に咥えて。

 リバールとしては、ワルサーロを倒してしまえばかなり楽になれる。相手の中ではワルサーロだけが実力が飛び出ているからだ。

 逆に言えば、この状況下で残りの三人を攻撃してもいいが、その背中をワルサーロに狙われた時に、回避し切れる保証がなかった。――リバールに、選択肢がなかったのだ。

「ぐお……っ」

 ズバァン!――瞬時に魔力で刃を膨らませたリバールの右手の短剣の斬撃が、ワルサーロに入る。勢いで吹き飛ばされるワルサーロ。

(悔しいぜ……お前の方が、才能も実力も上……お頭の血は……消えてねえわけか……)

 十年間、ワルサーロは鍛錬を欠かさなかった。自分の実力に自信があった。事実、彼はかなりの使い手である。その自分が押されている。リバールの才能を改めて認めざるを得ない。

「でも……ここで終わるわけにはいかねえんだよ、今更なぁ!」

「っ!」

 ガシッ!――今度は、リバールの右足に三人の内一人がしがみ付く。そして、

「ぎゃあああ!」

「がっ……」

 ズガァン!――激しい爆発。結果、やはりしがみついた一人は戦闘不能になり、

「っ……ぐ……」

 今度はリバールの右足がほぼ使用不可となる。――移動力で勝負する忍者として、致命的であった。

「俺達の勝ちだ、リバール。――最後の情けだ、大人しく俺達に道を示せ。その体じゃもう何も出来ないだろう。お頭の娘の命を、俺だって消したいとは思わん」

 それは同じ忍者であるワルサーロも重々承知していた。だからその妥協案を出した。

「…………」

 それでもリバールの闘志は消えない。しっかりとした目付きでワルサーロを見据え、武器を持ち直し、身構える。

「それが……お前の覚悟か。……そうだな、お前にも、譲れない物があるな。わかった。――終わりにしてやる!」

 もう仲間を犠牲にする必要もない。ワルサーロ単身で止めを刺す為に、真っ直ぐに向かう。――風が、吹いた。

「……!?」

 違う、この風は俺の物でも、仲間の物でも、ましてやリバールの物でもない。じゃあ誰が――そう思った瞬間、その風は激しい暴風の刃となり、ワルサーロに襲い掛かり、

「くっ……!」

 攻撃を中断、間合いを再び取らざるを得なくなる。

「勝負の邪魔をして、ごめんなさい。でも――私にも、譲れない物がありますのよ」

 声がした。その声は、今リバールが最も聞きたくなかった声で――最も聞きたかった声。

「私はエカテリス=ハインハウルス。この国の第一王女にして――リバールの主ですわ。私の大切な人に傷を負わせた罪は重いですわよ。覚悟なさい」

 そこには、堂々とした姿で、エカテリスが立っていたのであった。

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