第八十五話 死神が駆ける銀の夜7
「いぇーい勇者君、起きてる?」
ガチャッ。――夕食後、ライトが自室にいると、そんな声と共にドアが開く。見れば酒とツマミを持ったレナとマークの姿が。
「偶にはさ、騎士団初期メンバーの三人でお酒でもどうよ。お邪魔しまーす」
有無を言わさずレナはズカズカと部屋の中に入り、テーブルの上に持って来た品物を置く。――言葉では確認取ってるけど断る余地ないじゃないか、とライトは苦笑。
「にしても、マークも一緒って珍しいね」
「レナさんの思い付きに捕まった形ですよ。まあ別に、僕もお酒が苦手ってわけじゃないので」
マークもそのまま部屋に招き、軽く準備をして、
「かんぱーい」
「乾杯」
「お疲れ様です」
三人でグラスを合わせる。
「何だかんだで勇者君と一緒に行動する様になって結構経ったねえ。勇者君的にはどうよ?」
「流石に最初の頃に比べたら慣れたけど……でも毎日同じ事をするわけじゃないから、定期的に緊張する事はあるかな」
いくつも任務をこなしてきたが、同じ任務は流石に無い。
「まあでも、いい経験をさせて貰ってると思う。あの時、国王様の誘いを断ったら、一生平凡なまま終わっただろうし」
もう一度、自分自身を見つめ直す切欠に、自分自身を高める為の努力をする切欠となった。やって良かった、というのは胸を張って言えた。
「私としてはそろそろ勇者君が権力と欲望に溺れると睨んでるんだけど」
「その睨みはいりません」
「まあ、護衛の私が睨んでたら手を出し辛いかー」
「そういう意味じゃなくて!?」
そんな感じで、楽しくお酒が進んだ。……のだが。
「……?」
ある程度進んだ所で感じる、違和感。――これは、もしかして。
「なあ、レナ」
「んー?」
「もしかして、何て言うか……何か事件が起きてる?」
「あ、うん」
「ぶっ」
何の躊躇いもなく認めるレナと、それに吹き出すマーク。
「レナさん!」
「だってその内気付かれるとは思ってたんだもん。勇者君勘鋭いし」
「いや、レナは普段通りなんだけど、マークが酒、進んでないなって思って。苦手じゃないって言ってたのに」
「うーわ、マーク君のせいじゃん」
「そんな事言ったって仕方ないでしょう!? 普通に酔っぱらったら元も子もないですし! 寧ろレナさんが普通に飲んでるのが駄目なんですよ!」
「私この程度じゃ酔わないもん」
そう言いながらレナはまたぐび、と酒を口に運ぶ。実際強い様で酔っている様子は見られない。
「それで……俺がいると邪魔になる位、やばい話ってこと?」
「ライトさんは気負い過ぎですよ。僕ら基本ライトさんが邪魔と思うことはないです」
「ぶっちゃけちゃうと、何か勇者君が狙われてるらしいのよ」
「え、俺が?」
サラっと言われると現実味がない。ついあまり驚きのない返事をしてしまうライトだった。
「勇者君は当然表向き勇者じゃん? その勇者君の首を取って、その名を挙げようっていう集団が今日攻めてくるんだと。騎士団の皆が対応に当たってるから、まあ問題無いとは思うけど、私とマーク君が最終防衛ラインで直接君の部屋で待機ってわけ」
「出来ればライトさんは知らないまま終わりにした方が、ということでこういう手段を取ってしまったんです。気を使わせてしまってすみません」
「いや、気を使わせたのはこっちだよ、ありがとう。――でも、大丈夫。そんな簡単に皆負けないだろ?」
ライト騎士団の団員なら簡単に負けはないだろう。実力が高いのは重々ライトも承知している。それに本当にマズイのならば、流石にレナもお酒を飲んだりはしないだろう。……しない、よな?
「ま、そゆこと。勇者君は気楽に報告を待ってていいよ。――てなわけで酒盛りの続きをしよう」
「レナさんはもう少し緊張感持って下さい!」
そんなこんなで、ひとまずライトの安全は確保(?)されるのであった。
ズバァァァン!――鋭い斬撃を喰らい、勢いのまま吹き飛ばされるアルファス。
「…………」
その様子をただ落ち着いた様子で眺める死神。今までも、何度も見てきた光景だった。自分の磨き上げた技で、一撃で、相手を戦闘不能、そして死にそのまま追い込む――
「……?」
――追い込んだはずだった。だが。
「はぁ……はぁ……くそっ、やってくれるぜ……ったく」
アルファスは倒れていなかった。吹き飛ばされた先で何とか体制を立て直し、呼吸も荒いがしっかりとこちらを見据えていた。
「信じられないな……倒れないということは、何割かはガード、回避したのか……初見でどうにか出来る技ではないぞ」
十割喰らえば当然戦闘不能。だが立っているということは、何らかの手段で数割分ダメージを回避した、ということである。
「やはり、今まで私が出会った相手の中で、店主が一番強いな」
「上から目線の評価どうも。俺は別にお前にテストして欲しいとは言ってないが」
「嫌でも上から目線になるさ。――結局私は、負けないんだ」
ザッ、と再び身構える死神。再び光音斬の構え。
(まあ、確かにあの斬撃が放てるなら普通は負けねえわな……)
剣士同士の戦い。それは勿論接近戦。しかし死神が放った決め技は、その場から動かない圧倒的速度の遠距離斬撃。威力も申し分なく、初見での対応はほぼ不可能、初見じゃなくても対応は厳しい。――結果として、彼女は負けない。負けを知らない人生を歩いて来ていたのだ。
(遠距離斬撃……「あいつ」のとは違う……これは……)
ズバァァァン!――再び襲い掛かる、第二、第三の遠距離斬撃。来る、とわかっているのでアルファスも何とか対応しようとするが、徐々に追い詰められていく。
その中で、死神はまだ気付かないが――少しずつ、アルファスの目付きが変わっていく。
「……ふーっ」
間合いを取り、アルファスは大きく息を吐く。勿論優勢なのは死神のまま。徐々に積み重なるダメージ、対処法が見つからない相手の攻撃。
逆に――対処法が、見つかってくれれば。
「そろそろ終わりにさせて貰おう。店主の言う通り、これ以上店主と戦えば本当に太刀が折れそうだ」
再び身構える死神。当然光音斬の構え。アルファスは対応出来ない。これで終わる。――そう、思った。
「対処法が、見つからねえんだよなあ。……俺はプライドとかあんまりないからさ」
しかしそれを見て、アルファスは落ち着いた口調のままそう告げ始める。
「……?」
「使い手に対処法を尋ねるのが、やっぱり一番手っ取り早いだろ」
そう言った、次の瞬間。――アルファスは、身構える。
「!?」
その構えを見た瞬間、死神に大きな動揺が走る。――アルファスの構えは、自分の光音斬の時の構えと瓜二つ。
それは、つまり――
「光音斬」
ズバァァァン!――放ったのは死神ではない。アルファスである。
「くっ!」
ズバァァァン!――死神も急ぎ光音斬を放ち、相殺。バシィン、という衝突音と共に、二つの斬撃が消える。
「あー成程、同じ技で相殺出来るのか」
「馬鹿な……どうして放てる……!? 私だって、これを自由にあつかえる様になるまで、どれだけかかったか!」
「ああ、だって仕組み自体は特殊じゃないだろ」
ふぅ、といった感じでアルファスは続ける。アルファスにとっても、コピーする事は出来ても、相手の対応次第ではどう転ぶかわからなかったので、ある種の賭けでもあったから、若干の安堵もあった。
「この技が生まれつきの血筋が、とかだったらどうする事も出来なかったが、太刀という武器の性質を利用した高速の居合切りに強力な魔力を込め、瞬時の遠距離斬撃に変換。仕組みがわかれば、誰にでも出来る技だ」
「な……」
アルファスは簡単にそう言い切るが、ハッキリ言って簡単な話ではない。あれだけの距離が届き高魔力を込めても壊れない尚且つ圧倒的高速居合切りが出来る武器で、圧倒的コントロールが必要な瞬時の魔力の出し入れ、それをその一瞬の居合切りに乗せる技術。一つ一つが最難関で、最高級の技術を要する技だからだ。
確かに、生まれつきの血筋はいらない、誰にでも会得の可能性はある技。だが、その可能性は著しく低く、最高級の難易度を誇る技である。それをアルファスは、たった数回見ただけで全てを見抜き、見事にコピーしてみせた。
(違う……店主の武器は太刀じゃない……私の太刀より、居合切りは難しい……つまり……)
アルファスの方が僅かだが光音斬の技術が上、という事実を死神は察する。自分が物にするのにかなりの時間を要した技術を越えられた。つまりは……
「さて、と。――これで五分の戦いが出来るな」
「っ……!」
再び身構えるアルファス。――ダメージを負っているアルファスの方が不利。それは死神も重々承知しているはずなのに、全然自分が有利な気がしてこない。
ガキィン!――その動揺の隙を突いて、アルファスが接近戦に持ち込む。ぶつかり合うお互いの剣。
(!? 馬鹿な……!)
アルファスの動きは、ダメージを与える前よりも鋭くなっていた。最初とは違う、押され気味の接近戦。
(私の攻撃が……奴の奥底に眠る何かを引きずり出したのか……!?)
それがあえてアルファスが隠していた物か、意図的な物かは死神にはわからない。――どちらにしろ、決定的な事実。
(この男……私よりも、断然強い……!)
ズバァン!――押され気味の接近戦の中、ついに明確なダメージが死神に入る。勢いのまま吹き飛ばされ、再び間合いが開く。
「……?」
その時、アルファスは不思議な光景を目にする。――受け身を取って再び身構える死神が、笑っている。
「何だお前、ダメージ喰らって喜ぶタイプの変態か?」
「違うさ。……嬉しいんだ」
「いやだから」
「やっと出会えた。――私よりも、強い相手に」
ずっと待ち望んでいた。一対一で戦って、絶対に勝てないと感じる相手を。ずっと探していた。死神と呼ばれるようになったあの頃から。――ようやく、出会えた。
これで……これで、私は……!
「店主。今度こそ、終わりにしよう。――全身全霊、全力で来て欲しい」
死神が再び身構える。光音斬の構えだが、覚悟の想いが、アルファスにも伝わる。――やれやれ。
「わかった。お前の期待に何処まで応えられるかわからねえが、見せてやるよ」
スッ、とアルファスも身構える。光音斬の構えではない。何をするかはわからないが、その構えからビリビリと痺れるように感じ取れる圧倒的オーラに、死神は心が震える。
そのまま睨み合うこと数秒後。二人の剣がぶつかり合う。そして――
「これから、って時なのに、メイド服なのか」
ハインハウルス城、裏門近く。ワルサーロ率いる五名を出迎えたのは、メイド服姿のままのリバール。
「城の中で装束を着ろって言うの? 怪しんで下さいって言っているようなものよ。――それにこの格好にはもう慣れてるわ。十分動ける」
「お前がそう言うならいいが……」
「無駄話してる暇はないでしょう? こっちよ」
有無を言わさず、先導を開始するリバール。ワルサーロ達は後に続く。
薄暗い通路をしばらく歩くと、広い空間に出た。暗くて周りはよく見えない。
「リバール、ここは――」
「ワルサーロ。貴方はいつから、忍じゃなくなったの?」
突然の問い。しかも、ワルサーロからすれば、意味不明な問いであった。
「突然何だ……俺はずっと忍だ、忍者だ」
「違うわ。貴方は忍者の才能を持った、ただの人間になったのよ。忍者という肩書を、捨てたの」
「どういう意味だ? 忍者の才能があって今こうしている、それは忍者と何が違う?」
「私は父さん――頭に、死に際に言われたわ」
『リバール……よく聞け……お前は……よく出来た忍だ……誰よりも俺よりも、優秀な忍になる……だから……自分が信じる物に、自分が何よりも信頼出来る人に、忠を尽くせ』
『……!』
『やがて忍の時代は終わる……俺達の壊滅は、その一歩に過ぎん……忍者は、忍者だけでは生きてはいけん……お前は、お前を心から必要としてくれ、心から信頼してくれる人の為に、その才能を使え……忍者は、いつまでも、誰かを支える為の存在なのだ……』
『父さん……でも、私は……』
『わかったな……頭として……父親として……これが、お前に伝える、全てだ……』
「あの頃の私は、頭の言っている意味が理解出来なかった。でも今ならわかる。忍者は、己を全面に出した時点で、もう忍者じゃないの。自分達の名前を挙げたいと思った時点で、それは忍者じゃないの。――貴方達はもう、忍者でも、ましてやファディス一味でもない」
直後、バッ、と明かりが灯る。――始めて気付く。かなり広い、闘技場のような場所だった。
「私は、私が忠を尽くす人の為に戦う。――ファディスの血に懸けて、主を悲しませるわけにはいかない」
振り返ったリバールの目は、ワルサーロが知らない、新しいリバールの目であった。




